私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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きのうの!


菊月(偽)と夏祭り、その五

かこん、がぁんと衝突音が響く。今までの、どんなタイプとも違う遣い手。強いて言うならば――そう、菊月()の戦い方のような、力よりも技と柔軟さを十二分に活かした剣撃の嵐。戦艦ゆえに力も十分、次々と襲い来る太刀筋が菊月()の振るう木刀を悉く弾き、腕を痺れさせる。

 

「ふふ、噂の駆逐艦の実力はこんなものか?この程度ならば、瑞雲をくれてやる訳にはいかないな?」

 

「――瑞雲が欲しい訳ではないが、なっ!睦月型駆逐艦、その名を舐められたまま終われるものか……!」

 

振り下ろされる木刀を両手で握った木刀で受け流し、胴へ蹴りを放つ。彼奴の腹を掠めた、蹴り出した足をそのまま大地へ振り下ろし軸足として一刀を横薙ぎに振るう。ひらりと揺れる赤い袴(・・・)が夜に映えた。

 

「全く……!三日月()の為とはいえ、中々どうして疲れるものだな……!」

 

背後へ飛び退る航空戦艦――『日向』から視線を外さないままぼそりと零す。思いかえされるのは、こんなことに巻き込まれた顛末だった。

 

―――――――――――――――――――――――

 

「……おい、長月。あれを見ろ」

 

「ん?あれは――天龍と、誰だ?木刀で打ち合っているようだが」

 

姉妹達と逸れた菊月()と長月は、探す相手の居場所の目処も立たないままに夏祭り会場を駆けていた。あまり広くない会場とはいえ、屋台や演し物をある程度広げた上で沢山の艦娘が行き交うことが出来るだけの広さはある。長月に見るように促したのはその一角、恐らく川内や如月が話題に出していた『日向』の演し物だろう。

 

「……そうではない、戦っている天龍の奥だ……」

 

「なに?――あれは、如月?それにみんなも。なんだ、皆あんな所に居たのか。慌てて損をしたな」

 

視界の中の戦いは白熱し、天龍と日向は木刀で一進一退の攻防を繰り広げている。先に屈したのは……天龍。受けに回った木刀が弾き飛ばされ、大地へと突き刺さる。日向の木刀が天龍の喉にぴたりと合わされ、それと同時に沸き立つ見物人。

天龍はどうやら景品を受け取っているようだし、それを見てこの演し物がどういった趣旨のものなのかを理解できた。要するに、日向に勝てば豪華景品、負ければ戦った時間に応じて対応した景品ということなのだろう。

 

「お疲れ様だな、天龍……」

 

「ん?お、サンキュ――って、お前菊月じゃねぇか!ほら、お前の姉妹が心配してたぞ!オレの事なんていいから、さっさとそっち行ってこい!」

 

「ああ、すまない……」

 

天龍の横を通り抜け、人混みを掻き分け姉妹達のもとへ辿り着く。途中幾つかの視線を感じたが、気にせずに姉妹へと話しかける。

 

「すまない、みんな……」

 

「あらあら、構わないわよ?菊月ちゃんも長月ちゃんも、言い合ってるのは可愛かったもの。カッコよく見えても、やっぱり妹なのだものね」

 

如月が、くすくすと笑う。菊月()と長月は顔を赤くして、また言い合いを始める。ひとしきり責任のなすり付け合いをした後、お互いに溜息を吐いて日向の演し物へ目を向けた。今度は、別の鎮守府の木曾が日向と鎬を削っている。

 

「……どうした、三日月?」

 

「へっ?あ、お姉ちゃん。な、何でもないですよ?」

 

そう嘯く三日月。視線の先を見ると、日向の後ろの景品棚に瞳が釘付けになって居るのがありありと分かった。

 

「……瑞雲が欲しいのか?」

 

「違いますっ!その横の妖精さんぬいぐるみが――あっ」

 

「ふふ、まだまだ甘いな……」

 

三日月の欲しがっているぬいぐるみは、演し物の景品としては造りが上等なように見える。その分入手難度(レアリティ)も高いようで、景品の下に貼られた目標時間は五分。五分間日向と戦い抜かなければならないようだ。残る景品は三つ、その内一つは木曾が持って行くであろうから余り猶予は無い。

 

「……卯月」

 

「ふっふっふ、やる気だぴょん?」

 

「何か、動きやすい服を探してくれないか。手近な物で、浴衣よりも動けるのならば何でも良い」

 

「合点だぴょんっ!」

 

走り去る卯月を横目に、順番待ちの紙に名を連ねる。一つ減った人形を見つめながら、菊月()は身体を解し始めたのだった。

 

―――――――――――――――――――――――

 

「……っつう!?」

 

一際大きな衝撃とともに、思考が引き戻される。次いで繰り出される日向の鋭い突きを、身を翻し避ける。白い袖と赤い袴がふわりと広がり日向の木刀に掠った。

 

「やるじゃないか。駆逐艦で此処まで保った艦娘は初めてだな。そんな服装で来るものだから、てっきり遊び半分で来たのかと思ったが」

 

卯月が持ってきた服は、あろうことか巫女装束。浴衣よりも遥かに動きやすいのは確かだが、持ってきた時の顔を見れば悪戯心が溢れていることなど簡単に見て取れる。こんな機会でなければ着ることなど無いが、これも祭りの華と自分に言い聞かせ袖を通したのである。

 

「服装の事は置いておけ。今度は、此方から行くぞ……!」

 

宣言通り、貸し与えられた木刀を両手で握り突撃する。そのまま縦に一閃、横にもう一閃。軽々と受け止められ、放たれる返す一撃を飛び退くことで回避し突きを繰り出す。隙をついた筈の一撃は、なんといつの間にか中段に戻されていた日向の木刀に真上から叩き逸らされる。

 

「くうっ!」

 

「ほう、やるな!」

 

続け様に放たれる、膂力を乗せられた刺突。体勢を崩し足を振り上げ、その木刀の腹を蹴ることで辛うじて躱す。流石に予想外だったのか、一瞬だけ無防備になる日向。一撃を叩き込めれば良かったのだが――回避と蹴りで体勢を崩し過ぎた。仕方なく後退りし、日向の剣の届かぬ位置まで逃げる。

 

「……強い……!」

 

「お前もな。よもや、元から刀を持たぬ艦娘が此れほど使えるものだとは思わなかったぞ」

 

日向の言葉へは何も返さず、ちらりと測定時計を見る。経過時間は未だ二分。俺は額からたらりと落ちた汗を拭うことも出来ないまま、あと三分だけ耐える決意を固めた。




バトルを入れなければ間を繋げない症候群。

追記。
恐らく少し前だと思いますが、ユニークアクセスが五十万を超えていました。皆様のおかげで菊月の素晴らしさが広がってます!ありがとうございます!

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