私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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これで追いついた、今日もう一話投稿すれば負債ゼロだ。

それはそうとして、ドイツ行きの面子がくまのん以外すごくクール。


遠く遠く、その三

照りつける太陽は幾分か輝きを弱め、風は少しずつ冷たくなってくるころ。普段通りの出撃に遠征、それに加えて出向の準備をしていればあっという間に時間は過ぎた。幸いにして長月の気にしていた感覚は的中することなく、大した騒ぎもなく出向の日を迎え――今に至る。

 

「…………」

 

朝早く、というよりも夜更けと言うべき時間。ドイツから寄越された迎えの船に乗り、鎮守府港を離れて数時間。まだ日も登っていない時間、見送りに出てきた艦娘達はあっという間に見えなくなった。見送りの姉妹達が見えなくなれば一度船室へ引き込み、少しだけ寝て、そうして今また甲板へと顔を出す。ゆっくりと、もう直ぐ訪れるであろう日の出を見る為だ。

 

「あら、菊月。おはよう、かしら?」

 

「ああ……。おはよう、加賀……」

 

甲板には先客。名だたる正規空母で、菊月()と同じくドイツ出向の任を受けた艦娘『加賀』。艤装を外し、リラックスした体勢で甲板の手すりにもたれ掛かっていた。吹き付ける風に髪をはためかせ、加賀の横へ歩いてゆく。

 

「風が強い、か……」

 

「この程度、私達が自分で海を駆けているときに比べればどうということは無いでしょう。気が抜けているのではない?」

 

「……かも知れんな」

 

会話が途切れ、沈黙が俺達の間に満ちる。風の音はごうごうと大きく、視界の端には船が生み出す白波も見える。息を吸い込む。慣れ親しんだ潮の匂いが鼻腔を満たした。

 

「――菊月は、出向は初めてだったかしら」

 

「……?」

 

不意に、加賀が喋り出す。その表情は何時ものように変わっていないが、声音にはわずかな気遣いが見える。不思議に思いながらも頷き返すと、加賀も同じように頷いた後に言葉を紡ぐ。

 

「そう。――私は、これで五回目かしら」

 

「そうか」

 

「――慣れないわ、何回やっても」

 

「…………そうか」

 

再び訪れる沈黙。菊月()と加賀の間でならそれも当たり前なのだが、この沈黙は気不味いものではない。その証拠に、黙っている加賀から向けられる視線は暖かい。

 

「私には姉妹艦はいないけれど、赤城さんや、二航戦・五航戦の子たちと離れるのは――ああ、五航戦はともかく二航戦の子は知っているわね?」

 

「そう、だな……。蒼龍と飛龍だろう?よく知っているとも。……というか、私だって二航戦だぞ?だがまあ『昔』の話だ、それに私は彼女達と共に海を駆けたことは……」

 

「そうね、知っているわ。でも蒼龍と飛龍からは、よくあなた達二十三駆の話を聞くものなのよ?もちろん、あなたのことも。――おっと、話が逸れました」

 

「……ふふ、お前もそんなことをするのだな」

 

「当たり前よ、気を張れていないのだから。だって――離れるのは、寂しいわ」

 

加賀の言葉の調子は変わらない。だが、そこに秘められた感情は確かに寂しさを伝えているのが感じられる。

 

「私ですらそうなのだから、姉妹のいるあなただって寂しいのではなくて?――別に、今は気を張らなくて良いわ。面と向かって別れを言うのって、想像以上に辛いものだから」

 

「……済まない。気を遣わせたな、加賀……」

 

確かに姉妹達と離れ離れになることは今まででもあった。だがそれは仕方なく、別れを言う暇も寂しさに浸る暇もない時のこと。『俺』も『菊月』も、別れを言って離れ離れになるということに慣れていなかった。我がことながら、幼さに苦笑する。そんな時、ふと頭に柔らかな感触を感じた。

 

「……加賀?」

 

「ああ、ごめんなさい。つい、撫でてしまったわ。――どうしても寂しくなることは、必ずあるわ。もしそうなったら、私を頼りなさい。私でも、撫でてあげることぐらい出来るわ」

 

「……ふふ、そう言って。お前が寂しいから、私を撫でたいだけなのではないか……?」

 

「そうだとしても、少なくとも私は寂しくは無いわ。慣れたもの」

 

「強がるな……。お前も、もし我慢できなくなれば私に言え。撫でさせるぐらいならば、許してやろう……」

 

優しい加賀の手に頭を預け、暫く目を細める。そのまま撫でられ続けていれば、まぶたの向こうが明るくなり始めた。目を開ける。

 

「……いつも思うが、深海棲艦はこの太陽の熱さを感じられぬのだろうか……」

 

「どうかしらね。でも、少なくともこれを見て勇気付けられるのは艦娘だけよ。暁の水平線に、勝利を刻もうって」

 

「そうか……」

 

ぽつぽつと話を続け、ゆっくりと登りゆく陽光を眺める。そんな俺と加賀の耳に届く、かつんかつんという足音。振り向けば今回の艦隊の旗艦であり、指揮をも担っている武蔵が居た。

 

「朝日を浴びに出てきたのだが、これはまた面白いものを見てしまったか。嬉しそうだな、二人とも?」

 

「……武蔵、お前も寂しくなれば私を撫でるといい。どうやら加賀は、それで気を持ち直せるようだからな……」

 

「菊月っ。――頭に来ました、攻撃開始です」

 

今まで優しかった加賀の手つきが、俄かに激しいものへと変わる。ちらりと顔を見れば表情の変わっていない頰には僅かに朱が差しており、慣れた者には照れ隠しだと見抜くことが出来る。そして、菊月()も武蔵も無表情には慣れている。

 

「はっはっは、いや、知ってはいたが中々に可愛いじゃないか、加賀。どれ、私は菊月でなくお前を撫でることにしよう」

 

「ならば、私も加勢するぞ……。運が悪かったな、加賀……?」

 

「くっ!顔に火の手がっ、そんなっ」

 

みるみる赤くなる加賀へちょっかいを出す。更に聞こえてきた足音は残る誰かのものだろう。こうして俺達は、加賀を可愛がりながら船上での朝を過ごしたのだった。




なでられ菊月が可愛い。

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