かちり、かちりと部屋に掛けられた時計が時を刻む。現在時刻は午前八時、何時もならば艦隊の仲間達と共に演習の準備をしている時間だ。しかし、今。
「……演習?」
ドイツで過ごして数週間が経過した。第一艦隊の危機を救った俺達は、少なくともこの鎮守府に受け入れられはしたようだ。演習と哨戒、当初予定されていた任務をこなし続ける日々。
「そうだ。このごろ君達が、私の鎮守府の艦娘達に行ってくれているものの延長上にあるものだと思ってくれて良い。内訳は――」
「少し待て、司令官。……それが命令であれば私にはそれを受ける以外に道は無い。が、まずは旗艦である武蔵に話を通すのが筋だろう?私だけでは判断しかねる……」
提督の話を遮り、否定の言葉を投げかける。提督の脇に控えていたレーベ・マックス両名の眉が動いた気もするが、それには気を止めず視線を提督へ向けた。
「済まなかったな、菊月。君の言うことは最もだ。これを見ろ、演習概要を記した書類と、武蔵の許可印だ。確かめてくれ」
「……そうか……」
手渡された紙の束を受け取り、ぱらぱらと捲り内容を確かめる。それらを頭に叩き込み、最後のページに記されていた武蔵のサインを確認する。横に血判を押してあるあたり武蔵らしいと言えるが、これで書類が偽物であると疑う必要も無くなった。苦笑し、手に持った紙を両手で提督に返しつつ
「……確かに、許可は下りているようだ。しかし、二対一か……」
ゆっくりとそう呟くと、眼前の提督はゆっくりと頭を縦に振る。そうして横に控える艦娘二人をちらりと見、
「内容はその中に記した通り、ここに居る『レーベレヒト・マース』及び『マックス・シュルツ』両艦との演習。君には同時に二人を相手にして貰う。また、君達が持ってきた艤装であれば、何を使っても良い。――質問はあるか?」
「……いや、無い……。任務であればどんなことにでも従うし、その上で結果を出してみせる。それが、日本の艦娘だからな……」
圧力を増した上で勝利宣言をして見せる。流石に癪に障ったのか、予想通りにレーベとマックスから放たれる闘志が一層色濃く此方へ波打ってくる。提督の眉間にも僅かな皺が寄ったあたり、この行動はある程度の効果を発揮したようだ。表情には出さないまま、密かに『菊月』とほくそ笑む。
「――宜しい。開始時刻はそこに書かれていた通り正午からだ。健闘を祈っているよ」
「ああ、ありがとう……。それでは、失礼する」
踵を返し、扉から出る。後手にそれを締めるまで
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そして、今に至る。どぉん、と空砲一発。鳴り響くそれと遠くにいるであろう演習相手以外のことを頭から締め出す。両手には一つずつの単装砲、装填されているのはピンク色の塗料が充填された模擬弾だ。腰の爆雷にも、脚の魚雷にも、炸薬の変わりに塗料が満たされている。
「……しかし、まあ。許可を出した提督も、それを願い出たあの二人も、中々どうして奇特なものだ……」
表向きの理由は『演習を通し互いの実力向上を図り、また日本から訪れた艦娘の先進的な戦術を学ぶ』、だったか。それはどうあれ、本当に意図しているところは
「もっとも、ドイツ第一艦隊の駆逐艦二隻を組ませて旧型駆逐艦を倒しに掛かるというのはどうなのか、と思うがな。……いや、だからこそか……」
物思いに耽っていると、二発目の空砲。散らばっていた意識をゆっくりと集中させる。全身に力が満ちてゆくのと同時に、視野が広がっていく感覚が訪れた。
「……そろそろか。にしても、存外に上手くいったものだ……」
広がった視野に、研ぎ澄まされた感覚。心には余裕、手には艤装。万全だ、そう思い顔を上げる。青く広がる空に、風が吹いた。
どぉん。
三発目。それを聞くや否や、両足に力を込めて一気に駆け出す。
相手にとって不足はない、存分に戦い方を試してやろう。ちょうど試したいこともあったのだ。そんなことを考えながら、俺は標的を求めて海を突っ切るのだった。
次回は二対一のハンデ戦。
あ、この小説における近接戦闘の扱いっぽいものを活動報告にあげておきましたのでよかったらどうぞ。ツッコミどころがあれば、活動報告の返信で教えて頂ければ幸いです。