私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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昨日の分と今日の分、合わせて四千字でまるっと演習。

菊月可愛いね。


遠く遠く、その六

風の向きも潮の匂いも、慣れ親しんだものとは全く異なる。しかし、今菊月()達が立っているこの海だけはどこに居ようとも変わらずに俺達を支えてくれる。思えばミッドウェーに流れ着いた時も、海にだけは変化を感じなかった。そんなことを思い返し、苦笑する。苦笑しながら武蔵へちらりと視線を向けると、視線を受けた彼女が話し出した。

 

「さて、今更言う必要も無いのだろうが――一応、言っておくぞ。あいつらを、侮るなよ。彼女達を直に見て、そしてこの期に及んであの大本営からの戦力評価書を信じている奴は居ないだろうな?」

 

武蔵がぐるりと俺達を見回し、その後に大きく頷く。同時にどぉんと響く一発の空砲。三度鳴らされれば演習開始の合図だ。

 

「確かに彼奴等は、深海棲艦との戦闘経験は薄いだろう。大本営が調べた通りにな。だが、それが実力の無さと結びつくかと言えば、そうではあるまい?限りなく実戦を行えない中で、それでも研鑽を重ねていた筈だ。それに何より――かつて自国の為に、仲間のために戦い抜いた彼奴等の魂が、弱いままでいることを許す筈が無い」

 

どぉん、と二発目の空砲。全身に闘志が漲る。

 

「練度不足?経験不足?そんなもの、糞食らえだ。我々の方が経験値があるなどと思い上がるな。私達の前に立つのは、いずれ名だたる武勲艦!油断なく慢心なく、全力で仕留めろ!!陸で眺めている加賀とマックスが羨むほどの戦いを繰り広げてやろう!!全艦――」

 

どぉん、三度目の空砲。意識が切り替わり、目の奥で閃光が爆ぜる。単装砲を構え、腰を落とし、足に力を込めて……

 

「――突撃ぃっ!!」

 

武蔵の号令で、戦場に存在するどの艦よりも先に飛び出した。

 

敵艦隊はビスマルク、プリンツ・オイゲン、レーベ、そしてU-511の四人。対する俺達も、武蔵と熊野、菊月()、伊8の四人だ。本来ならば加賀も戦列に加わる筈だったのだが、ドイツ側第一艦隊に空母が存在しないことから今回は抜けている。そのためドイツ側もマックスを抜き、期せずして同艦種編成での演習となったのだ。

 

「……っ、敵艦隊発見っ!全艦、私に続けっ!!」

 

海面を滑り駆け、ビスマルク達を発見する。一度だけ振り返り、後続の仲間達へと声を掛ければ更に速度を増し、突出する。そんな菊月()を見て、相手の顔が驚愕に染まっているのが見えた。それはそうだろう、索敵も牽制もなく駆逐艦が突っ込んで来たのだから。

数々の、口径も種類も異なる砲門が一斉に此方を向く。砲塔も砲台も深海棲艦と違って分かりやすい形をしているだけに、いつもと違いある種の爽快感を感じた。

 

「くっ、あの駆逐艦っ!あまり、舐めないでっ!」

 

「好き勝手させるわけには行かないよね!良く狙って――Feuer!」

 

ビスマルクとオイゲンの砲撃を皮切りに、幾つもの砲弾が放たれる。その狙いは勿論、単騎で突出している菊月()だ。敵艦隊へ向かって突撃。砲の重さでバランスを整え、身体を左右へ振り軽くステップ。菊月()のそばで、着弾した海が次々と爆ぜた。損害は――無し。飛沫の中を突っ切って走る菊月()の姿に、彼奴等の目が見開かれる。

 

「ウソでしょ!?何よあの動きっ!」

 

プリンツ・オイゲンの悪態がかすかに聞こえる。それに対し、これ見よがしに単装砲を構え――発砲。有効打を与えられる距離からはまだ遠いものの、その一発は確実に水面上の三人の意識を此方へと向けさせた。敵意が一身に集中するのが分かる。

 

「……っ、U-511は……既に下かっ!何時の間に潜行した……!」

 

海面下から急速に迫る魚雷を認め、右へ大きく跳躍。中々に危ない距離を、その魚雷は通過して行った。そのまま足を止めずに跳びまわり駆け続ける。菊月()の真横を、ビスマルクの一撃が掠めていった。その轟音と衝撃に思わず笑みを漏らす。

 

「ハチ、やってくれたか……」

 

警戒していたU-511からの二発目は無い。代わりに、あちこちの海面下から模擬魚雷が立ち上っている。炸薬の装填されていない潜水艦の模擬弾同士が交錯し合っているのだろう。U-511は伊8が抑えていてくれる、ならば菊月()の仕事は彼奴等を引き付けることだ。

 

「……どうした、この程度か……!」

 

ジグザグに走り弾を避け、時折片足を海面に突っ込んで旋回し砲撃を放つ。旋回の拍子に背後へ視線を向ければ、熊野が絶妙な位置を保って追随して来ている。武蔵は――どうやら、そのままビスマルクと殴り合うようだ。

この戦運びなら、少し揺さぶってやれば良いだろう。熊野と僅かなアイコンタクト。ミッドウェーで散々共に戦った仲だ、それだけで互いの意図は通じる。

残る二人……プリンツ・オイゲンとレーベレヒト・マースにニヤリと笑みを投げかければ、敵の艦隊のうち一人――菊月()と同じ駆逐艦、レーベが俺の前に立ち塞がった。その目に闘志はあるものの、少しの気弱さも透けて見えるようだ。

 

「っ、速い!でも――君の相手は僕だっ!」

 

「……そうか、だがまどろっこしいのは嫌いでな。貴様ら纏めて、私が相手をする!『熊野っ、お前は武蔵の援護へ回れ』……!」

 

これ見よがしに叫び、熊野への意識を誘導する。敵二人は――狙い通り、俺だけに目標を絞ったようだ。彼女達の判断は間違いではない。普通の駆逐艦を相手にしているのなら、それでも良いだろう。だが、お前達の前に立つのは菊月()だ。走り、避け、生き延びることにかけては一流の俺だ。故に俺は止まらない、止められない……!

 

「……ふ、来たか……!」

 

眼前のレーベと視線を交わすのは一瞬、どちらともなく海面を滑り砲を撃ち合う。放たれる弾を回避し、返す一撃。そのうち一発がレーベの肩へ直撃し、彼女は顔を歪める。旋回しつつ、更に追撃。薙ぎ払うように単装砲を撃てば、レーベの加勢をしようとしていたプリンツ・オイゲンにも幾つか命中させた。

 

「ちっ、やってくれて!反転攻勢よ、レーベっ!」

 

「はいっ!」

 

二人を同時に相手取る。ステップや跳躍を繰り返し、反撃しつつ徐々に誘導。いくつかの被弾。模擬弾故に爆発はしないものの、ずどんと直撃したプリンツ・オイゲンの一撃は芯に残るダメージと青色のペイントを菊月()に与えてくれた。船速(スピード)を落とし、劣勢を演じる。

 

「……っ、流石は……!」

 

回避、回避、回避。菊月()が砲撃を躱し続けることに痺れを切らしたプリンツ・オイゲンが一歩踏み込んでくる、そこを狙い撃つ。本人からすれば思わぬところで反撃を食らったプリンツが慌てて避けるものの、二人の視線は未だ菊月()に釘付けだ。そう、俺に。

――武蔵と協力してビスマルクへ損壊を与え、その後彼女達の後ろへ迫っている熊野の姿にも、目を回して海面に浮かんでいるU-511の姿にも気付いていない。刹那、此方へ砲を向けるレーベ。反応し、砲を構え、同時に発砲。お互い腹に一撃を喰らい、顔を歪める。

 

「ぐっ、この菊月!この程度で……」

 

「ぐ、うぁっ!?でも、これなら――」

 

分かりやすいように被弾台詞でも呟いてみせる。それで優勢に立ったと確信したからか、意気を増し、呵成に砲撃を仕掛けてくるレーベとプリンツ。バックステップ、ターン、サイドステップ。距離を取る菊月()を更に追撃しようとする二人。そこに――

 

「あら。これなら、なんだというのです?後学の為に是非、教えて欲しいものですわ!!」

 

彼女達の背後で機を窺っていた、熊野の一斉砲撃が浴びせられた。

 

「えっ、う、嘘っ!?」

 

「後ろっ!?でも、僕とプリンツなら――うわっ!?」

 

一気に注意の逸れた二人へ向けて、温存しておいた模擬魚雷を斉射する。吹き上がる水飛沫と蛍光ピンクのペイントが、プリンツ・オイゲンとレーベレヒト・マースへと降りかかった。プリンツはそのまま、熊野の追撃をまともに受けて大破(敗北)。残るレーベが一矢報いようと菊月()に向かって魚雷を放ち――

 

「嘘っ!?この距離で、しかも魚雷を飛び越えるなんて!なんて無茶――うわあっ!!」

 

「運がなかったな、レーベレヒト。この程度の損傷で避けられなくなっているようなら……私はもう、とっくの昔に沈んでいるさ」

 

レーベへ向けて、無造作に発砲。一発の弾丸が、彼女の胴へと炸裂し、砕け、目に痛いような色の塗料を吐き出した。

 

―――――――――――――――――――――――

 

「武蔵、伊8が小破。菊月が中破、そして熊野は無傷。対して我が艦隊は、全艦大破相当の損害か。――中々どうして、勝てぬものだ。我が艦隊もそれなり以上にやると自負はあったのだがなぁ」

 

演習を終え、汗と塗料を洗い落とし、ドイツ艦隊提督のもとへ集合する。演習の結果報告を受けた提督は、残念そうな顔をしながら眉間を押さえた。押さえたまま、部屋に居る全員へと呼び掛ける。

 

「旗艦のビスマルクと武蔵は残ってくれ。演習内容と、今後の諸々の課題について吟味する。ああ、プリンツとユー、レーベも居た方が良いか。済まないがマックス、残る彼女達を部屋へと案内してくれたまえ」

 

「了解、提督。ではみなさん、済みませんが付いて来てください」

 

一礼し、マックスに続き部屋を出る。案内されて辿り着いた部屋は提督の執務室、そして海への通路にほど近い場所に備えられた客室だった。マックスが言うには一人に一部屋が与えられているらしい。丁寧に説明をしてくれた彼女へも案内の礼をし、一人で使うには些か大きすぎる気もするその部屋に入る。手近な椅子に座り込み、カーペット敷きの床に鞄を投げ出し嘆息する。

 

「……うむ。戦い難いこと、この上無かった……。護月と月光の使用はともかく、余裕を持っての回避を取らぬ癖はどうにかせねば、な……」

 

あまりにも実戦に浸かり過ぎていたせいか、どうにも場当たり的な対処をする癖が付いてしまっている。それを出来ないのはいけない、しかしそれだけに重点を置いて正式な回避行動を疎かにして良いと言うことはない。見つけた課題点を鞄から引っ張り出したノートに連ねながら、俺は夕食までの時間を過ごしたのだった。




菊月可愛いね。

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