私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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スク水菊月。


菊月(偽)と潜水艦とプール、その二

空には月が浮かび、星々が瞬いている。月明かりに照らされた雲がゆっくりと流れてゆくのを見ながら、菊月()伊58(ゴーヤ)達に指定された場所へ向かっている。夜だというのにすっかり寒くなくなった、昼間に比べ涼しく過ごしやすい港を少し歩けば目的の場所は直ぐに見えてきた。

 

「……あれが『第二船渠』か。普段は縁のない場所だけに、少し楽しみだ……」

 

第二船渠。主に潜水艦の艤装の調整や、戦艦級の艤装のメンテナンスに使用される場所。駆逐艦であり、あまり戦艦や潜水艦と関わることのなかった今までは訪れることのなかった場所である。その船渠の隅の鉄扉を、俺は両手で押し開いた。

 

「ようこそ、なのね。遅かったのね」

 

「いや、遅くはないでち。という訳でようこそ菊月ちゃん、ここがゴーヤ達のホームグラウンドでち。結構違うところも多いでしょ?」

 

ゴーヤに促されて、船渠の中をぐるりと一瞥する。建物の造り自体にはそれほど差は見受けられないが、肝心の設備がまるで違う。俺達が見慣れたものよりも更に大型の機械の数々、深い水路、そして見るからに潜水艦用と思われるダイビングプールに酷似した水槽。なまじ似た建物であるだけに、それら見慣れぬ設備の数々が興味を惹く。

 

「どうやら気に入って貰えたようで何よりでち」

 

「ゴーヤが造ったわけでもなんでもないけどね」

 

「そこ、うるさいでち!――ごほん。それはともかく、菊月ちゃんにはここで一人前の泳者を目指して刻苦奮闘してもらうでち。そのために――ハチ!」

 

「はーい。間宮券を貰った以上、下手な仕事は出来ないからね。はっちゃん渾身の提督指定水着、用意したよ」

 

つかつかと歩み寄ってくる伊8(ハチ)の手に見える、紺色のそれ。受け取って広げてみると、目の前の三人が着ているものと全く同じ形の水着が現れた。

 

「さあ、菊月ちゃん。着替えのスペースは用意してあるのね。そっちの扉の向こうに、服を入れるカゴと鏡があるのね。さっさと着替えて、第一回訓練を始めるのね!」

 

「……分かった。宜しく頼む……」

 

提督指定水着(紺のスク水)を手に、その扉に手を掛ける。俺の心に燃えているのは、ただ目標への決意だけだった。ぐっ、と力を入れて、その扉のドアノブを回す。微妙に錆び付いたそれからは、独特の感触が伝わってきた。

 

「……ふう」

 

鈍い音を立てて開く鉄の扉を後手に締め、細い明かりをつけて息を吐く。一息入れてから、鏡に背を向けて服を脱いでゆく。制服の上下、ズボンをカゴに畳んで入れる。そのまま目を瞑り、如月が選んだ下着を取り去る。目を瞑っているからか、外気に触れる全身が妙にはっきりと感じられる。努めて意識しないようにしながら、提督指定水着を着ようとして――はたと気づく。

 

「……これは、どうやって着るのだ……?」

 

―――――――――――――――――――――――

 

提督指定水着との死闘を経て、どうにかそれを身に纏う。ぴっちりと全身を覆われる感触は、今までに経験したどんなものにも該当しない未知の感覚。まるで何も着ていないかのような不安感と羞恥が頭に満ちてゆく。頭を振ってそれを打ち消し、可笑しいところは無いかと鏡に顔を向けて――硬直する。

 

「……な……」

 

 

【挿絵表示】

 

 

――そこには、まごう事なき菊月(天使)がいた。

 

ほっそりとした、しかし力を秘めたる肢体。余分な肉の一切付いていない幼い身体は、その体躯を強調するかのような紺色の布に包まれている。服の上からでは分からない微妙なプロポーションが、きつく身体を締め付けられることではっきりと浮かび上がっている。

 

「……こ、これは……」

 

左右に両手を広げ、ぐいぐいと身体を捻ってみる。その度に紺色の布は伸縮を繰り返し、菊月()の身体を離さない。そのまま腰に手をあて、身体を反らす。ぐっと伸びる水着が、菊月(天使)の腹と胸を強調する。むしろ何も着ていないよりも遥かに扇情的なその姿に、『俺』はしばし呆然とする。身体に手を当てると、滑らかな提督指定水着の向こう側の身体は確かに昂ぶっているのが分かった。

 

「……っ、まずい、な……」

 

どくんどくんと動悸が止まらない。思えば、『菊月』の身体をこうまでまじまじと見てしまったのは初めてだろう。鏡に映る顔が見る間に羞恥に染まってゆくが、それさえも愛らしい。ごくんと生唾を飲み込む。震える手が、虚空へ伸ばされる。行き先に惑うその手がどこかへたどり着く寸前に――

 

『おーい、菊月ちゃーん!どうしたんでちー!?』

 

――はっ、と我に返る。さあっと熱の引いてゆく頭を横に振り、伸ばしたままの手で顔を一発叩く。心をしっかり持たねばならない。それが、あまりの『菊月』の可愛らしさ相手だとしても。

 

「……すまない、今行くぞ……」

 

鉄の扉の向こう側の恩人へと声を掛け、菊月()は扉を開いたのだった。




話的には進展ゼロっす。

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