最早慣れ親しんだ、第二船渠の更衣室。鏡を見つつゆっくりと着替え、同じく慣れ切った提督指定水着に着替える。鉄のドアを押し開けプールサイドへと近づけば、今夜はそこに見慣れぬ人影があった。
「あら、菊月。こんばんは、少し遅かったですね?」
「……神通か。私はいつもこの時間に来ている」
「……なんだ、似合っているではないか……」
「ふふ、ありがとうございます。これでも、訓練だけはしていましたからね。この水着は
「……そうなのか。で、一人で訓練?一体どこで……」
「それは、その。だれもいない時を見計らって、お、お風呂で」
水着を持っていると胸を張り、また俺の言葉に仄かに赤面する神通。プールへ誘ってからというもの、神通の珍しい表情をよく見るような気がする。……いや、本当は珍しくもない筈の表情を、今までは引き出せていなかったということかも知れない。そんなことを考えていると、船渠の入り口のドアを開けて三人の潜水艦娘が入ってきた。勿論、全員が既に提督指定水着を着用済みである。
「ありゃ、待たせてしまったのね。ごめんなさいなのね」
「……構わない。が、珍しいな……?」
「任務中に妙な敵影を見つけたから、それを尾けてたんでち。航路とか艦種とか、そんなのをてーとくに報告してたら遅くなったでち」
先頭のイク、その次のゴーヤと言葉を交わす。最後尾のハチは何やら大荷物を抱えており、それを地に置いてからは幾つかの紙を眺めている。その姿を興味深げに眺めていると、紙から視線を外したハチはゆっくりと此方へ歩いてきた。
「うん、遅れてごめんなさい。時間も惜しいので、すぐに練習を始めます。それで、神通さんは顔浸けはできる、のでしたか?でしたら、まずは神通さんがどこまで出来るのかを確認してから特訓を始めます」
ハチに促されるまま、プールサイドへ座る神通。そのまま、いとも簡単に十秒間の顔浸けを成功させる。
「どう、でしょうか。問題は無いと思うのですけれど」
「そうなのね、取り立てて問題は無さそうなのね。予想より出来そうだから、神通さんは自分の出来る限界までを一度泳いで欲しいのね。それを見てから、何をするか決めるの」
「はい、分かりました」
二、三言交わすと、神通はプールサイドに片膝をついて飛び込みの姿勢を作る。指先から全身まで、ぴんと伸びきっていてとても綺麗な姿勢だ。これで泳げない、ということは無いだろうと考えてしまうが、神通が嘘を言う筈も無い。
「っ、二水戦、神通っ!――行きますっ!!」
気勢を上げて飛び込む神通。そのフォームも美しく、伸びやかだ。体勢だけ見れば、そこからは素晴らしい泳ぎが生まれるのだと思ってしまうが――そうはならなかった。
「……?神通……沈んでいないか?」
綺麗な飛び込みを見せ、水中で腕を掻き足をばたつかせる神通。しかし、その姿は見る見るうちに沈んでゆく。自分のことを棚に上げてしまえば笑うことも出来るのだろうが、流石にそれもかなわない。
「って、見てる場合じゃないでち!深いんだからさっさと引き上げないと!イク、一人じゃしんどいから手伝って!」
「ガッテンなのね!」
言うや否や、
「ふう。大丈夫なのね、神通さん?」
「ええ、助かりました。その、沈んでしまうのは分かっていたので息は止めていましたし、水も吸っていません。いつもの、あの沈む怖さは感じてしまいましたけれど」
「ごめんなさい。気軽に、試してみてなんて言うべきでは無かったです。はい、神通さんの水泳帽です」
プールサイドへ座り込む神通へ、ざばぁとプールから顔を出したハチが水泳帽を差し出す。受け取った神通は、肩や身体に張り付いた艶やかな髪をかき揚げひとつに纏めて帽子を被った。
「なるほど、分かったでち。つまり神通さんは、泳ごうと思ったら沈んでしまう、ということでち。あってる?」
「ええ、お恥ずかしながら。いくら腕を掻いても、どんどんと沈んでしまって。やはり、私は重いのでしょうか?」
「うーん、重いというよりは力み過ぎでち。ともかく、まずは菊月ちゃんと一緒に浮く練習から始めるでち」
「はい、
「勿論なのね。潜水艦に乗った気分でいると良いのね!」
「その心は、沈んでも大丈夫」
いつも通りな三人の潜水艦に、神通と二人苦笑する。だが、胸を張る三人は妙に頼もしく思えた。
さあ、続きだ!