私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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きのうの。
最近むし暑いですね。


遠征一行ドイツ駐在、その九

降りしきる雨を切り、右足に力を込めて一歩跳躍。菊月(艦娘)としての力をフルに活用したその跳躍で、一気にツ級達との距離を詰める。射程圏内だ。

 

「……っ!!」

 

右手の『月光』を一閃。確実にツ級を捉えた一撃だったが、それは禍々しく巨大な腕を盾にされることで防がれた。がきぃん、という鈍い感触と同時に、その腕から生えたいくつもの砲門が菊月()の身体へと向いていることに気付く。判断は一瞬、躊躇うことなく左足を彼奴の砲門へと掛け、左手に握る『護月』を鞘へと仕舞いながら跳んだ。跳躍は全力で、しかし身体は軽くふわりと宙へ浮く。

 

「ガァアッ!?グゥゥウォォオ!」

 

突然獲物が眼前から消えたことに苛立ったのか、はたまた菊月()が踏み台にしたことで体勢が崩されたのが癪に障ったのか。どちらにせよ関係ない。勢いに任せ宙返りをしつつ、苛立たしげに唸るツ級の後頭部へ菊月()は空いた左手で掴んだ機雷を投擲した。ツ級の頭部へ命中した機雷が、轟音を立てて炸裂する。

 

「……次っ!」

 

続いて、もう一発。立て続けに二発の機雷を顔面に受け爆炎に飲まれたツ級は、ひとたまりもなくその上半身を消滅させた。千切れ跳んだ豪腕が、重い音を立てて海中へ沈んでゆく。それを一瞥すると、着水と同時に俺はまた跳んだ。その一瞬のちに、俺の影があった場所にツ級達の砲弾が突き刺さり爆裂する。爆風に背を押されるように、海面を滑り――

 

「そこだ……!」

 

「グガギァァア!!?!?」

 

両手持ちをした『月光』を横薙ぎに振るい、ツ級の胴を深く切り裂く。ごぼりと溢れ出した体液を払いつつ、次いで放たれた何発かの砲弾を海面をターンしつつ回避。一発の砲弾が左頬を掠めてゆく。風を感じつつくるくるくると水平に三回転し、斬りつけたツ級の背後へ回り込む。踏み出し、更に一撃。すれ違いざまの一撃で、ついにツ級の瞳からは憎悪の炎が消えていった。ゆらりと力を失い沈みゆく船体へ、機雷を投擲。一分の慢心もなくツ級の残骸を海の藻屑へと変えれば、残る一匹より放たれた砲弾を両断する。

 

「残るは貴様だけだ……、む?」

 

再び『月光』を構えなおしツ級と相対すれば、不利を悟ったのか彼奴は一目散に水面下へ逃れゆく。せめて、残る機雷を食らわせてやろうと一歩踏み出そうとしたその時、ツ級の居たその場所が水面の裏側から大きく爆ぜた。噴き出す黒い装甲の残骸と、抉れひしゃげた腕だったもの。それらを掻き分けて、ハチがじゃぼんと現れた。

 

「あーあ、疲れたよ。菊月、怪我は大丈夫?――うん、見たところ潜航する前から変わっていないみたいかな」

 

「ハチか。あのツ級はお前が仕留めてくれたのだな……」

 

「言ったからね、ミスは挽回するって。水の中にも何体か居たけど、水面下で潜水艦に敵う艦種なんて居ないから。全部纏めて、沈めてやったわ」

 

「……流石だな。……いや、先ずは加賀達との合流が先決か」

 

言いながら耳を済ませてみても、戦闘音は聞こえない。もう決着が着いているのだとしたら、恐らく彼方も傷を癒しつつ俺達を探していることだろう。ふぅ、と一息吐きながら『月光』を鞘へと仕舞い、ちらりと周囲の海へ視線を向ける。沈んだ単装砲の残骸は、当然のことだが見つからない。

 

「……仕方がないか。とりあえず、反転して……」

 

「ここに居ましたのね、菊月!」

 

瞬間、ガツンと背後から叩きつけられる感覚につんのめる。すわ深海棲艦の攻撃かと一瞬警戒するも、余りに特徴的過ぎる声にそれも無いかと再び嘆息した。崩しそうになった体勢をなんとか持ち直し、抱き着かれた腕を引き剥がしつつ背後を見ると、案の定菊月()の背にへばり付いていたのは熊野だった。その身体の向こうには、ゆっくりと此方へ歩いてくる加賀と、その加賀の肩に寄りかかって歩いている武蔵が見えた。

 

「……全員無事……いや、武蔵が大破か?」

 

「ええ。ル級の旗艦(flagship)とレ級の砲撃を、一手に引き受けてくださいまして。お陰でわたくしと加賀は小破で済みましたが、彼女は大きな被害を」

 

「なに、沈む程ではないさ。多少航行に支障は出ているがな。それよりも、結局レ級を逃がしてしまったことの方が面倒だ。彼奴も大破にまでは追い込んだのだが、艦載機と尾を盾に海中へ逃れられてしまってな」

 

武蔵の言葉に、何か引っかかるものを感じる。単に不利になったから撤退したのだと判断は出来ない、特にレ級のような自身が沈むまで戦いを止めない戦闘狂(バーサーカー)相手ならば特に。それらをぐっと飲み込みつつ、先ずは帰還が先決だと心を決める。

 

「……先ずは帰ろう。今もう一度襲われては、流石に骨が折れる……」

 

「確かにそうね。一応さっきからずっと艦載機を飛ばしているけれども、敵影は確認できないわ。今のうちに帰投しましょう」

 

加賀の言葉に全員がこくりと頷き、武蔵を中核とした隊列を組んで警戒しながら基地へと撤退する。最後列で警戒をしつつちらりと振り返った海には、不気味な霧が立ち込めつつあった。




ドイツ編はもうちょっとだけ続くんじゃ。

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