私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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話的にはあまり進んでません。
艦隊への顔合わせとかまで済ませてしまうかと思っていたらまさかの事態。


放浪艦菊月(偽)、その六

……暖かい。何か柔らかいものに包まれている感触もする。何か幸せな夢を見ていた気がするが、なんだっただろうか。……まあ、全部気のせいだろう。俺は寄りかかった岩礁を支えに身体を起こそうと―――

 

「…………な、に?」

 

岩礁が無い。遂に沈んだかとも思ったが、全身に伝わる感触は水ではない。……と言うか、寒さどころか潮風すら感じないのは何故だろうか?

 

「一体、何が…………」

 

眼を開けていないことに今更気付き、ゆっくりと開ける。

 

……人工的な明かりと共に俺の目に飛び込んできたのは、見覚えのないどこかの部屋。身体を起こせば、柔らかく暖かい毛布が身体からずり落ちる。見下ろせば、着ている服も睦月型の黒い服から厚手の入院着のようなものへ変わっている。寝ているものも、土の上や簡素な皮の寝袋なんかではなくスプリングの効いたベッドだ。

 

「………これは……?ここは、何処だ……けほっ」

 

「あ、お目覚めですね!どうですか、どこか痛むところはありませんか?」

 

不意に声を掛けられ、そちらを向く。活発そうな顔に桃色の髪、変形したセーラー服のような衣服を纏っているその艦娘は……。

 

「初めまして!工作艦、『明石』です!」

 

―――――――――――――――――――――――

 

「……とすると、此処は鎮守府なのだな……」

 

「ええ、貴女は轟沈寸前の状態で運び込まれて来たんですよ。平然と大破している上に疲労も溜まって、服もほとんど破れていて。そうそう、艤装も……なんですか、あの壊れかけの深海棲艦の砲塔。普通なら呆れるところなんでしょうけど、深海棲艦の砲なんか簡単に見れるものじゃないですし!」

 

一息吐いて明石は続ける。想像していた以上によく喋るな。

 

「いやー、久々に腕が鳴る患者でしたね!……あんまり酷い状態だったんで、担ぎ込まれた貴女は即、修復剤のプールに浸けさせて貰いました。その時に、もはや意味を成さないほどボロボロの服は廃棄しました。あとは……そう、修復剤でも完治し切らなかったので、それから数日私の工廠で貴女を預からせてもらってます」

 

明石はぺらぺらと、菊月()がどれだけ酷い状態だったかを説明してくれる。薄々ながら自覚していたが、こうして客観的に言われると相当耐えたのだなと感心する程だ。

 

「……それで?」

 

「はい、眼が覚めるまでは絶対安静、面会謝絶だったんですけど……目、覚めてくれましたし。そうですね、私は貴女に会いたがっている人を呼んできます。その間、消化に良いスープを作りますのでそれを食べていて下さい」

 

言い終わると、明石はすたすたと出て行ってしまった。……まだ自己紹介もしていないのだが。

……と、そんな風に惚けている俺に、作ったのは私ですけどねー、と遠くから声が近付いてくる。俺の記憶が正しければ、今の声は……。

 

「あら、ごめんなさい。明石さん、ちょっと慌てん坊だから。……初めまして、給糧艦『間宮』です。貴女のお名前を教えて頂けませんか?」

 

予想通り、影からひょこっと姿を現したのは給糧艦である間宮さん。姿も割烹着で、想像通りのイメージをしている。……良かった、明石とは違い今度は自己紹介出来そうだ。

 

「……無論だ。睦月型九番艦、菊月という。……よろしく頼むぞ」

 

……うん、まあまあ決まったと思う。「共に行こう」、の台詞は提督か他の艦娘達との顔合わせかの時に使うつもりで温存したけど、今の台詞でも菊月のクールさは伝わったと思う。

 

「はい、菊月さん……ですね。では菊月さん、『あーん』して下さい」

 

「―――なんだって?」

 

「あれ?伝わりませんでしたか?うーん、口を大きく開けて下さい、かなぁ」

 

間宮さんが首を傾げる。そんな動作もさまになっていて、彼女の人柄の良さを連想させるが……今回に限って、問題はそこじゃない。

 

「……いや、間宮さん。その、『あーん』などして貰わなくても平気なのだが……」

 

「いいえ、ダメです!明石さんから、貴女は見た目以上にボロボロだって聞いているんですから。疲れを癒すのが給糧艦の役目、僅かでも負担をかける訳にはいきません!」

 

えへん、と胸を張って言う間宮さん。……凄く良い人なんだろうが、さっきから『菊月』が恥ずかしがっていて敵わない。自分で食べようと匙に手を伸ばすも、間宮さんにひょいっと除けられてしまった。

 

「……その、だな。………うぅっ……分かった……」

 

キラキラした間宮さんの目に負けて、頷いてしまう。だが、確かにまだ手を動かすだけでも辛かったのは事実。少し甘えさせて貰ってもバチは当たらないだろう。

 

「こほん。それでは改めて……どうぞ、召し上がれ♪あーん!」

 

「あー……む、むぐ……っ」

 

菊月()が耳まで真っ赤になっているだろうことは想像に難くないが、それでも口を開ける。入れられた匙からスープを飲み干せば、口いっぱいに広がる上品な風味。もういつぶりかすら覚えていない温かい食事は冷えた心を溶かし、安堵させる。

 

「……えぇっ!?あの、菊月さん……?どうしました、お口に合わなかったでしょうか……?」

 

俺はぽろぽろと涙を零していた。心のこもった食事がこれほど心に染みるとは。目元の雫を両手で拭い、間宮さんに言う。

 

「……いや、その。……とてもおいしかったんだ。……すまない、もう一口、貰えるか……?」

 

出来る限りの笑顔で間宮さんに伝えれば、心配そうだった顔はさっきにも増して輝き出し、結局明石が戻ってくるまで俺は『あーん』され続けていた。




間宮さんにはさんを付けざるを得ない。

そして、この一場面を第三者視点から見た場合とても微笑ましいものになりますね。雛鳥のごとく餌付けされる菊月が書きたかったのです。

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