私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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今回、ようやく合流。

いやはや、長かったですね。


放浪艦菊月(偽)、その五

……寒い、冷たい、痛い。手足の先は凍え凍りつき、全身の震えが止まらない。打ち寄せる波飛沫が俺の身体をくまなく濡らし、更に体温を奪ってゆく。

 

「………ぅ、あ?―――っ!けほっ、けほっ……!」

 

少し荒れている波が顔に掛かったことで意識が覚醒する。……目覚めるとどこかの暖かい部屋でおいしいスープが傍に置いてあった、なんてことはなく、俺は今も岩礁に引っかかったまま波に揺られていた。

 

「……ぐっ……。身体は痛むのに疲労は抜けているとは、つくづく面白い身体をしている……」

 

入渠しなければ体力は回復しないが、疲労は放っておけば解消される。そんなところまで律儀なものだと呟きながら、どうにか身体を海中から引き上げようとする。………寒い訳だ、およそ胸の辺りまで水面下に没しているのだからな。

 

「……実は辛かった、なんて言うことも無いか……ぅうっ!?」

 

なにせ、見れば辛いのは一目瞭然だろうから。岩礁を小さな両手で支えながら身体を引き抜き、右足を海面に着こうとして……、その足が、脛の辺りまで沈み込んだ。

 

「……ぅ、けほっ、これは……?」

 

同じように左足も海面に着けようとするが、此方は気を抜けば膝の辺りまで沈んでしまう。……艦娘にとって『沈む』とは死ぬことだ。ならばこうして『沈みかけている』ということは。

 

「……いや、認めぬ……。この菊月、こんなところで沈んでなるものか……!」

 

気力を振り絞り、右足はどうにか海面を踏みしめ、左足は脛まで引き上げる。周囲を見回し、空を見れば空は白んでおり、もうしばらくすれば朝日が昇ってくるだろう。

 

「……まずは、そうだな。朝日をゆっくり拝もうか。そして、そうするならば『アレ』を片付けなければな……」

 

……こんな時にすら現れる深海棲艦『戦艦タ級』。岩礁に隠れているため気付かれてはいないが、時間の問題だ。東からゆっくり接近するそれをどうにかしなければ、朝日は海中から眺めることになるだろう。

 

―――――――――――――――――――――――

 

「はぁ……っ、はぁ……っ、………っ」

 

口から漏れる菊月の吐息に心なしか気力を充実させ、岩陰に隠れながら考える。無策に突貫するなど言語道断、どうにかして生き延びなければならない。……だってそうだろう、俺が馬鹿なことをすれば死ぬのは俺。そう、菊月()なのだ。俺の所為で俺が死ぬだけならどうだって良いが、そうではないのだ。俺がしくじれば俺の愛する菊月が沈む、そんなことは許される事ではない。

 

だから、最も良いのはこのまま気付かれずに済むこと。タ級の移動に合わせてじりじりと場所を変え、常に岩礁の陰に隠れている。……しかし、そう都合よく行く筈もなく。

 

「ムダダ……シズメ……ッ!!」

 

顔を喜悦に歪ませながらいきなり身体をこちらへ向ける戦艦タ級。初めから気付かれていたのか、今気付いたのかは知らないが、どちらにせよ結果に変わりはない。

 

背後では岩礁が爆炎に包まれ、隠れるところも無くなった。放たれる砲弾の横をすり抜け、タ級へ肉薄しようとする。しかし、片足が水に沈みかけた状態ではうまく動くことも出来ない。

 

「ドウシタ……ニゲマドエッ!!」

 

一撃ごとの間隔が大きい戦艦相手だと言うのにろくに近付けず、回避行動も紙一重。至近弾の衝撃が容赦なく身体を痛めつける。

 

「……けほっ、ぐうっ……!」

 

ついに足も動かなくなり、崩れ落ちるように海面へ膝をつく。動けなくなった俺へ、容赦なく砲身が向けられる。どうにか、その発射寸前の砲口へ向けてナイフを投擲することで砲弾を爆発させ、一つの砲塔を破壊することにも成功するが……これで打ち止め。結局、タ級本体へは傷一つ負わせることが出来なかった。

 

「……済まない、『菊月』……」

 

ゆっくりと此方へ向けられる、残りの砲塔。……なんだ、それだけ砲があったのか。やっぱり嬲られていただけだったんだな。心に去来するのは、菊月への申し訳無さと菊月を沈めてしまう『俺』への怒り。それも、もうじき『海色に融けて』しまうだろうが。

 

目を瞑り、息を吐く。

 

「……――――、―――……」

 

口から溢れた台詞。轟沈する艦娘の最期の一言。それを耳に感じながら訪れる衝撃を覚悟し――――――

 

「―――グァァアッ!!?!?」

 

不意に轟く砲音と爆音、そして眼前の戦艦タ級の悲鳴。もしや新手の深海棲艦か、獲物の横取りか。何方にせよ楽に殺してはくれないらしい、なんて考えながら目を開く。憎々しげに彼方を見遣るタ級の向く方へ、全霊の力で振り返る。

 

 

そこには。

 

暁の水平線から昇る眩い朝日を背負った、勇壮たる艦隊がいた。

 

 

「―――全艦、目標……戦艦タ級っ!撃て()ぇーーっ!!!」

 

先頭に立つ艦の号令のもと放たれる砲弾、魚雷、艦載機が、いとも容易く戦艦タ級を沈めてゆく。

 

………理解が追いつかない。これは、なんだ?今際の際の白昼夢か?

 

「―――っ!――、―――っ!!」

 

滑り寄ってきた二人の艦娘が、菊月()の身体を支える。もう碌に頭も回らないが、どうやら抱きとめられているらしい。……この、緑髪をした、菊月()と似た服を着ているこの艦娘は。茶色い綺麗な髪にセーラー服を纏った、頭の飾りが特徴的なこの艦娘は。

 

「………なが、つ、き……、きさら、ぎ………?………よかっ、た……」

 

……助けられていた、そんな、最後に幸せな夢を見れた。心からの安堵の中、俺は簡単に意識を手放した。

 





武器:深海ナイフ喪失←New!
艦隊と合流!!←New!

注意:菊月は死んでません(重要)

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