私が菊月(偽)だ。   作:ディム

12 / 276
前話の菊月サイド、プラス逃げ切るまで。

菊月が本格的に艦これしてません。砲撃してくるのが深海棲艦のみ。

……どうしてこうなったのでしょう。


放浪艦菊月(偽)、その四――【挿絵有り】

明滅する砲火へ近づくにつれて、照らし出される艦隊の様子が見えてくる。恐らくは十二隻、連合艦隊なのだろうが……あまり余裕がないように見える。深海棲艦は恐らく何隻も沈んだのだろう、数自体は少ない。しかし現存艦の損耗率で言えば圧倒的に艦隊側が不利だ。何せ動ける(ふね)だろうと動けない仲間を庇わねばならないのだ、このままでは反撃することも撤退することも儘ならないままに……皆沈んでゆくだろう。

 

「……くうっ、今のこの遅さが恨めしい……!」

 

どれだけ心が滾ろうと、身体の疲労は誤魔化せない。ましてや辿り着けば終わりでは無いのだ、深海棲艦と戦い逃げ切るためにも今は駆逐艦らしからぬ速度しか出せない。必死に足を動かし、悲鳴をあげる全身を使って駆ける。このペースなら……!

 

―――だが、無情にも俺の望みは遮られる。

 

「……イカセ……ナイ……!」

 

艦隊側へ向いていた戦艦タ級……纏うオーラを見れば最上級(flagship)が、あろうことか俺に気付き行く手を阻んだのだ。見れば中破程度の損傷をしている、他の深海棲艦より離れた位置にいたのが俺を見つけられた理由だろう。どうにか迂回する方法を探さねば、と目を配れば、遠くにいた空母ヲ級すら俺を見つけて此方へ向かっている。戦艦タ級は俺を凪ぎ潰そうと、細い女の腕からは想像できない力を秘めた剛腕を振り被る。

 

「…………っ!?」

 

だが、そんなことは全てどうでもいい。タ級越しに艦隊を覗き見て……菊月()の全身の血液が凍りついた。

 

僅かに背を仰け反らせ、下半身の異形を突き出す『軽巡棲鬼』。……あの異形の挙動には覚えがある。イ級やロ級と言った人型でない深海棲艦が、口内から砲を出現させる時の動きだ。

 

絶望に染まった艦娘……『菊月』の姉妹艦にして、同じ月の名を持つ睦月型駆逐艦『長月』の顔が見える。その視線を辿れば理由など考える必要もなかった。

 

軽巡棲鬼に狙いを定められているであろう、水面に崩れ落ちた艦娘……長月と同じく菊月の姉妹艦である『如月』の、困ったような、諦めたような顔が見える。

 

―――間に合わない?そんなこと、認められるか……!

 

『菊月』が吼え、『俺』が雄叫ぶ。毎回毎回身体を張るのは嫌になるが、今回ばかりは別だ……!

横薙ぎに振るわれようとするタ級の剛腕、その軌道上で敢えて止まる。挑発的にタ級の顔を見上げてみれば(挑発的な菊月の顔はさぞや可愛いことだろう)、顔を怒りに染めてタ級はその腕を振り抜く。

 

……砲を撃つまでもない、『戦艦』と『駆逐艦』、普通に考えて衝突すれば沈むのは駆逐艦だ。それも沈む筈の駆逐艦が生意気に見返してくるのだ、プライドを虚仮にされた戦艦ならば確実に『そうやって』沈めようとする筈。―――それが、狙いだ……!

 

「〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」

 

此方へ打ち付けるタ級の腕に合わせて跳躍し、両足で受け止める。こんな動き、『俺』ならば到底出来なかっただろう。どんな容姿をしていても『艦娘』菊月なのだ、この身体あってこその挙動。

激しい衝撃に身を揺さぶられるが、そんなことは想定内。軽く華奢な菊月()の身体がばらばらになりそうな痛みと引き換えに、俺はタ級の足を蹴り弾丸のように吹き飛ぶ。その先に居るのは……空母ヲ級。

 

「―――ヲォッ!!?!??!?」

 

……そのまま身体を回転させ、ヲ級の側頭部を思い切り蹴りつける。ヲ級は堪らず昏倒するが、目的はそれじゃない。蹴りつけた勢いで身体を捻り、方向転換すれば―――視界には、軽巡棲鬼と奴の異形から迫り出す砲身。

 

「……如月ぃぃぃぃぃいっ!!!!」

 

長月の悲鳴が聞こえる。

 

その声に被せるように、掻き消すように。

 

「―――ぉぉおおおああっ!!」

 

裂帛の気合を込めて、砲弾が放たれんとする砲口へ向けて手斧を投擲した。

 

―――――――――――――――――――――――

 

全霊の投擲は、あたかも初めて駆逐イ級を沈めた時と同じように砲弾を爆発させ、軽巡棲鬼の砲身を捻じ曲げるという戦果をもたらした。

跳躍の勢いのまま、軽巡棲鬼と如月達艦隊の間に降り立つ。砲が炎を上げたのは一瞬のこと、暗闇に包まれた今となってはどちらも俺の姿を確認出来ないだろう。証拠に、背にした艦隊からひどく呆然とした空気が漂ってくる。……それでは困るのだが。

 

「……何をしている、そこの艦隊っ!その状態で夜戦など無理だろう、さっさと撤退をしろっ……!!」

 

今更ながら、全身が酷く痛む。特に両足は少し熱を持っているようだ。……だが、だからと言って深海棲艦が待ってくれるはずも無い。息を吸い込み大声で指示を飛ばすと、慌てて動き出す艦隊。

 

「イマイマシイ……ニガスモノカ……ッ!?」

 

俺もこの隙に逃げたかったのだが、艦隊を追撃させる訳にもいかない。夜目が効く人型でない深海棲艦、それと同じ構造をしているであろう軽巡棲鬼の異形の下半身を潰すべく駆ける。

 

「貴様の相手は私だ……深海棲艦っ!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

艦隊を鼓舞するため、声を張り上げる。……正直辛いがそうも言っていられない。軽巡棲鬼の真横、左右に付いた砲塔の片方へ肉薄し、下から抉るように砲塔の『顎』の部分を突き刺す。瞬間、ナイフは肉を突き破り砲塔を爆散させる。

 

遠くから、恐らく金剛であろう艦娘の声が聞こえる。撤退を開始したようで、あとはこのまま足止めをすれば―――

 

「コザカシイ……サセヌワッ!!」

 

……油断した、訳ではない。しかし気を逸らしたのは事実、その隙を突いて軽巡棲鬼は腕を振るう。軽巡とは言えど『鬼』、当たれば戦艦以上にひとたまりも無いだろう。反射的に後ろへ跳べば肩から掛けた『5inch単装砲』の残骸が俺と軽巡棲鬼の間へ舞い上がり―――

 

「ぐぅぅぁぁあぁっ!!?」

 

ガギン、という鈍い音と共に単装砲の残骸が更に破損する。残った大きな塊は馬鹿げた威力で俺にぶち当たり、小柄な菊月()の身体はなす術もなく吹き飛ばされる。寸前に、最後に一矢報いようと振るったナイフは軽巡棲鬼の服を縦一文字に裂き、その向こうの身体へ傷をつける。そのまま空中で艦隊へ目をやれば、既に遠くへ逃げたようだ。これで俺の役目は終わった、頭を瞬時に切り替える。……あとは、俺が逃げ失せるだけなのだが。

 

「……ぅあ、くふっ……!」

 

……無傷で逃げ切るには、少し機を逃してしまったようだ。

辛い、辛い、辛い。最早両足だけでなく全身が熱を持っているようで、その中でも軽巡棲鬼の腕が当たりかけた胴体の感覚は薄い。今の姿を省みれば服は半分ほど破け、どう見ても大破している。……しかし、その馬鹿力のお陰で距離は稼げた。人型の深海棲艦は異形のものよりも夜目が効かない、よってこの中で一番夜戦に適しているのは駆逐艦である菊月()

 

「……はぁっ、はぁっ………うぐ、っ……!」

 

息絶え絶えに必死に逃げる、後ろからは軽巡棲鬼の残った砲塔と、中破の戦艦タ級による無差別な砲撃。幾度も弾が身体を掠め、海面へ着弾した戦艦タ級の至近弾は容赦なく俺の身体を傷つける。対抗しようなどとは夢にも思わない、只管に走り、朧げな脳内に思い浮かぶ唯一落ち着ける岩礁地帯を目指す。

 

 

「………っ、………っ、…………っ!」

 

 

……どのぐらい逃げただろうか、気がつけば背後からの砲撃も止み、辺りは薄っすらと明るくなっている。見渡せば、東の空から朝日が昇りかけていた。

 

 

「――――――っはぁっ!!……どうだ、逃げ切ったぞ……!」

 

必死ながら本能は仕事をしてくれていたようで、遠くに微かながら寝床にしていた岩礁が見える。這々の態でたどり着き、岩の隙間に倒れこむ。ごつん、と頭を打つがそんな痛み、今更気にする程ではない。

 

……足先から、ずるずると海へ沈んでいく。そのまま水底で眠ることにならないよう、しっかりと岩に身を預けながら俺は容易く意識を飛ばした。




武器・手斧:ロスト←New!
状態:大破←New!

だれか、早く来てくれ。

追記。
菊月が軽巡棲鬼の服を縦に裂いた一文(とても大事)を入れ忘れてたので修正しました。
更にタ級の損壊状況を修正。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。