今日も今日とて、演習である。晴天明朗、波低く演習日和。一人岸に座った
この、俺達とドイツ第一艦隊が互いに同艦種だけで行う演習も武蔵の番で最後。一対多数の戦闘を行った
「……ほう。ビスマルクは、また実力を上げたか?演習自体はしていなかったが、恐らく熊野の動きから私たちへの対策を立てようとしたのだろうな……」
お互いに海を駆けながら、轟音を響かせつつ砲撃を繰り返す。一発一発の破壊力は演習と言えども衰えることはなく、命中せずに海へ没する砲弾は高い水柱を現出させる。その大きさ、豪快さは
「……命中か……」
武蔵の放った一発の砲弾が、空を切り裂きビスマルクの胴体へ炸裂する。吹き出すのは爆炎ではなく塗料だが砲撃の威力が下がったわけでも無く、ビスマルクは苦悶の表情を浮かべながら後退させられる。しかし、闘志は微塵も衰えていないようだ。額の汗を拭い、ビスマルクは己の艤装を武蔵へと向ける。
「……しかし。よくもまああんな一撃を耐えられるものだ。私ならば、たった一撃で吹き飛んでしまうだろう……」
武蔵の一撃を耐え切ったビスマルクを見て、ぽつりと漏らす。たとえ武蔵と一対一で演習をする羽目になったとしても、夜戦に持ち込み雷撃で仕留める等戦い方自体はある。しかし、ああして正面切って殴りあうことは
「……それにしても」
ちらり、と周囲を見渡す。此処に座り始めてから三十分と言ったところか、その間ずっと感じるものは――視線。
「見世物では、無いのだがな……」
『俺』の記憶に無い艦娘達から向けられる視線。知っている艦娘からならば良いと言うわけではないが、不躾に過ぎるそれらに対し一度ぐるりと周囲を見渡すことで対抗する。案の定、
もしかすると、『菊月』があまりに可愛らしいせいで直視出来ないだけかも知れない。蹴散らした側から此方へ戻ってくる視線の数々に辟易し、ついにそんなことまで考えていると、不意に誰かが近づいてくるのが分かった。
「……加賀、か……」
「あら。分かっていたのね?」
「私に向いていた視線が、全て一気にあらぬ方へ逸らされたからな。……助かる」
「軟弱ね。あの程度で私を怖がるなんて」
加賀の言葉に、遠くで
「……しかし、大人気だな?」
「菊月。あまり私を揶揄うものでは無いわよ」
此方へ向ける加賀の表情は、照れ。しかし、それはドイツ艦娘達には怒りに見えることだろう。笑いを噛み殺しながら話を促す。
「……からかってなどいない。……第二艦隊を務める空母三隻を、鎧袖一触。押し潰した艦載機の残骸の上から、駄目押しの爆撃……。必死に回避に徹する三隻に対し、お前は無表情、微動だにせず徹底的な撃滅。……さすがは一航戦だな?」
口から出たことは全て本当のことで、第二艦隊と言えどそれなりに実力のあった空母娘を纏めて葬り去った加賀は、殆どの艦娘から畏怖と恐怖の入り混じった眼差しを送られているのである。加賀に相手された空母娘は徹底的に彼女との接触を避けようとしているあたり、笑いがこみ上げてくる。
「――菊月っ」
「……そう照れるな。……で?」
「もう。最近あなた、性根が曲がって来ているわね。――ともかく。外出の誘いよ、予定は明日。先導もいるから、迷う心配は無いわ。どう?」
「……お前の発案ではないな。熊野か?」
「残念、
ふむ、と一つ唸り黙考する。ドイツ第一艦隊の面々とはそれなりに顔を合わせているとはいえ、確かにまだ十分な信頼を置けているかと言えばそうではないだろう。加えて、幾つか与えられた休日は全て部屋の中で過ごしていた。苦笑し、口を開く。
「ああ。そうだな、私も同道しよう……。準備は不要なのか?」
「ええ。流石に街のことなんて、私達はわからないでしょう。おとなしくハチとU-511に任せましょう。後は熊野と武蔵だけなのだけれど――」
丁度加賀の言葉がそこまで伸びた瞬間、一際大きな砲音が鳴り響く。海へ目を向けると、二人が同時に砲撃を放ったところだった。交差する砲弾が互いの身体に迫る。ビスマルクはそのまま受け吹き飛び、武蔵は、
「――ふうっ!!」
振るった豪腕で、ビスマルクの砲弾を打ち砕き弾き飛ばす。その手の先や身体の数カ所、そして艤装こそ塗料に濡れているものの余裕を残している武蔵に対し、仰向けに倒れるビスマルクは本体の部分に塗料が集中している。勝敗は明らかだった。
「終わったようね。武蔵にしては、手古摺った方かしら」
「……うかうかしていられない、ということだな……。最も、お前以外は、だが……」
頬を少し染めながら此方へ小言を言ってくる加賀と共に、疲れ果て息絶え絶えといった様子のビスマルクへ肩を貸しながら岸へと向かう武蔵を出迎える。期せずして楽しみになった明日へ思いを馳せながら、
のほほん買い物回が求められているようなので。