私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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間に合ったのさ。

でもあしたは月曜。また遅れそうな。


遠く遠く、その四

最後に大きな汽笛を鳴らし、俺達を運んでいた兵員輸送船が停まった。大きな揺れ。その揺れを最後に完全に停船したことを確認すれば、俺はゆっくりとベッドから身体を起こす。きしり、と軽く軋むベッド。手荷物を纏め、置き忘れたものが無いかを確認すれば自室の扉を開けて廊下に出る。もう慣れた、鉄の匂いが感じられた。

 

「あ、菊月。どうだった、疲れた?」

 

「……ハチか。そうだな、何もすることが無いというのは存外堪えるものだと実感した……」

 

俺とタイミングを同じくして、船室から現れたのは伊8(ハチ)。ドイツへ来ようが、着ている服装が提督指定水着一丁というのは変わらないようだ。表情には長旅の疲れと、仄かな懐かしさが感じられる。彼女がまだ艦であった時のことを思い出しているのだろうか、そんなことを考えていれば、自然と口が動いていた。

 

「……ドイツ、か……」

 

「不安?って、普通はそうですよね。かく言うはっちゃんも、艦娘になってからは初めてなので同じ気持ちです」

 

「……不安、か。……いや、確かにそれもある。ただ、なんと言うか……」

 

言い篭る俺の顔を不思議そうに覗き込むハチ。照明に照らされて、ハチの眼鏡のレンズが光る。その向こうにある瞳に映るものは、好奇心――ではなく、純粋に此方を気遣う色。菊月()が幼いからかも知れないが、それを差し引いても皆優しい艦娘ばかりだ。その優しさに苦笑しつつ溜息を漏らし、口を開く。

 

「……不安は、姉妹達に払拭してもらった。寂しさも、お前達のお陰で感じなくて済むだろう。だから、やはり今私の中にある感情は……楽しみ、なのだろうな」

 

「ほう、楽しみ。菊月はなかなか大物ですね。――なら、さっさと甲板に上りましょう。そうですね、景色。我々の国とはまるで違う景色を、楽しみにしていて下さい」

 

「ああ、お前がそう言うのならばな……」

 

それっきり黙り込み、ごく短い廊下を歩く。天井の低いこの廊下も、少しだけ薄暗い照明も、一箇所だけ存在する、踏むと軋む床も。十日あまりを過ごせば名残惜しくもなるものだ。一度だけ振り返り、狭いそれらを記憶に入れれば歩き出す。無骨な鉄のタラップを音を立てて上がり、光の差す甲板へ全身を出し――

 

「…………!」

 

真っ先に感じたのは、風。乾燥し、慣れ親しんだものとは異なる色のついた、異国の風だった。

 

吹き付ける一陣の風に目を瞑る。少し冷たいそれを大きく吸い込めば、肺に残る感覚だけで異国に来たのだと実感できる。からりと乾いたそれに含まれる僅かな石のにおい。海側から吹き返す潮風は、艦娘の身体だからだろうかはっきりと日本のものと違うとわかる。それら全てが、わくわくとした感情を『俺』と『菊月』に湧き立たせた。

 

「菊月、いつまで目を瞑っているのだ?」

 

武蔵の声。

目を開けると、また新たな異国の風景が目に飛び込んでくる。

まず見えるのは、遠くの街並み。白い壁の家々と、茶色い屋根のコントラストが目に美しい。遥かに見える山や緑も、その美しさに拍車をかけている。

次に眼下に広がるのは、ドイツの鎮守府だろう。菊月()達が暮らしているところとは違い、建物も港のコンクリートもどことなく格調高いような気がする。そして、我々の鎮守府よりも遥かに綺麗だ(・・・)。汚れたものを片付けたのではなく、そもそも汚れていないような綺麗さをしている。

 

「……ふむ。武蔵、この港はいつも『こう』なのだろうか?それとも、私達を出迎えるために磨き上げたのだろうか」

 

「――そうだな。お前も気付いたか。確かにこの鎮守府は、私達にとってはあまりに戦から遠いと感じるだろう。だがな菊月、これがおよそ普通(・・)の鎮守府だ。私達と、あと数ヶ国以外のな。我々からすれば信じがたいことだが、深海棲艦の脅威から遠いところに位置する国々はこうして穏やかに過ごしており――」

 

かつん、という甲板を踏むと音。その音の主が、勿体ぶって武蔵の言葉を引き継ぐ。

 

「――だからこそ、いざ彼奴等の矛先が自分へ向いた時には何も出来ずに滅ぼされるだけ、という訳ですわね。その点、この国の軍人はまだ有能ですわ。わざわざわたくし達を呼ぶほどの危機感を覚えている、と言うことですから」

 

いつの間にか背後に立っていた熊野が、つかつかと俺達の側へ歩み寄る。その視線はここから見える風景へ向いており、その瞳に映る感情はおそらく菊月()や武蔵と同じ類のものだろう。熊野の背後には、加賀とハチも居る。これで全員揃ったと言うわけだ。

 

「さて、揃ったか。出迎えは何処に居るのだろうな?いくら要請されたとて、勝手に乗り込む訳にも――む?」

 

武蔵の声と同時に、菊月()も仲間達も一つの足音を捉える。それをきっかけにして、全員の気が引き締まってゆく。かつん、かつんと階段を上る足音。それがどんどんと近付いて――

 

「Guten Tag. 日本じゃ『ハジメマシテ』って言うんだったかしら?私はビスマルク。ビスマルク型ネームシップのビスマルクよ。Admiralからの司令で、あなたたちを迎えに来たわ。私の名前、よぉく覚えておきなさい!」

 

この場の艦娘にとっては初対面の、しかし『俺』にだけは見覚えのある彼女――『ビスマルク』。灰色の軍服に身を包み、顔には自信に溢れた笑みを湛える彼女が姿を現した。




サムライガールズ、ドイツ上陸。

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