私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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六時までならセーフ。その上まだ寝て無いし遅刻じゃない。セーフ。

ごめんなさい!


菊月(偽)と夏祭り、その六

振るう。振るう。振り下ろされる木刀を防ぎ、逸らし、返す刃を繰り出す為に振るう。打ち合うこと数十合、戦艦の馬鹿力に晒され続けた手は痺れて久しい。

 

「……ちいっ!」

 

「中々やるじゃないか。だが、もうそろそろお終いか?」

 

「……っ、抜かせ……!」

 

轟音を立てて迫る日向の一撃。両手に強く握った木刀での打撃で威力を相殺し、その勢いを弱めてから逸らす。じん、と手に残る痺れが一段と強くなった。

 

日向との競り合いを始めてから、ちょうど今で三分程が経っただろうか。たったそれだけの時間が、嫌に長く感じる。片や航空戦艦、片や駆逐艦。膂力や馬力の差は如何ともし難く、時間が経てば経つほど此方が不利になる。じりじりと押し込まれつつ考えを巡らせる。

 

「ぐ……っ!」

 

五分間守り続けるという課題に対して、格上から与えられるプレッシャー。最悪死なずに立ってさえ居れば良いいつもの海戦とは違い、攻撃をまともに受け止めなければならない今の状況は不利に過ぎる。ごくり、と生唾を飲み込んだ。

 

「……っ、ん?」

 

「どうした、何か閃いたか?」

 

顔だけは涼しいまま、苛烈な攻撃を次々に繰り出してくる日向。それに晒されつつ……引っ掛かりを覚えたその点へ考えを向ける。『五分間耐えれば目当ての景品が得られる』。そして、『いつもとは違い、死ななければ良いという訳ではない。有効な一撃を貰ってはいけない』。だから、俺は『全ての攻撃を受け続けなければならない』と考えていた。そこまで思い返し、はたと気付く。

 

「……ふふ、ふははは……」

 

「――何?ことこの場で笑う、だと?」

 

自分から飛び込んだ思考の行き止まり、あまりに情け無い勘違いに溜息を漏らしそうになる。しかし、気付けただけ幸いと言うものだろう。そうだ、『五分間耐え、その間有効な直撃を貰ってはいけない』。だが、律儀に日向の打ち込み台になる必要など何処にも無いではないか。

そう――五分間、徹底的に攻撃し続け時間を稼げば良かっただけの話。気持ちが怖じれば力も弱まる、こんな考え方でどうにかなる筈もないと苦笑が漏れる。

 

「……いや、自分があまりに情けなかったものでな」

 

「なるほど、今からはそうではないと?」

 

「ああ。航空戦艦の戦い方には散々付き合ってやったのだ。ここからは――私の独壇場だ……!」

 

言うや否や、両足に力を込めて前方へ跳ぶ。そのまま突きを放つ――のではなく、足を全力で使い日向の斜め背後へ。菊月()の速度に目を剥く日向、しかし繰り出した横薙ぎはしっかりと木刀に防がれる。

 

「速度、か。確かに驚きはしたが、この程度では――」

 

「……この程度では、か。その言葉、後悔するなよ?」

 

一瞬の視線の交錯、その直後放たれる攻撃を受けも逸らしもせず足だけで回避する。リーチの外まで一足で跳び、そこからまた日向へ一足で接近する。右方、左方、斜めから上から、日向の周りを縦横無尽に跳び回りつつ連撃を繰り出す。先程とは真逆の形勢、徐々に日向の顔に焦りが浮かび出す。

 

「ぐっ、速いっ!」

 

「……当たり前だ、駆逐艦を舐めるなよ……!」

 

剣撃と剣撃との間に、体当たりや蹴りを織り交ぜる。此方の身体は軽く、敵の身体は重厚だ。それでも速度で以って繰り出されるそれらは、確実にダメージを蓄積させ動きを鈍らせる。気付けば、日向の剣が次第に大振りになって来ていた。

 

「……っ、ぐっ。……はぁ……っ!!」

 

「お前も、そろそろ限界か。その動き、追いつけないほどの速さには驚嘆したが、それでも勝つのは航空戦艦、つまり私だ!」

 

菊月()の額からぼたぼたと滴り落ちる汗を見て、表情は変わらないものの日向の目に最後の火が灯る。菊月()の足が止まった瞬間にでも、渾身の一撃を叩き込むつもりなのだろう。確かに、菊月()の顔には汗がびっしょりで、速度も始めよりは低下している。

 

――だが、それも全てが罠。日向の敗因は、菊月()の目の奥に走る真紅の閃光(疲れを忘れさせる気焔)を見抜けなかったことだ。

 

「……っ、ぐうっ」

 

「止まったなっ!――取ったっ!!」

 

気声と共に放たれる下から繰り出された一撃は、俺の手から木刀を捥ぎ取り宙に跳ねあげている。無手となった今、続く攻撃を防ぐ方法は無いように見えるだろう。

顔を伏せ、足を止めた菊月()目掛けて日向の全霊を賭けた突きが迫る。それに込められた力は絶大で、直撃でもすれば演し物だというのに大破しそうな程だ。だが、それだけの力が込められているのなら――

 

「……運が、」

 

「――っ!?」

 

顔を上げる。この距離この瞬間ならば、菊月()の瞳の中の閃光も見える筈だ。そして、己の失策も。

突きを繰り出し真っ直ぐに伸びる木刀、それを踏み台にして虚空へ跳ぶ(・・・・・・・・・・・・・・)。一撃に込められた力が仇となった形だろう。そのまま片手で、日向の木刀の上で逆立ち。先程弾かれた俺の木刀を、もう片手で掴み取り――

 

「――悪かったな……!!」

 

振り下ろす。体勢は崩れ、空中で放った一撃故に踏ん張りも効かない。ダメージは少ない、軽い一撃だろう。だが、確かに菊月()の一撃は日向の脳天へと命中したのだ。

 

「――なんとっ!!」

 

驚愕に染まる日向の声。そのままくるりと一回転し、日向の背後へと降り立つ。何時の間にか静まり返っていたギャラリーだが、その静けさが逆に心地よい。遠くの櫓から聞こえる太鼓の音だけをBGMに、菊月()は宣言する。

 

「……私の勝ち、だな」

 

その言葉を皮切りに、天龍の時のように一斉に沸き立つギャラリー。これだけ目立っておけば、後でライブをする際にも見に来てくれる艦娘が増える筈だ。そんなことを考えていると、日向が近づいてくる。

 

「いや、負けたな。清々しいまでに。頭に木刀を貰うなど、何時ぶりだろうか」

 

「……私はまだ、腕が痺れているのだがな。技の切れも太刀筋も、流石というべきものだった」

 

がっしりと握手を交わす菊月()と日向。それを見て、更にギャラリーは沸く。ふと、思い出したように日向が口を開いた。

 

「そうだ。途中から忘れていたが、これは演し物だったな」

 

「……ああ、そういえば」

 

「私に勝つ者が居るとは思っていなかったが、嬉しい誤算だな。景品に、特別な瑞雲をやろう」

 

「うむ、瑞雲を――あっ」

 

はたと気付く。『五分間耐えれば』妖精さん人形が貰える。それは確かだ。『菊月()が五分以上日向と戦った』、それも確かだ。

――五分間戦って、そして『勝った』。勝った以上、貰えるものは変わってくる。菊月()の手に与えられたのは、妖精さん人形ではなく特別な瑞雲だった。

 

「私の手編みの、瑞雲抱き枕だ。安眠は保証するぞ?何せ瑞雲だからな」

 

「…………うむ。有難く頂くぞ……」

 

力が抜けそうになる足を堪えて、かろうじて言葉を絞り出す。ちらりと三日月の方を見る。唇をとんがらせた彼女は、とても不機嫌そうだ。結局、菊月()は今度三日月とぬいぐるみを買いに出かける羽目になったのだった。




次は一旦準備を挟んで、その次がライブかな?もしくは次で全部終わらせるかも。

それにしてもバトルを書くと心が洗われる。

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