私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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昨日の。
戦闘ははかどる。


遠く遠く、その九

プリンツ・オイゲンの先導のもと、青く広がる海を駆ける。海と同じく青い色をした空には太陽が輝き、潮風は俺達の背中を押すように吹いている。

 

「――もうすぐ、深海棲艦が出現した海域よ。みんな、用意は良い?」

 

航行速度を僅かに落としながら、プリンツ・オイゲンがこちらを向く。そもそも海に出た瞬間からいつでも戦う用意は完了しているのだが、一応頷いておく。全員の顔を見渡したあと、彼女は前を向いて口を開いた。

 

「敵艦種は、恐らく重巡クラスが三隻居るだろうってことしか分かってないわ。取り巻きの数も練度も不明。正直なところ、提督と同じで自分達だけの手で国を守れないって言うのは堪えるけど――あなた達が居てくれて頼もしく思うわ」

 

「ならば、その信頼に応えねばな。――加賀?」

 

「ええ、見えたわ。重巡三、軽巡一、駆逐二ね。艦載機から攻撃を仕掛けてみるけれど、固い上に低速艦も居ないから鎧袖一触とは行かないわね」

 

「……問題ない。が、嫌に弱気ではないか?そら、奴らももう……」

 

腰からすらりと『月光』を抜き放ち、その切っ先で海の彼方を指し示す。そこには、青い海を割り進む幾つかの黒く禍々しい影――深海棲艦がいた。数は六、加賀の言った編成で此方へ真っ直ぐに向かってきている。

 

「……どこに居ようと、変わりばえのない奴らだ……」

 

「遊びが無いですわね?もっとドイツらしい姿を期待していたのですけれど」

 

熊野と軽口を叩きあい、気負わないままに前を向く。此処がどこであろうとやることは同じ。菊月()の役目は変わらない。突っ込んで、斬って、撃って、沈めるだけだ。敵艦隊の先頭を行くのは、顔に特徴的な仮面を、脚にソックスのような鎧を纏った重巡ネ級。何度も相手をしたことのある艦だ。

 

「って、あいついつもの重巡とは違うじゃないっ!みんな気をつけて、ほとんど戦ったことがないけどあいつ強いわよ!」

 

「……なるほど、重巡ネ級か。武蔵、先頭は私が務めても?」

 

「ああ、菊月。真っ先に突貫し、駆逐艦の本分を全うせよ」

 

「了解した……!」

 

武蔵に了解をもらえば、暫し目を瞑る。背後で何やらプリンツが騒いでいるようだが、今の菊月()には関係がない。バチバチと弾ける『俺』の感情を抑え、目を開ける。全身から噴き出した燐光が、風に乗って揺らめいた。

 

「菊月、突撃する……!」

 

背中を押す風に乗って、一歩踏み出し跳躍する。大きく跳ねる身体が風を切る。大きく距離を稼ぎ着水。遅れて艦隊が後方から進み始め、最後尾の加賀が放った艦載機が頭上を越えていった。

 

「…………!」

 

艦載機が放った爆撃の煙が晴れる。その向こうから現れた深海棲艦は、そのどれもが傷を負っているが沈んだものは皆無。随伴の、二匹の駆逐ハ級が吼える。俺がターゲットとしたネ級は艦隊の最後尾に引っ込んで砲撃と指揮に徹するようだ。ネ級の叫びと共に、敵艦隊から砲撃が開始される。危ない、とプリンツの声が聞こえた気がした。

 

「……ふっ……!」

 

だがこの程度、菊月()にとってはどうということはない。迫り来る弾幕を、左右に軽くステップし回避する。一発の弾丸が頬を掠めるが、もともと当たる筈がないものを避ける必要もない。勿論、次々に横を通り過ぎてゆく残りの砲弾には眼もくれない。更にステップ。

ステップ直後の硬直した菊月()を狙って放たれたネ級の砲弾、それを容易く斬り落とすと背後からまたも声が聞こえた。『はぁっ!?ば、馬鹿なのっ!?』と。

 

「……引っ込んだ程度で逃げ切った気か?もしそうだとするならば――」

 

此方へ迫り来る二匹のハ級に眼をやる。菊月()が沈めなくても熊野や武蔵が捻り潰すだろうが、今回はその前に利用させて貰う。心を決め、跳躍。片方のハ級の頭頂部に飛び乗れば、『月光』を軽く彼奴の脳天に突き立てる。鈍い感触と共に、大きな振動が菊月()を襲った。軽巡と重巡、そしてネ級の砲門が此方を向いている。恐怖はある、しかし危機感は感じなかった。

 

「ガググゥオォオァァァァァア!?」

 

大きく身を捩らせるハ級。その跳ね上げる勢いをバネに――跳躍。同時に放たれた深海棲艦の砲撃が、哀れなハ級を焼き尽くした。真っ赤な爆炎と真っ青な海を眼下に、くるりと空中で一回転。降り立った先は――

 

「――浅慮だった、と言うしか無いな。……沈め……っ!!」

 

ネ級の背後。驚愕と怒りの意思を発しつつ振り返るネ級、その首に『月光』を一突きする。この距離で外す筈もない、導かれるように吸い込まれる『月光』の切っ先。青黒い鮮血(オイル)が奴から漏れ、『月光』の刀身を伝う。そのまま一気に、

 

「……運が、無かったな……」

 

抜き打った『護月』でネ級の首を跳ね飛ばす。主を失った身体が、力なく海面下へと沈んで行った。

 

「よし、良くやった菊月っ!さあ、我らも続くぞっ!全艦――砲撃ぃ!!」

 

「分かりましたわっ!!とおぉぉぉぉおうっ!!」

 

「はっちゃん、やるよ。Feuer!」

 

「え、あっ、えっ!?」

 

眼を白黒させるプリンツだけを残し、艦隊の皆から放たれた砲撃が深海棲艦を焼き尽くしてゆく。菊月()もふた振りの刀にこびり付いたものを払えば、砲を構え雷撃を放つ。ここまで接近して、そして背後から放てば流石に当たる。隊列を整える間も無く挟み撃ちにされた哀れな深海棲艦達は、何をすることも無いままに海の藻屑となった。

 

「……作戦完了、か」

 

「流石ですわね、菊月。その刀、また新調したのでしょう?」

 

「ああ。何方も大切な、私の相棒だ……」

 

「え、えっ!?終わり?うそ――あ、無線」

 

呆然としていたプリンツが、鳴っていた無線に気付き応答する。一瞬で背筋が伸びたことから、無線の向こうに居るのは提督だろうと予想する。

 

「あ、はいプリンツ・オイゲンです。戦闘?戦闘は――その、終わりました。い、いやジョークじゃないです。はい、はい無傷です。――えっ!?はい、分かりました!失礼します!」

 

無線を切ると同時に、集合した此方へ向き直るプリンツ。その眼は今さっきまでとは異なり、しっかりとした、そして必死な様子だ。

 

「今、提督から連絡があったわ。――ビスマルク率いる第一艦隊、突如湧いて出た敵増援艦隊により壊滅の危機、だって。ごめんね、本当に悪いと思うけれどもう少しだけ付き合って!お願いっ!」

 

「無論だ。仲間の為に戦うことが我らの意味だと言っただろう。プリンツ、先導を頼む」

 

「うんっ!その、ありがとう!頼りにしてるっ!」

 

「任せておけ。――武蔵艦隊、引き続き進撃する!」

 

武蔵の号令で、一斉に駆け出す。弾薬、燃料共に問題はない。加賀の艦載機も損耗はゼロ、ほぼ万全と変わり無い。頬の擦り傷を軽く拭うと、ビスマルク達の無事を祈りながら俺達は海を駆けるのだった。




さあ、続けて書くぞー

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