私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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次回戦闘と書いたな、あれは半分嘘だ。


仲間の待つその海へ。――【挿絵有り】

太陽は早くも傾き始め、それを追うように雲はゆっくりと流れている。視線を落とせば眼前には、久しく見ていなかった海が青くきらめいている。こみ上げる感慨は懐かしさか、海に郷愁を覚えるとはもはや『俺』も立派な艦娘だと一人苦笑する。

 

「……よし。済まんな、明石……」

 

「今更ですよ、菊月さん。私があなたにどれだけ手間を掛けられたと思っているんです?」

 

「さてな、私ほど手のかからぬ艦娘もそうは居まい……」

 

惚けた返事を返せば二人して笑いあう。柄にもなく固まっていた身体が解れ、リラックスするとともに柔軟さを取り戻してゆく。ブランクは大きく、艤装は刀ふた振りと背に背負った魚雷数本のみ。

 

だと言うのに、菊月()の心には悲壮感の欠片もない。根拠の無い慢心でも、全能感でもない。俺と菊月の力を純粋に信じる、自信だけが心に満ちている。

 

「……帰ってきたら、何か礼をする……」

 

「期待していますよ、菊月さん。――必ず、艦隊のみんなとの無事の帰還をお待ちしています。御武運を」

 

後ろから掛けられる声に、振り向かず首肯する。大きく息を吸い、そして吐く。海の駆け方も、戦いの基本も、すべてこの身体が覚えている。背には英霊達の期待、両肩には姉妹と仲間達からの愛と友情。そして、この心には決して消えぬ勇気が宿っている。

 

「……睦月型駆逐艦九番艦、菊月――」

 

きっ、と目を見開く。両足に力を込め、青く広い海を見据え、心の菊月へ呼び掛ける。

 

「――抜錨するっ!ともに、行こう……!」

 

言葉と同時に跳躍し、滑らかな水面へと身を投げ出す。『ともに行こう(俺の言葉)』を鍵として、俺と菊月の心が奮い立つ。棚引く燐光(キラキラ)、燃え上がる気焔(オーラ)。駆け出したこの身は、誰にも止められないほどに加速する。

 

菊月()はこの瞬間、艦娘として海へ舞い戻ったのだった。

 

――――――――――――――――――――――

 

速く、速く、もっと速く。神通からの教えの一、『決して足を止めてはいけない』。増してや、駆逐艦である菊月()の取り柄は足の速さなのだ。ならば、止まる訳にはいかない。

 

「……出たな、深海棲艦っ!!」

 

神通たちが向かった海域へ、一直線に駆ける。その間に深海棲艦が現れない筈もなく、俺の目の前には艦隊から逸れたであろう駆逐ハ級が顔を見せる。ぶつけられる強烈なプレッシャー。恐らく後期型であると判断できる彼奴からすれば菊月(小さな駆逐艦)一人など格好の餌に見えるのだろう、涎の滴り落ちる口を醜悪に歪めている。

 

しかし、お前が相対しているのはただの駆逐艦ではない。

 

「ガァァァアオォォオ!!」

 

「……邪魔だ、沈めっ!!」

 

開いた口内から伸びた砲口、そこから放たれる砲弾を『護月』で一閃の元に斬り飛ばす。どこか惚けたように見えるロ級へ向けて勢いを殺さず、海面を蹴り跳躍する。空中で思い切り片足を引き――蹴撃。硬く伸ばした右脚が、深海棲艦の大きな目玉を突き破り無残に潰す感触を伝える。

 

「……運が、悪かったな……!」

 

目玉の残骸を足場に、ハ級の頭頂部へと足をかける。同時に抜きはなった『月光』を脳天へと突き刺し捻り込み、引き抜くと同時に更に跳躍。振り返らない、振り返る必要もない。背後から感じる爆風と熱気、それに背中を押されるようにして速度を増す。

 

「……行ける。が、あまり無茶は出来ないな……」

 

今の一連の挙動で、凡その性能が把握出来た。深海棲艦に対して何か特殊な力が芽生えた訳でもなく、無敵の力を手に入れた訳でもない。基本的には、キラキラの延長と言ったところだろうか。速度と集中力の向上に伴った自在な機動、それに多少の身体能力の向上程度。

だが、これで良い。俺は戦艦でもなんでもなく、駆逐艦『菊月』なのだから。

 

海域を進むごとに、沸いてくる深海棲艦の数が増える。それらを一々相手にしていては日が暮れる、進路上に立ちふさがるもののみをどうにか怯ませて通り過ぎ、残りは放置する。左右・背後から射かけられる砲弾を回避し、斬り捨てて猛進する。

そして遂に、日が完全にオレンジ色へと変わったころ、水平線の彼方に見慣れた影達を見つけた。

川内、神通、那珂ちゃん、卯月、長月、三日月。対峙しているのは、身の丈以上の巨大な剣を振り回す深海棲艦――飛行場姫。互角に渡り合っているようには見えるが、川内達は流石にやりにくそうに見える。

 

「…………」

 

大きく息を吸う。肺が一杯になるほどに潮風を感じ、腹に力を込める。ここまで聞こえてくる声は殆どが飛行場姫の気声だ。ならば、それに負けないように気合を入れなおさねばならない。

 

奥歯を噛みしめる。両目から赤い閃光が弾ける。ぱちぱちと揺れるそれは、否応無しに菊月()の心を奮い立たせる。

 

構えた『月光』と『護月』に力を込める。真紅の気焔と目映い燐光が、互いに溶け合い夕暮れの空へ昇ってゆく。気付けば菊月()と同じ気焔を纏っている二振りの刀を、再度強く握りしめる。

 

全身に力を充満させる。駆け出すと同時に、たった一つの意思を戦場へ向けて発露させる。即ち――『私が菊月だ(俺は此処にいる)』、と。

 

「おおぉぉぉおおおああぁぁぁあっ!!!」

 

今まで経験したことのない速度で、景色が背後へ吹き飛んでゆく。艦隊の仲間達が、飛行場姫が此方を向くの速度が遅く引き延ばされる。意識だけが先行した一瞬、両腕と二本の刀を思い切り――

 

 

【挿絵表示】

 

 

「グウゥゥウゥッ!?」

 

一閃。首を狙った一撃は防がれたものの、奴の大剣と頬へ傷を刻むことは出来た。そのまま彼奴の剣のリーチの外へと走り逃れ、くるりと反転して全員へ顔を晒す。

 

「……済まない、世話をかけた。此処からは、私も戦う……!」

 

口元にだけ笑みを浮かべ、菊月()はそうして笑ってみせた。




なんと!
この作品冒頭のシーンをMMDで再現してくださった方がいらっしゃいます!
http://seiga.nicovideo.jp/seiga/im4902895
URLは上記!

また、各話挿絵も重ねて最高ですのでまだ見ていらっしゃらない方は一度是非!挿絵頂いた回には【挿絵有り】と書いてます!

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