私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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菊月の水着姿可愛い。


菊月(偽)と潜水艦とプール、その四

深夜の第二船渠の片隅、大きく空いたダイビングプールの縁。菊月()は今、一つの試練に直面していた。水泳特訓を始めてから数日、連日水遊びに興じた俺に対して課されたもの。それは、この数日の目的である『顔浸け』の克服。

 

「――で、では行くぞ?行くからな?……っ、菊月、出撃するっ!!ふっ……!」

 

大きく息を吸い、水泳帽を被った頭を勢いよく水へと近づける。そのままの速度で着水――することはなく、水上少しのところでびたっと停止する頭。ここまではいつも通りだ、しかし今日の菊月()は一味違う。ここで諦めていた昨日までとは異なりゆっくりと、しかし確実に水と顔との距離を狭めてゆく。その距離が半分になり、更に半分になり――

 

「……っ!!」

 

着水。流れる水や飛沫とは違う、確かな存在を持つ水を感じる。顔の全てが水で覆われている感覚に、恐怖を感じたのは最初の一瞬だけだった。水に慣れたからか、プールサイドに腰掛けて沈む心配が無いからか、はたまたもしもの時には助けてくれる潜水艦娘達がいるからか。とにかく、恐怖心はあっという間に、嘘のように消し飛んだ。十秒のカウントを終えて、飛沫を捲き上げながら思い切り顔を上げる。

 

「――ぷはっ!!はぁ、はぁ……。ど、どうだ!?顔を浸けられていただろう……!?」

 

「うん、合格。十秒の顔浸け、文句無しに成功ね」

 

「やったのね!流石は菊月ちゃんなのね!!」

 

「ゴーヤも信じてたのでち!というか、ゴーヤ達が予想していたよりもずっと早くに顔を浸けられるようになったよね?素晴らしいでち!」

 

顔を上げると同時に飛びついてくる三人娘。そのまま口々に成果を褒めてくれるが、どことなくむず痒い。『菊月』は菊月で水を克服出来たこたとに嬉しさを感じているようであるし、外もうちもこそばゆい『俺』の顔が仄かに紅潮する。

 

「……っ、もう良いだろう……!」

 

「ほう?」

 

「ほうほう、でち」

 

「ほうほうほう、なの。噂に聞いてたよりも、菊月ちゃんってば照れ屋さんなのね!照れ屋さん、私達に欠けてるメンツなのね!」

 

「照れ……っ!うるさい、止めろっ!……うう、なんなのさ、一体……!」

 

わいわいと騒ぎつつ、深呼吸して顔の熱を下げる。数回呼吸をすると、もうすっかり慣れた塩素の匂いが鼻腔をくすぐる。慣れてしまえば変に癖になるような気もする。そんなことを思いながら、ふと気になったことを尋ねてみる。

 

「……なあ、伊58(ゴーヤ)?」

 

「ん、どうしたんでち菊月ちゃん」

 

「いや、な。今日はいつもよりも早い時間から特訓を始めただろう?それが少し気になってな……。何か理由でもあるのか?」

 

「そういや、ハチもイクも何も聞いてないのね。何かあるの?」

 

「ゴーヤのことだから、どうせ碌でもないことだろうけど」

 

「ちょっとハチがひどいでち」

 

がくん、とあからさまに項垂れるジェスチャーをするゴーヤ。しかしそれもつかの間、いきなり上体を起こし腰に手を当てて踏ん反りかえると、此方もここ数日で見慣れてしまった自信満々の顔で口を開く。

 

「ふっふっふ、ふっふっふっふ。良くぞ聞いてくれたでち!なんと、菊月ちゃんの顔浸け特訓が今日で成功すると踏んでいたゴーヤは、間宮さんの夜のお店を予約しておいたのでち!」

 

「なんと、はっちゃんびっくり。見直したよゴーヤ」

 

「イクはゴーヤを信じてたのね。ゴーヤは決める時は決めてくれるのね!」

 

「……なんだ、その。悪いな……。感謝する……」

 

「全く全然、問題ないでち!じゃあ、早速行こ?」

 

そう言うと、菊月()の手を取って駆け出そうとするゴーヤ。しかし、菊月()は未だ提督指定水着のままだ。さすがに着替えを忘れてはいけないとゴーヤへ話しかける。

 

「済まない、ゴーヤ。私は少し時間を貰うぞ……」

 

「どうしたんでち?――ああ!水を拭いてないのね。大丈夫でち、間宮さんにはちゃんと『みんな水着で行く』って伝えてあるから安心でち!」

 

「……なに?」

 

ゴーヤの言葉にぴしりと固まる。

 

「……聞き間違えだろうか。今、全員水着で、と言ったか……?」

 

「どうしたのね、菊月ちゃん。全然おかしいところは無いのね。さ、軽く身体を拭いたら早く行くのね!」

 

「提督指定水着こそ正装。菊月ちゃんもむしろ、普段の制服をこの水着にすると良いよ。はっちゃんおすすめ」

 

「待て……!この、引き摺るな!」

 

三人に羽交い締めにされ身体中をタオルで拭かれ、水泳帽を剥ぎ取られる。一応髪は丁寧にケアしてくれる辺り、潜水艦でなく駆逐艦である菊月()への気遣いはあるようだ。

しかし、だからと言って水着で鎮守府を歩き回るなど出来るはずもない。間宮さんだけでも精一杯だと言うのに、他の艦娘に見られでもしたら大変なことになる。夜中である事など何の言い訳にもならないどころか、むしろ『夜中に提督指定水着を着て一人楽しんでいる艦娘』などというレッテルを貼られかねない。

 

「……く、手を離せ!せめて上だけでも何か羽織らせろ……!」

 

必死の抵抗も虚しく、イクとハチの手が鉄扉を押し開く。空いた隙間から夜風が吹き込み、夜の港が視界に広がり――

 

「あら、奇遇ですね皆さん、そして――菊月。ええ、よく似合っていますよ?」

 

扉の向こうに佇んでいた、笑顔を浮かべた神通と鉢合わせしたのだった。




なんと!なんと!!
毎回素晴らしい挿絵を描いてくださっているお方が更に挿絵を描いて下さいました!!
菊月覚醒のシーンです!URLは下記!

http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=50538411

そして、既に挿絵として使わせていただいています!ありがとうございます!!

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