なんか感想等を見る限り、皆さん菊月無双が見たいようで。
たまには良いかと書いてみました。
このルートは、言うなれば「たった一人の艦隊これくしょん」ルート。ルート条件は、ゲーム的に言うと『二週目以降』、『特定のアイテムを保有』、『練度一定以上』です。
条件を満たすと、第二章において戦艦棲姫に襲われてから分岐します。軽巡棲鬼を大破させ適当に逃げた先で、運良く廃棄された元資源基地を見つけ、そこを拠点に一人でサバイバルを、というルート。
簡単に言えば、ソロマスター菊月(偽)が無双するルートです。
菊月が見つからない分捜索が延びて、鎮守府側は脱走中の皐月達を発見し保護したりします。今回はその鎮守府側視点での、とあるイベント。菊月(偽)視点は次回。
――最近、鎮守府はある噂で持ちきりだ。
曰く。霧の海から現れる、恐ろしく強い何者かが存在する。その存在は巨人のように大きい訳でも、弩級戦艦のような砲撃を繰り出す訳でもないが、あらゆる深海棲艦をまるで赤子のように捻り潰すという。
曰く。その何者かは、深海棲艦とはまた別の、『沈み切れない艦娘の意思』、つまりは正真正銘の幽霊船であるという。ぼろぼろの黒い服に身を包み、目にも止まらない速さで深海棲艦を切り刻むその影を捉えることは容易ではない。
――曰く。その『何者か』は単なる噂上の存在ではなく、鎮守府、引いては大本営がその存在を認めているのだという。遥か霧を纏いしその幽霊船に付けられた仮称が――
「――『ゲシュペンスト』、という訳だ。どうだ?怪談ではないが興味深い話だろう」
少し前に改装された睦月型の大部屋の中心、床に敷き詰めた布団の上で一本の蝋燭に見立てた豆電球を囲んだ私達。少し勿体ぶって、私――長月はその話を語り終えた。
「うーん、話としては面白かったけどさ。怪談としてはイマイチだよね。弥生――は寝てる。文月――も寝てるじゃん。じゃあ、望月だってそう思うでしょ?」
「んー?あー、どうでもいいかな。どっちにしろ、あたし達がそんなのと出会う筈もないし。というか、もう寝ない?あたしそろそろ眠いんだけど」
「そう、だな。もうそんな時間か、ならみんな眠ってしまう訳だ。明日の予定は何だったか覚えてるだろう?第一・第二艦隊運用の演習、忘れたとは言わせんぞ――皐月」
ふわぁ、と欠伸を漏らす皐月に言葉を投げかける。目に涙を浮かべた皐月は、眠たげに答えた。
「あーもう、分かってるって。睦月と如月が第一艦隊で、弥生と卯月が第二艦隊。で、ボク達はその演習中の海域の警戒だったよね」
「分かっているなら良い。最も、お前達の古巣の近くでやるんだ。そうそう面倒なことにはならないだろうがな」
「ホントにね。ふわぁ、ごめんボクもう無理ー。先に寝るね、おやすみー」
勝手に言うや否や、適当な位置の布団に潜り込む皐月。この怪談会もあいつが言い出したことだというのに、結局片付けはいつもの通り私に回ってくるのだ。
「まあ、お疲れ。長月、あたしも手伝おっか?」
「いや、構わん。端に寄せておけば十分寝られるからな。それより、望月も早く寝ろ。明日は私達全員が海に出るのだからな」
「はいはい。それじゃおやすみ、長月」
「ああ、おやすみ望月」
布団に潜り込む妹を眺めれば、豆電球の明かりを消す。ふっと暗くなった部屋の片隅の、机の上に怪談セットを纏めて片付ける。そうして空いた布団へ潜り込もうとしたその時、さっき自分で語ったある言葉が脳裏をよぎった。
「ゲシュペンスト、か。そういえば、それの目撃談が多いのもトラック海域だったな。――いや、馬鹿馬鹿しい。所詮は噂だ、私も寝よう」
なぜか自分へ言い聞かせるように呟き、布団を頭までかぶる。何もおかしなことは無いはずだと言うのに、妙な予感がする。それは私の意識が睡眠の坩堝へ落ちきるまで、私の心を捉えて離さなかった。
―――――――――――――――――――――――
「っ、こちら長月っ!少し被弾したが、まだやれるっ!そっちはどうだ、如月っ!」
「私は平気よ。ただ、卯月ちゃんと三日月ちゃんが酷く被弾しちゃってっ。睦月ちゃんと皐月ちゃんは中破よっ!」
何事もなく終わると思われた、トラック海域での合同演習。しかし今、その演習艦隊は大きな混乱に包まれていた。
深海棲艦による奇襲。我が鎮守府の精鋭達とトラック泊地の艦娘達の演習の最中、彼奴等は大群を以って我々に襲いかかってきた。いくら艦娘が精鋭揃いとは言えど、演習用の模擬弾では効果的な攻撃が出来るはずもない。加えて――
「フフ、ナンドデモ、シズンデユキナサイ……」
深海棲艦どもの指揮をとる人型の異形、『戦艦棲姫』が二体。そしてその取り巻きの半人型・人型の深海棲艦の群れ。それら敵主力による飽和攻撃が私達を消耗させていた。
「ぐっ、海を侮ったツケが回ってきたかっ!」
忌々しく吐き捨て、砲を乱射する。その弾は前線へ出ていた人型の空母ヲ級の腕を吹き飛ばし、そこに生まれた隙へ魚雷を乱射する。似たようなことをいくら繰り返したか、濃い霧のせいで敵の総数が判別出来ない。
「っつう、いったいじゃんかさぁっ!」
「――!皐月、大丈夫かっ!?」
「ボクは平気!――いや、あんまり平気じゃない。流石に三日月を引っ張りながら下がるのはキツイし――あと、この霧。全く、なんなんだよっ!!」
「ぼやくな、皐月っ!戦況は次第に押し返しつつある、耐えろっ!」
「うぅ、ごめんなさいお姉ちゃん達。私も、戦わなきゃ―――うっ!」
私達が戦線を支えている間に、トラック泊地からの援軍が到着している。このままあと少し耐え抜けば、恐らく我らが頼もしき仲間が敵を殲滅してくれる筈だ。
「――っ!?」
そのプレッシャーが戦場に現れるまで、私はそう思っていた。
「さ、皐月っ」
「ボクも感じた。けど、敵ってわけでもなさそうだ。ほら、あれ。深海棲艦もみんな凍りついてる」
霧の海、トラック海域、圧倒的な強さを誇るそれ。そんなおとぎ話が、一瞬だけ思い出された。
「な、なんですかこれっ!霧が、霧が薄くなって――」
それはどういう訳か。色濃く海を覆っていた霧が、次第に晴れてゆく。そのせいで背後や隣には仲間の艦娘達が、眼前には黒く塗りつぶされたような深海棲艦の群れがはっきりと見える。そして――
「――お、おい見ろ、あれ」
深海棲艦と艦娘、明確に分かれた両陣営の真ん中にそれは居た。
見る者全てを押し潰すような、濃密な殺気。それを象徴するかのような、全身から立ち昇る朱金の気焔。ぼろぼろの衣服から伸びる真っ白な双腕には、何かを握っている。
ぎょろり、とそれが目を開く。真紅に燃える瞳には、溢れんばかりの炎が煌めいていた。
「……グ、デタカ死神……!貴様ハココデ、私ガ沈メテ――」
二体のうち片方、より『それ』に近い方の戦艦棲姫が艤装を構えて『それ』を攻撃しようとする。しかし、『それ』に向かって吼える戦艦棲姫の言葉が、最後まで紡がれることはなかった。
「――エ?」
ごとり。ぼちゃん。
動きの残滓すら見えない速度。何をしたのかは分からないが、その結果ならわかる。『あれ』は、戦艦棲姫の頭を斬り落としたのだ。胴体と永遠の別れを迎えた哀れな頭が、驚愕の表情のまま海へ沈んでゆく。
「……ッ!全員、ヤツヲネラエ!シズメロッ!!」
「……!」
最早艦娘のことなど頭に無いような様子の深海棲艦と、見る間に深海棲艦を斬り刻んでゆく『それ』。私達は呆然と、その有様を眺めている他はなかった。
このルートの菊月はもはやチートいです。
どんな敵でも首をすっぱ落として一撃ですから。