私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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昨日の分でーす。


菊月(偽)と夏祭り、その一

――『夏祭りへ向けて資源を確保せよ!』

 

数週間前に発行された、任務の名称である。

鎮守府納涼祭、通称夏祭り。提督が直々に講堂へ艦娘を集めて発行したこの任務は、俄かに鎮守府を湧き立たせた。その日から殆どの艦娘は浮き足立ち、瞳に活力を宿しながら精力的に任務や遠征に励み出す。

精神状況がコンディションに影響する艦娘にとって、上向きの心は大いにプラスになる。その結果期日を待たずして資源は十二分に確保され、夏祭りの開催が決定されたのだった。

 

「……いよいよ、明後日か……」

 

「あら、菊月ちゃん。鎮守府夏祭りのこと?」

 

「そうだ。なんでも聞くところによると、明日丸一日を使って準備を行うらしいな……?」

 

出撃を終え部屋へ帰り、同じく部屋へと帰っていた如月と顔をあわせる。はじめはきょとんとした表情をしていたが、話題が夏祭りのことと分かるとその少し大人びた顔を破顔させた。

 

「そうなのよ。倉庫から屋台を出したり、櫓を設置して太鼓の準備をしたり。ほら、この鎮守府って建物と港の間に広場があるでしょう?そこを大きく使って、みんなでわいわい過ごすのよ」

 

頬に手を当て、とても楽しそうに語る如月。彼女がそんな表情をするぐらいだ、本当に良い日を過ごせるのだろう。もっと詳しく話を聞こうと如月へと問いかける。

 

「屋台、と言ったな……?その、どんなものがあるのだ……」

 

「うふふ、菊月ちゃん。目がきらきらしてるわよ?」

 

「……っ、うるさい……!そ、それで祭りはどんな風なのだ……!」

 

ぼっ、と一気に赤くなったであろう顔を抑えつつ、しかし如月へ問いかける。『俺』は勿論のこと、どうやら『菊月』も騒がしいのが好きなようで、もう聞かずには終われない。

 

「そうねぇ、まずは屋台のことかしら。屋台を出しているのは、基本的に軽巡さん達以上の艦種の艦娘よ。というか、私たち駆逐艦はほとんど遊んでいるだけかしら。天龍型のお二人の、龍田揚げの屋台はお勧めだったわ」

 

「……ほう……」

 

「他にも、長門さんが冷やしラムネの屋台を出していたり、大和さんがアイスの屋台を出していたり――あ、そうね。伊勢型のお二人の焼きそばも美味しかったわよ?」

 

そこで出た名前にふと首を傾げる。長門や大和はともかく、伊勢型などこの鎮守府に居なかった筈だ。訝しげな視線を如月へ向けると、それに気付いた彼女が笑って説明してくれる。

 

「慌てないで、伊勢さんと日向さんのことね?お二人だけじゃないわ、他にも色んな艦娘が夏祭りを訪れるのよ」

 

「……訪れる?ということは、つまり……」

 

「そう、この鎮守府夏祭りは他の鎮守府からもお客さんがいらっしゃるのよ。演習以外では数少ない、他の鎮守府との交流の機会なの。流石に全鎮守府を一斉に休ませる訳にはいかないから、その時に任務がある艦娘は来れないけれどね」

 

「……そうか……」

 

如月の丁寧な解説に、首を何度も縦に振り頷く。他所の鎮守府から艦娘が来るかもしれないと言うのならば、睦月以下の遠くの姉妹達にも再開できるかもしれない。

 

「まあ、その日向さんは屋台とは別の演し物なんかをしていたみたいですけれどね?そうそう、ちゃんばら大会でしたっけ。天龍さんが去年、惜しいところまで行ったのよ?」

 

「ほう……!楽しみだな、是非とも挑戦してみたいものだ……」

 

「そうね。私達は遊ぶだけだから色んな楽しみ方が出来るんじゃないかしら。特設舞台ではのど自慢大会もあるみたいだし、去年は――大食い大会だったかしら?まあ、そんなのもあったの」

 

「遊ぶだけ?……ふふ、そうだな。なんにせよ、よく分かった。ありがとう如月……」

 

「いいえ、どういたしまして。今年の夏祭りも盛り上がると良いわね?なんだか菊月ちゃん、すっごく楽しみにしてるみたいだし」

 

「べ、別に楽しみになどしてはいない……!だが、うむ……。盛り上がると、嬉しい……。ほ、ほら!もう良い時間だ、残りの三人の帰ってくるのを出迎えに行こうではないか……!」

 

「ふふっ、分かったわ」

 

「……っ、何を笑っている……!」

 

なんでもないわ、と口元を抑えくすくす笑う如月へ突っかかりながら、二人並んで廊下を行く。『菊月』は少し憮然としているようだが、『俺』からすれば如月の態度の方が正常だと感じる。なにせ『赤面し照れ隠しをする菊月』を前にしているのだ、微笑ましくない訳がない。内心で頷きつつ歩き、船渠へと辿り着く。その分厚い扉を開ければ、其処には見慣れた三人の姉妹がいた。

 

「お帰りなさい、卯月ちゃん、長月ちゃん、三日月ちゃん」

 

「……お帰り。無事で何よりだ……」

 

「おっ、如月にぃ、菊月っ!たっだいまぴょーんっ!」

 

俺達の姿を認めた途端、満面の笑みを顔に浮かべて飛び掛かり抱きついてくる卯月。菊月()と如月の間へ跳んで入り、二人まとめて手を回してくる。

 

「あーっ、卯月お姉ちゃんだけずるいです!私も入れてくださいっ」

 

「お前達は何をしてるんだ、全く。あまり騒ぐんじゃないぞ」

 

「あら、長月ちゃん。少し寂しそうよ?ほら、我慢せずにいらっしゃい」

 

「如月っ、いや、私は――うん。や、やはり頼む」

 

菊月()の腕へ抱き付いてくる三日月と、如月の腕の中へ収まる長月。騒がしく暑苦しいが、全く嫌ではないと『俺』も『菊月』もしみじみと思う。夏祭りが楽しいものになりますように、と心の底で小さく思い、菊月()は三日月の頭へと手を回したのだった。




夏祭りィ。

浴衣ァ!

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