晴天に三発目の空砲が響き渡ると同時に、全身を使って前へと飛び出す。踏み出した足が波を立て、一気に加速した全身が風を感じる。全身を確かめるが、コンディションは悪くない。
「……ふむ、これならば……」
真っ直ぐに海を突っ切ってゆく。周囲を見渡せば、見えるものは海だけ――ではなく、視界の片隅に映り込むのはドイツ鎮守府の建物と港、そして岸から演習を見学している沢山のドイツ艦娘達だった。
「……ふん。折角だ、存分に見せてやるとも……」
今回の演習の目的は、
「……出た、か。……喰らえっ!!」
相手がこちらへ気付くと同時に、 右手に持った単装砲から砲撃を放つ。流石に距離が遠過ぎたからか散開して避けられてしまい、返す砲撃が放たれる。右にステップ。海面を跳ねる。次はマックスの砲撃、また右に跳ぶ。発砲。両手の単装砲で一人ずつを狙う。余裕を持って回避されたそれを見てふっと軽く微笑み、そして次々と飛来する二人からの砲弾へ相対。
跳んで、踏みしめて、滑り抜ける。
訪れる、一瞬の間。それさえあれば、反撃に移ることが出来る。
「……ならば、此方からも行くぞ……!」
海を行く方向を大きく変え、海面を滑りぐんとレーベに接敵を試みる。そのまま単装砲を構え、左手の砲から三発発射。動く相手を敢えて追うように放つ。その砲撃のどれもが、回避運動を続けるレーベに回避されてしまった。もう一度発砲しようとし――
「……後ろ、かっ……!」
――その場からステップ。一瞬のちに、
「……っ、危なかったな……」
「捉えた、と思ったのだけれど!」
「あれで反応できる菊月も大概だと思うよ、僕は。でもまあ、二人掛かりなんだ――負ける訳には行かないっ!!」
レーベが高らかに吼え、手にした連装砲から続けざまに砲撃を放つ。そのどれもが正確な照準で放たれ、
「行け……っ!!」
「――――!?うあぁっ!?」
右手に持った単装砲を、接近したマックスへ向けて放つ。予測していたと言わんばかりに回避されるが、それは此方も予想通り。弾を回避し、反撃を加えようとしたマックスの胴体に『左手の単装砲から同時に放たれていた弾丸』が炸裂した。炸薬の代わりに撒き散らされる塗料が、暗色の制服を染めてゆく。怯んだ隙を見逃さず、反転しレーベにも同じことを繰り返す。炸裂。全く同じように、二発目の弾丸がレーベの胸へ吸い込まれ弾けた。
「ぐ、っ!まさか、こんな手が――」
「単純なだけに、対処しづらいっ。でも、僕達にだって同じことが出来る筈だよマックスっ!!」
どうやら、一撃ずつ見舞っても闘志は折れなかったようだ。それどころか、
「――このっ!」
「Feuer――っ!」
二人が手に持つ一丁ずつの連装砲で、俺の動くであろう位置を予測して撃ってくる。まだ精度は甘いが、一撃ごとにその精度は向上している。レーベが牽制し、マックスが仕留める。即席のコンビネーションなどではない、長い間共に戦って来たのだろう確かな信頼がその間には見て取れた。
「ふふ、見ていると羨ましくなって来る……!くうっ!」
いつの間にか、二人の組む陣形が変わりつつあった。真横に並び絶え間のない連携攻撃を繰り出していた筈の二人の距離がどんどんと離れて行く。二人を中心に平行に、あるいは円を描くように移動しながら反撃を続けてゆくが、二人同時に視界に入れることが厳しくなってゆく。舌打ち。それと同時に放たれた一発の砲弾が、
「っ!……まさかもう、一発撃ち込まれるとはな。……それに、これは……ふふ、包囲か……」
ギリギリ視界の端に捉えていたマックスが、視界の外……ほぼ真後ろへと消えてゆく。どうやら二人は、
「君がやった、回避先を予測して砲撃する技術。僕達は今回、砲を一つずつしか装備していないけれど――」
「――二人でなら、あなたと同じことが出来るわ。覚悟なさい、菊月!」
二人の威勢に、思わず笑みが漏れる。
「そうか。ならば、やってみると良い……」
「――言ったのは君だ。勝たせてもらうっ!!」
俺の言葉に反応し、単装砲を構えるレーベ。先んじて放った俺の砲撃がレーベへと命中し、塗料を撒き散らす。それにも関わらず、その場に踏みとどまり――砲撃。同時に、背後のマックスから砲撃音が響く。タイミングはばっちりだ、このままでは
「――!?な、馬鹿なっ!!」
続けざまに二人から交互に、あるいは同時に砲撃が放たれる。それを躱す。躱す。ごく普通に水を滑り、跳ね、推力を生み出し続けたまま、足を動かす。右、左、左、前そしてまた右。着水の瞬間に両手の単装砲をほぼ同時に発砲すると、レーベの胴体が鮮やかなピンク色に塗られた。
「デタラメっ!後ろに進む
「勘違いするなよ、レーベ。私達は艦ではなく、艦娘だ」
余裕ぶってそう告げる。しかし、これで試したいことのうち幾つかは終わってしまった。残るは一つなのだが……今の内に、どちらか片方だけでも沈めなければ。
「っ、僕の方に来たか菊月!」
「まずはお前からだ、レーベ……」
あらゆる方向にステップしつつ、レーベへと接近しながら
「僕はもう無理か。でもね、マックスの為に一矢報いさせて貰うよっ!」
同時に放たれる、レーベの魚雷。左右に回避しても、上に跳んだとしても、そこをマックスに撃たれることは確実だろう。だが、回避するだけが能ではない。
「……済まんな、レーベ」
極至近距離、放たれた魚雷を単装砲で撃ち抜く。海中に突き刺さった砲弾が魚雷を砕き、レーベを巻き込み色付きの水柱をあげる。両手の単装砲から一発ずつ水柱の中のレーベへと叩き込むと、くるりと反転し背後のマックスと相対した。
「バックステップに、予測射撃。どれも私達には想像もつかないことばかりだわ。あなたを見ていると、いかに私達が艦としての固定観念に縛られていたか分かるわね」
「そうか。……射撃はともかく、跳躍は便利だぞ?お前も、身につけてみるといい。駆逐艦ならば、今まで以上の作戦行動が可能になる……」
「そうね、早く訓練したくて堪らないわ。だから――勝たせてもらう」
此方へ砲を構え、真っ直ぐに
「……ふふ、確かに今、私はお前にしこたま撃たれたさ。……だがな、その程度で私を捉えられるのならば――」
饒舌になるまま喋り続ける。にやりと口元を歪め、両足に、全身に力を満たす。滑るのではなく、駆ける。流されるだけの艦ではなく、自分の意思で海を行く艦娘としての力を呼び起こす。
「――私は『菊月』として、有れてはおらぬ……!」
此方へ向けられたマックスから砲撃が放たれる、と同時に右に軽くステップ、そしてマックスの方へと意識を集中させ、ただ真っ直ぐに――
「………っ!!!」
ただの跳躍ではない、『
「な、速――」
着水。方向転換。マックスの背後を取る。
同時に大きく息を吐く。たった一瞬の、一回の挙動。にも関わらず、俺は全身から汗を噴き出した。息が上がる。燃料も半分近く持っていかれた。
全砲門を、俺に背中を向けるマックスへと向ける。菊月《俺》へ対処しようと振り向くマックスは、一瞬反応が遅れた。
「……その隙が、命取りだ……!」
ここまで撃たずに置いておいた魚雷、残った単装砲。全ての弾薬を撃ち尽くす。脇にそれた弾が盛大に水を跳ね、命中した弾が炸裂した色煙がマックスを覆い尽くす。
「……作戦完了、私の勝ちだな……」
煙が晴れた後、そこにいたのは頭から足の先まで満遍なくピンク色に染まったマックスであった。
試したことリスト
・予測射撃
・バックステップ
・ハイブースト