私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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まだ六時じゃないからセーフ。


第七章後編
菊月(偽)と潜水艦とプール、その一


明るくデザインされた床と壁、規則正しく並べられた沢山の長机。大きな窓からは強い日差しがさんさんと差し込み、直結している厨房では間宮さんとバイト艦娘達が慌ただしく働いているのが見える。そんな昼の食堂で、いつものように三日月が声をあげた。

 

「プールへ行きましょう!」

 

三日月が机に手をつき、菊月()の前に置かれたラーメンががたんと揺れる。今日の昼食はあっさり塩ラーメンの駆逐盛り。しつこく無い味と野菜の甘さが口いっぱいに広がる逸品だ。忙しく箸を動かしながら、姉妹達の会話に耳を傾ける。

 

「プール?ああ、確かにもうそんな時期だな。作戦や、なんだかんだで気がついたらもう七月か。そうだな、良いんじゃないか?」

 

「うーちゃん的にも構わないぴょん。最近はめっきり遊ぶ時間もなかったから、ちょうど良いぴょんっ!」

 

ぐっ、と伸びをした卯月の足が机に当たり、またもラーメンの丼が揺れる。スープが溢れないように抑えながら、焼豚に箸をつける。味が染みていて非常に美味だ。

 

「そうねぇ、私も同じ意見かしら。せっかくだし、楽しまないといけないもの。それで、菊月ちゃんはどう?」

 

「……む?いや、どうと言われてもだな……。はふ、っ、あつっ」

 

「あ、そうね。菊月ちゃんが着任したのは冬だったし、プールは知らないわよね。あと小皿、いる?」

 

「……小皿は不要だ。それよりも、プールのことを教えてくれないか。遊園地ならばともかく、我々がプールへなど行けるのか……?」

 

プール、と聞いた時から浮かんでいた疑問をぶつける。『艦娘』というものは、こと水に関しては特殊な存在だ。服を着て、地上で遊び回れる遊園地とは勝手が違うのではないかという漠然とした疑問。それをどう捉えたのか、如月は微笑みつつ答えた。

 

「そうねぇ。簡単に言ってしまうと、あるのよ、プール。――鎮守府に、ね」

 

「……は?」

 

「正確には『鎮守府の近くに、我々専用のプールが設置されている』、という言い方の方が正しいのだがな。お前の言う通り、流石に一般人と我々を同じ場所で水遊びさせる訳にはいかないからな」

 

「……成る程な」

 

「で、菊月ももちろん行くぴょん?場所があるんなら断る理由も無いぴょんっ!?よっし、決定!!そうと決まればプール開放の日付を調べてくるぴょん!」

 

がたん、と揺れるラーメンの丼を残して卯月が走り去る。その後ろ姿を見送り、平静を装ったままスープを啜る。菊月()以外の三人は、楽しげにプールの話題に花を咲かせているようだ。

 

「……むう……」

 

出来ればプールへは行きたくなかったが、決まった予定を覆す訳にはいかない。その上、こうまではしゃいでいる姉妹達に水を差すのも気が引ける。ならば、菊月()も何か手を打たねばならないだろう。

 

そう。せめて、水に顔を浸けられるぐらいにはならねばなるまい。

 

―――――――――――――――――――――――

 

「……っ。〜〜〜〜っ、!!……ぷはぁっ!!」

 

時刻は深夜二時。見渡す限り誰もいない大浴場の片隅で、湯を張った洗面器を抱えて数十分が経過した。提督に許可を取り、就寝時間を過ぎてまで大浴場を使っている理由。言わずもがな、プールへ向けての対策である。

菊月()――いや、『菊月』は水が苦手である。『俺』としては艦娘全員が水が苦手なものだと思っていたが、今日の姉妹達の会話を聞く限り積極的にプールへ行こうと思えるだけの余裕を水に対して持っているようだ。それを聞いて、驚いたのは『菊月』だ。

菊月()は洗面器に顔をつけることも出来ない有様。『このままでは姉妹達に何を言われるか』。姉妹達とともに遊べないだの、卯月にからかわれるだの、要するに――『菊月』から伝わる小さな見栄に従って、こうして必死に特訓をしていると言う訳だ。

 

「……しかし、な。シャワーならば、目を瞑っていれば平気なのだが……。ふっ……!っ……、ぷふぅ!」

 

再度挑戦し、敢え無く敗れ顔を上げる。

眼前の鏡には、眉尻を下げて頬を桃色に染めた『菊月』が映っている。朱鷺色の目は潤み、濡れた髪が頬や肩に張り付いているのがなんとも扇情的だ。肩に張り付く髪を眺めると、必然的に小さく細い肢体に目が行く。湯に温まったお陰かほのかに色づいた白い肌、水滴の滴る手足、首。そこから下に目を向けようとして――思い切り目を閉じる。

 

「……間に合った、か……」

 

風呂の際、目を瞑るのは『菊月』だけでなく『俺』もだ。『菊月』は水が目に入らぬように、『俺』は……菊月()の裸身が目に入らぬように、である。身体をタオルで覆い、うっすらと目を開けて鏡を見る。そこには、真っ赤な顔でこちらを覗き見る菊月()の姿が映し出されていた。

 

「……はあ。上手くは行かぬな……」

 

嘆息し、湯船へと向かう。身体は温まっており外も寒くないとは言え、最後に温もらずに風呂を出るなど勿体無い。そうしてゆっくりと湯船に近づいた時、俺の耳が幾つかの声を捉えた。

 

『ふっふっふ、でち』

 

『ふっふっふ、なのね』

 

『ふっふっふっふ、です』

 

「……っ!この、声は……!」

 

俺の驚愕をよそに、湯船から三つの水柱が立ち上る。湯気に視界を奪われ、思わず目を閉じる。ゆっくりと目を開けると、そこには予想通りの三人の艦娘の姿があった。

 

「湯船の中からこんばんはー!ゴーヤだよ?」

 

「どうも、ハチです」

 

「イクなのね!」

 

伊58(ゴーヤ)伊8(ハチ)伊19(イク)。言わずと知れた潜水艦娘であり、それぞれが独特の雰囲気を持った艦娘である。しかし、その潜水艦娘が何故ここに……?

 

「あ、すっごい不思議そうな顔をしてるでち。そもそも、てーとくがこの時間にお風呂を開けてるのはゴーヤ達のためなんだよ?夜は潜水艦の時間だから、ゴーヤ達は必然的に夜のお仕事が多くなるんでち」

 

「提督が直接教えてくれたんです。今日はお風呂にお客さんが来るぞって。私達潜水艦以外でこの時間に入る子なんて珍しいでしょ?だから――」

 

「だから?」

 

「潜って隠れてたのね!もちろん、洗面器を抱えてうんうん言ってたのもぜーんぶ見たのね!」

 

見られていた。そのことに、菊月()の中の『菊月』が羞恥に染まる。勿論『菊月()』の顔も、それに引き摺られて真っ赤に染まった。そんな俺を見ながら、イクは楽しそうに口を開く。

 

「そもそも、私達はあなたの悩みを知ってるのね。卯月がてーとくに突撃したって話と、わざわざ夜にお風呂を借りて隠れてやってることを合わせれば簡単なのね。てーとくも同意してたのね」

 

「司令官まで知っているのか……!」

 

「そりゃそうです。まあ、だからこそ許可を出した訳だし、私達に話を通したんだと思うのですけれど」

 

「……?どういうことだ……?」

 

思わず首を捻ると、目の前の潜水艦娘は三人揃って『やれやれ』とでも言いたそうなジェスチャーをする。どことなく癪に触るが、それを我慢して続きを促す。

 

「つまり、でち。ゴーヤ達が、菊月ちゃんのプール特訓のお手伝いをしても良いということでち。ゴーヤ達も大規模作戦が終わって暇を持て余しているし、潜水艦以外の娘とも交流したいでちからね」

 

「ただーし、やっぱり貰うものは貰うのね。私達を一人雇うごとに間宮券一枚なのね。――大規模作戦の時に使い切っちゃったから、甘いものが恋しいのね。ゴーヤとハチはともかく、イクは雇って欲しいのね」

 

「あと、私を雇ったら提督指定水着も付けちゃうよ。間宮券一枚で、だけど。ちょっと高価な代わりに高質な訓練を。ハチです」

 

自分だけプレゼンしてないでち、と騒ぐゴーヤの声を聞き流し暫し黙考する。効率や成果、その他を勘案し三人を一瞥する。……まあ、大丈夫だろう。意を決し、声を発する。

 

「……なら、三人とも雇おう。間宮券四枚で、お前達三人と提督指定水着を確保する。……正直、手段を選んでは居られぬのでな……」

 

「毎度あり、なのね!にしても、よくそんなに間宮券持ってたのね」

 

「予想外の上客です。これなら私達も特訓に身が入ります」

 

「了解、ゴーヤ、ハチ、イク!三人とも、菊月ちゃんのプール特訓に協力することをここに誓うでち!目指せ、潜水百メートルでち!」

 

伊58(ゴーヤ)伊8(ハチ)伊19(イク)と順番に握手を交わしてゆく。こうして俺は、おそらく心強いと思われる味方を獲得したのだった。




潜水艦娘登場の巻。
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