私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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遅刻ごめんなさいです。戦闘です。


遠征一行ドイツ在駐、その七

一夜明け、昨日の暴風雨からはだいぶ天候も収まった朝。未だに空には雲が立ち込め、雨も降りつづいてはいるが風はほぼ無くなった。そんな空を見上げつつ、俺達出向艦隊は出撃港に整列している。

 

「良し。準備は全て終わったな。目標海域まではしばらくあるとはいえ、この調子ではどこから奇襲されようとも察知に遅れが出る。奴らが海中から現れる以上、これは仕方のないことだ。故に――ハチ」

 

武蔵は、横一列に並んだ俺達の一番端に立つ伊8へ目を向ける。その視線を真正面から受け止めると、軽く一階頷いた。髪が風に煽られて揺れる。

 

「本来ならば、お前にとっては角違いも良いところなのだが――警戒を頼むぞ。ほぼ潜航した状態での任務になる。負担も多いだろうが、任せたぞ」

 

「あい、まむ。まあ、はっちゃん頑張るし。いや、今日の海はちょっと寒そうだけどね。帰ったら、あったかいお茶を頼むよ武蔵」

 

「ふっ、私の秘蔵の羊羹もつけてやろう。先日の買い物で買ったものだが、味には自身がある。さあ、こんなところで喋っていても冷えるだけだ。全艦、抜び――」

 

武蔵が片手を真っ直ぐ海へと掲げ、全員の身体に力が漲る。いざ跳び込もうと言ったその瞬間に――ぱっぱぱらぱぱらぱはっぱー、と気の抜けるラッパの音が聞こえてきた。明らかに出鼻を挫かれる音だと言うのに、妙な既視感がある。菊月()は頭を抑えつつ口を開き、

 

「……な、なんだ今のは……?」

 

「はい、私です!」

 

声のする方を振り返れば、レインコートに身を包んだU-511が佇んでいた。その手には、きらきらと光る新品のラッパがしっかりと握られている。風に煽られ髪がばさばさと波打っているものの、その顔は喜色に塗れている。

 

「どうでしたか、武蔵さん。その、武蔵さんが言っていた、出撃のときに聞ければ嬉しい音楽、でしたっけ。似てたかなって」

 

その言葉に、引っかかりが解消される。リズムや音の質、所々外れていた音程はともかくとして大まかに見れば確かにU-511の言う通り、その音楽は俺達に馴染み深い出撃の戦歌だった。

 

「U-511、お前は態々これを流しに出てきてくれたのか。こんな天気で無ければ喜んだところだが、お前まで濡れてしまっては気が悪い。済まないな。だが――」

 

武蔵はU-511へと歩み寄り、俺よりも少しだけ背の高い彼女の頭に手を置いた。濡れたU-511の髪から水滴が跳ねる。手を置かれたU-511は、その目をくすぐったそうに細めた。

 

「ありがとう、嬉しいさ。――さあ、もう屋根の下へ入って髪を拭け。お前は基地の仕事があるだろう?」

 

「はい。それではみなさん、ご武運をお祈りしています」

 

ドイツ式の敬礼を此方へ向けてくるU-511に全員で敬礼を返し、そのまま反転し跳躍。僅かに波立つ海へと、俺達は身体を躍らせたのだった。

 

―――――――――――――――――――――――

 

「……ここだ。この辺りが、先日私達が深海棲艦を見たあたりだ。ハチ、何か見えるか……?」

 

「いや、何も。一通り、ちょっと遠くまで見てきたけど深海棲艦の姿は見えないよ。多分、海上も同じなんじゃない?」

 

ばしゃり、と海面に顔を出したハチが頭を横に振りながらそう答える。出撃からおよそ二時間と言ったところか、幾つか見えたはぐれ深海棲艦を沈めつつ軽空母を見た海域まで来たは良いものの成果は無い。溜息を吐きながら、熊野が口を開く。

 

「はぁ。まあ、居ないものは仕方がありませんわね。移動したということも十分考えられますし――」

 

「――いえ、違うわ。っ、そこっ!」

 

熊野の呟きを遮り、突如として叫んだ加賀が艦載機を発進させる。直後に断続的な爆発。見上げた空で、加賀の艦載機と敵の異形の艦載機が次々に交差し爆発する。

勝ったのは、加賀。多数の艦載機が向かって行く方向へ視線を向ければ、その先遠くには深海棲艦の群れ。それらは接敵する間も無く、加賀の爆撃の前に沈んでゆく。

 

「……終わったか?」

 

「いえ、まだよ菊月。深海棲艦が二方向から――いえ、更に出現っ!?六艦編成の部隊が三つ!それぞれ十時、二時、六時の方向よ!殆どが駆逐級で少し軽巡が混じってる程度だけれど、面倒ね……!」

 

「三方向、か。仕方ない!熊野と私は、それぞれ一部隊ずつ相手をする!私が十時、熊野が二時だ!加賀は艦載機が戻り次第熊野に付け!残りのハチと菊月は六時の方角の艦隊だ!異論は無いな――なら行くぞ!」

 

叫ぶ武蔵へ視線を送ることも、返事を飛ばすこともせずに号令と同時に反転しダッシュする。みるみる近くなる殺気。雨でも晴れでも変わることの無い、ある種頑なにまでのその意思にふうと一回溜息を漏らした。

そのまま敵に近づき、抜き払った『護月』で先頭の駆逐級の単眼を一閃。ぶしゅりと噴き出す体液が菊月()の全身へ降りかかる。

 

「……っ!」

 

振り抜いたまま、ちらりと敵艦隊を一瞥する。加賀の索敵通り、敵戦力は殆どが駆逐ロ級とハ級。それらの旗艦となっているのは軽巡ホ級だが、彼奴だけは全身から真っ赤な憎悪(オーラ)を噴き出していた。一瞬だけ視線が交錯したような気がした。それを振り払い、頭を回転させる。

 

「……突出しているのは、こいつだけか。……なら……!」

 

『護月』から体液を払い飛ばし、そのまま鞘に収め単装砲を両手で構える。敵艦隊からの砲撃が飛来するが、それらを眼前の、視界を失い暴れ狂う駆逐級を盾にすることで防ぐ。風切り音を立てて次々と飛びくる砲弾が、菊月()よりもそれなり以上に大きな駆逐級に突き刺さり血飛沫をあげた。耳をつんざく痛みの咆哮。それには気を取られず、単装砲を静かに構え狙いをつけ、

 

「……くうっ!」

 

発砲。ゆっくりと正確に狙いをつけた甲斐はあって、真っ直ぐに放たれた一撃は軽巡ホ級の胴体へと吸い込まれるように命中した。破片と体液を零すホ級、しかし轟沈させるには至らない。自らに付けられた傷跡に憎々しげな唸り声をあげながら、全身を乗り出して更に真っ赤なオーラ(éliteの証)を湧き立たせる。

 

「……これで良い。終わりだ」

 

艦隊へ号令を出し、自らも此方へ突撃しようとする軽巡ホ級。その口が大きく開き、咆哮を放とうとした瞬間――奴の真下が真っ赤に爆ぜた。爆発、炸裂。それよりも一瞬だけ遅れて、残る四体の駆逐級もそれぞれ爆裂する。潜行したハチが放った魚雷が、完全に隙を突いて焼き尽くしたのだ。

 

「……残るは、こいつだけのようだな。……沈めっ!」

 

盾にしていた駆逐ハ級は、味方の砲撃に晒され既に瀕死だ。ゆっくりとそれから離れ、左右に備え付けられた魚雷発射管から一発ずつ放つ。大きな爆発とともに、最後の深海棲艦も沈んでいった。

 

「お疲れ、菊月。でもね、まだみたいだよ」

 

「……向こうか?」

 

「うん、加賀から連絡。三方向からの深海棲艦は沈めたけれど、武蔵のところに新しく出たんだって」

 

顔を見合わせ、こくりと頷き進路を合わせる。菊月()とハチは肩を並べたまま、一気に駆け出したのだった。




さあ続き書きますよ。

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