私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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き の う の

最近だらしない。次回は戦闘なので早く書ける……といいなあ。


遠く遠く、その七

窓から吹き付ける海風は、日本のものと違って少し肌寒いもののように感じる。それは夜のせいでもあるだろうし、気候のせいでもあるだろうし……そして、静かな部屋に一人でいるせいもあるだろう。時計を見れば、もうすぐ夕食として指定された時間。少し早いが、身支度を整えて部屋の扉を開ける。

 

「……基地、というよりは本当にどこかのホテルのような造りだな……。快適ではあるし、艦娘という『女の子』に対してならばこれぐらいの扱いで良いのだろうが。……少し、落ち着かぬ……」

 

部屋に入る際に渡された基地内地図を見ながら、廊下を曲がり進んで行く。それなりに広い基地の筈だが見知らぬ艦娘に出会さないのは、おそらく此処の提督が何か細工をしているのだろう。顔見せは明日の朝と言っていたし、大方この時間だけこの一角への立ち入りを禁じているのだろうが。

 

「……此処、のようだな……ん?」

 

「菊月ですか。早いわね」

 

「……その私より早く来ているお前の台詞では無いがな、加賀」

 

食堂……と言うよりもレストランと呼んだ方が良いような食事場、その入り口に待機していたのは加賀。入り口近くに並べられてある椅子に腰掛け、暇そうにしている。少し早く部屋を出てしまったかと思っていたが、それよりも早くから居たらしい。

 

「……しかし、どうして?」

 

「その、いつもなら持ってきている本を入れ忘れて。手持ち無沙汰だったから、ここで待っていたのよ」

 

「暇だったのならば、他の艦娘の部屋にでも行けば良かっただろうに……。そこまで気の置ける仲ではないだろう?」

 

そう言うと、加賀は少し気まずそうに顔を下に向ける。加賀にしては珍しいその表情を眺めていると、少しだけ不満げに唇を尖らせて彼女は話し出す。

 

「だって、その。私以外は演習に出ていたでしょう?疲れているかと考えたら、邪魔出来なかったのよ」

 

「……ふふ、そうか……」

 

「――なに、その笑いを噛み殺したような表情。言いたいことがあるのなら、はっきり言いなさい」

 

僅かに頬を染めた加賀の姿に、『菊月』と『俺』が笑いあう。そうして『菊月』から提案されたあることに、『俺』が首を縦に振る。そうして菊月(俺達)は一息で、椅子に座る加賀の膝に飛び乗った。

 

「――っ!?菊月?」

 

「暇だった、のだろう?私も丁度座りたいと思ってな。……手慰みぐらいにはなるだろう、支えていろ。……ああそうだ、撫でたいのなら好きにしろ?お前はそれで元気が出るのだっただろう?」

 

「そうね。でも菊月、あまり私を揶揄うのは得策ではないわ――!」

 

顔の赤みが増した加賀に、頭をぐりぐりと抑えつけられる。結局そのまま、全員が揃い食堂の扉が開くまで菊月()は加賀に弄られ続けるのだった。

 

―――――――――――――――――――――――

 

「さて、全員揃ったようだな。此方も正式な歓迎の晩餐は明日夜を予定しているが、初日に何もなしというのも味気ないだろうと思ってな。そうだな、言わば――私の個人的なパーティと言ったところか」

 

提督(Admiral)、話が長いですっ!」

 

「プリンツ、今始めたところだろう。……だがまあ、我慢し難いというのは分かる。君達第一艦隊には、この時間まで待って貰った訳だからな――まあ、それは君達遠征艦隊にも同じ者がいるようだが」

 

提督の言葉に、加賀が軽く顔をそらす。

 

「君達の間でも話し合いたいこともあるだろう、プリンツの言う通り私はさっさと話を終わらせることにするよ」

 

「さっすが提督、よく分かってるじゃない!」

 

ビスマルクの言葉に、レーベとマックスが苦笑する。提督も咎める様子がないことから、この程度は彼女達にとっては日常茶飯事のことなのだろう。側から見ているだけで、彼女達の間の絆が透けて見えるようでもある。

 

「よし、それでは全員グラスは持ったな?今回は私が、乾杯の音頭を取らせてもらおう。遥か海の彼方より、我らが為に参じてくれた友に――Prosit(乾杯)!」

 

「「「Prosit(乾杯)!」」」

 

ぶつけ合わせたグラスが高らかに音を立てる。一度砲火を交わせば直ぐに友人になれるという訳でもないが、少なからず打ち解けられた面子が揃っているのだ。俺達の間に満ちる空気は軽く賑やかで、食事も美味しく感じる。そうしてハチや熊野と談笑していると、俄かに肩を叩かれた。

 

「……?なんだ、レーベと……マックスか」

 

「そう、覚えていてくれてありがとう菊月。今日の演習のことで、少し聞きたいことがあって二人で来たんだけど――邪魔だった、かな?」

 

「いいや……私は別に。それで、何が聞きたいんだ?」

 

投げかけられる問いの続きを促すと、何やら考え込んだレーベに変わりマックスが口を開く。口調は努めてクールだが、その中に僅かな好奇心が潜んでいるのが読み取れた。

 

「そうね、諸々纏めてなんだけれど――あの、跳んだり跳ねたりする航行について教えてほしいの」

 

「……ふむ、あれか。と言っても、私にとってアレは別段特殊な航行方法でも無いのだがな……」

 

レーベとマックスを見上げながら、息を吐きつつ答える。そう、確かにあの動きは悩み抜いて編み出したものでもなければ秘技中の秘技というわけでも無い。『俺』という存在にとってごく当たり前の対策だっただけなのだ。しかし、マックスは不満そうにこちらを見つめてくる。目と顔が雄弁に、「それはおかしい」と語っているようだ。

 

「特殊でない?艦の化身たる私達にとって、アレが特殊でない訳がないでしょう?正直なところ、とても驚いたわ。日本ではこういうのって『ヒャッとした』と言うんでしたっけ」

 

「……恐らく『ハッとした』、と言いたいのだろうな、お前は。……こほん。それで私達は艦の化身であると同時に……ヒトの身をも持つ存在。……ならば、使えるものは手でも足でも使わねばなるまい?でなければ、艦娘として有る意味がない……」

 

「凄い考え方ね、これがニンジャと言うものなのかしら?」

 

「……私は艦娘だ。忍者ではない……。それに、最後の魚雷を躱せたのは予測していたからだ」

 

そう、あの状況でレーベが魚雷を撃つことは予想できたこと。だからこそ身構えていたし、それ故に回避できたのだが、当のレーベは驚いた顔をしている。

 

「予測……いや、予感した、の方が近いか……。あの時あの状態で私を沈めるには、砲では威力が足りないだろう。また、構える必要もなく放てる魚雷なら、不意を突くことも出来る。……しかし、一番の要因は殺気だな」

 

「殺気?それって、僕の?確かに一矢報いようって気はあったけど、そんな不確かなものを感じられるなんて」

 

此方も、先程のマックスと同じように不機嫌そうなレーベ。その顔へ向かって、少しだけ得意げに告げる。

 

「何を言っている……。艦娘(私達)の性能が感情に大きく依るものだというのは常識だろう?なら、それを通じて相手の機微を察することも可能な筈だ……」

 

語り終えてふと見ると、レーベとマックスの視線に熱が篭っている。敵対心や反発心でなく純粋な向上心の見えるその瞳は好ましく、くすりと笑ってしまう。笑って、二人を見上げたまま言葉を続けた。

 

「……まあ、これだけでは分からんだろうな……。論理的に説明出来るかは分からないが、この食事の間でよければ何でも聞いてくれ……」

 

最後にそう二人を促し、話を締め括り食事に戻る。結局二人は菊月()に着いて回り、最後まで相手をすることになったのだった。




菊月可愛い。

なんども書いてるとおり、菊月はマックスとレーベより背が低いです。というかこの中で一番小さいです。

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