雲一つない青空のもと、すぐ側の海からは潮風がゆるやかに吹いてくる。手押し台車から片手を離し靡く髪を抑えつけ、整えてからまた荷台を押し始める。夏祭りの会場となるここ、鎮守府内広場は今日沢山の艦娘でごった返していた。
「……この荷物はここで良かったのか、川内?」
「うん、ありがと菊月。いやー、うちの手押し台車が壊れてどうしようかと思ってたけど助かったよ。明日の夏祭りじゃ、ウチの屋台に来てね!サービスするから!」
「……ふむ、ならば姉妹と寄らせて貰おう。ちなみに、川内達は何をする予定なんだ……?」
屋台の設営をしている川内へ、ふと湧いた疑問を投げかける。すると川内は、今
「私達はいつも、りんご飴作ってるわ。神通がね、とっても上手いんだ。こう、飴の形をくるくるっと変えて魚雷みたくするんだから!」
「神通か。さながら『二水戦飴』とでも呼ぶべきか……?」
「あはは、ちゃんと私も作ってるんだから忘れないでよ!――おっと、あんまり引き止めてちゃいけないわよね。菊月だって姉妹と準備があるだろうしさ。んじゃ、明日待ってるよー!」
「……うむ。ではな、川内……」
川内と別れ、空の台車を押しつつ広場を抜ける。右を見ても左を見ても、額に汗を浮かべながら屋台や櫓の設営をする艦娘ばかりである。中には自作と思われる祭法被を着ている艦娘すら見受けられ、夏祭りに対する熱意が透けて見えるようである。
「……済まない、待たせた。こっちはどうだ、長月、三日月……?」
「おお、おかえり菊月。特設ステージ周りは、およそ半分終わったところだな。客席用のシートは引いたし、あとは椅子を並べたりするだけだ」
「壇上の方は、まだあまり進んでいません。音響機材は霧島さんが担当してくれるみたいですが、ライトも垂れ幕も全然です」
「そうか……。人手は同じぐらいのようだな?ならば、私は三日月の方を手伝う事にする。すまんな、長月……」
「構わんさ。私達の方はもうじき片付く、そうしたら其方の手伝いにも向かう。それまで――そうだな、台車を貸してくれないか?椅子をいちいち手で運ぶよりも楽そうだ」
向き直り軽く頭を下げれば、気にするなと言わんばかりに手を振る長月。台車にもたれかかっているその姿は少し微笑ましく見える。
「私はもう使わないからな。台車なら、使ってくれて構わぬ……」
「そうか?なら、有り難く借りるとするぞ。其方も作業、気をつけてな」
台車を押してゆく長月を見送り、三日月と二人でステージ設営へと向かう。その後暫くして参戦した長月以下の艦娘達の協力もあったが、設営を全て終えられたのは日が落ちてからだった。
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設営を終え風呂を終え、夕食も終える。流石に一日を通しての作業で疲れたのだろう、部屋では既に姉妹達が夢の中へと旅立っている。そんな姉妹達を横目に、こっそりと部屋を抜け出る。目的は、夏祭り前の最後の打ち合わせだ。
「……流石に、どこも静まり返っているな。灯りも殆ど付いていない……」
ほの暗い廊下を忍び歩く。流石に今日は夜番の艦娘も居ないと見えるが、自然と忍んでしまうのは夜に出歩く時の癖と言えるだろう。
右へ左へと廊下を曲がり、階段を登り目的の部屋へ辿り着く。扉の下から灯りが漏れている。ゆっくりとその扉を押し開けると、そこには馴染み深い二人の艦娘が居た。
「……済まない、遅くなったな――青葉、そして那珂ちゃん」
「いえいえ、恐縮ですよ菊月さん」
「那珂ちゃん的にも大丈夫かなー。まあ、今日は最後のちょっとした打ち合わせだけだしね!」
そこに居たのは、青葉と那珂ちゃん。那珂ちゃんは赤い上下のジャージを、青葉は水色のパジャマを着ている。ちなみに
「……うむ。それに、そもそもこの面子だ。お互い、やる事は分かっているだろう?」
「ええ、そうですね。――では、まずは私青葉から。ステージ企画、その最後にお二人のライブをねじ込む事は成功しました。というかむしろ、統括する提督も大賛成でしたし!」
「おっ、さっすが提督っ!で、続きは?」
「はい。ステージを一望できる三方向のポジションに、録画用カメラを設置しました。これでお二人のライブを完全に記録に収めることが可能です。写真に関しては、私がリアルタイムで撮影いたします!」
「おっけー☆じゃあ次、菊月っ!」
青葉の説明が終わり、
「……うむ。ライト設営時に細工をした。本来の単なる照明ではなく、我々を照らし出すためのスポットライト・カラーライト機能付きに交換しておいたぞ。それを扱う神通にも、既に話は通してある……」
「ふむふむ。音響は?」
「根回し済みだ。私達の飛び入り……ステージへ登る前の段階から、ピンマイクをスピーカーに繋げてもらうようにした。一分のロスもなく、ステージ企画終了後にパフォーマンスを始められるぞ……」
「うん、ぐーっど!那珂ちゃんが褒めてつかわそう!」
青葉と二人、那珂ちゃんに抱き締められ撫でられる。
「とにかく!これで全ての準備は整った!慰労式でのステージが潰れた分、私たちは盛大なパフォーマンスをする必要がある!全てはアイドルとして、更に輝くため!みんな、明日は頑張ろうっ!」
「……勿論だ……!」
「恐縮ですっ!」
がっしと握手をして、互いに顔を見合わせる。
決戦は明日の夜、ステージ企画の終わる午後九時過ぎ。
引き起こすのはこの場の三人。夏の夜に輝く夢の舞台――『Naka&Kikuduki』サマーライブだ。
なんだかんだすごく伸びそうです。