私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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どこが「嵐の前の」だよ、って言ってもらえれば勝ちです。


嵐の前の、その二

ぶつりと切れた無線と、ぷつりと落ちた夕陽。ビスマルクからもたらされた知らせに息を呑んだ俺の耳に、再度鳴り始めた無線の呼び出し音が響く。ハッとした顔をして、急くような手つきで無線機を耳に当てたビスマルクが話し出した。

 

「誰、って加賀!?息急き切ってどうしたのよ。こっちは提督から悪い連絡が――」

 

『それは私も聞いたわ。話は後、早く撤退を!私の艦載機が捕捉したわ、其方に――』

 

「ビスマルク、加賀に伝えてくれ。……恐らくもう、遅いとな……!」

 

明らかに感じるプレッシャーは、どんどんと強くなってゆく。同時に、菊月()へ目掛けて殺到する殺意もその密度を増してゆく。明らかな存在感に振り向けば、海の彼方からこちらへ向けて接近する一つの白い影(・・・)を捉えた。

 

「……っ!ビスマルク、どうやら簡単には下がれそうも無いぞ……」

 

ぐんぐんと近付いてくるその影。

白い髪、白い服、真紅の目に黒い鱗のような手甲。白い肢体に纏うのは、禍々しく生々しい異形の艤装。どこか浮世離れした、恐怖を感じさせるような双眸は目の色と同じ真っ赤な殺意と闘志に染まっている。そして、その鬼姫は異形の右腕に一つの剣を携えていた。

 

……飛行場姫。嘗て二度、命を奪い合った深海棲艦。

 

「――あれが、姫?」

 

「そうだ……!飛行場姫、何かと因縁のある相手だ。……ぐ、加賀が戻っていないのが辛い所だな……!」

 

滑るのでもなく泳ぐのでもなく、プレッシャーに充ち満ちた全身を使い海面を駆ける飛行場姫。一歩一歩踏み出す度に、海が揺れる錯覚を覚える。砲と魚雷を構え彼奴の動きを注視すると、こちらへ向かい来る彼奴の姿に以前との差異を見つけた。

 

「……手負い?傷だらけの上に、艦載機も無い……」

 

そう、爛々と輝く目と圧力を振り切り全身を眺めれば彼奴の身体からは既にいくつかの傷を負っていることが見て取れた。頰に一つの大きな傷、全身は細かな擦り傷や火傷だらけ。そして、彼奴の持つ大剣は砕かれたかのように小さく、細いものとなっていた。

しかし、だからと言って油断出来る相手ではない。一縷の望みを賭け、猛進する飛行場へ向かい菊月()も突貫。

 

「菊月っ!?あなた、何をしてっ!!」

 

「相手は姫だ、不用意に後ろを向いた途端に狩られるぞ……!」

 

両足に力を込め、真っ直ぐに跳躍。一気に距離を詰め、そのまま雷撃。沈めてやるという意思を秘め真っ直ぐに海を切る魚雷は――しかし、海面下から突き出す錆鉄によって阻まれる。盾の前で魚雷が爆ぜ、空気を震わせた。

 

「……っ、まさか……!」

 

「ヤット会エタナ、駆逐艦……!」

 

滑走路を二つ組み合わせていた筈の大剣は、その半分を喪失し片滑走路の長剣と化している。それを大きく横一文字に振るう飛行場姫の一撃は、自らが生み出した盾をも打ち砕き菊月()の身体へ迫る。砲を撃ちつつバックステップ。掠めた切っ先だけで、菊月()の腕に薄っすらと切り傷が刻まれた。

 

「……速いな……っ!」

 

「豆鉄砲ガ、通ジルト思ウナ……!」

 

乱射したいくつもの砲弾を、同じく長剣を無尽に振るうことで悉く斬り落とす飛行場姫。大剣を軽々と使いこなす腕力の前ではあの程度の行動は児戯にも等しいのか、振るう剣の速度は以前とは比較にならない。……大剣を使っていた時よりも、遥かに厄介かも知れない。

 

「……ええい、ビスマルク援護を――」

 

「サセルモノカ!アノ戦艦ノ遊ビ相手ハコイツダ……!」

 

どぉん、と足を振り下ろし波を立てる飛行場姫。その振動と大波の中を潜り抜け、ビスマルクからほど近いところに海中から戦艦レ級が現れた。ちらりと一度だけ振り返ると、そのレ級は飛行場姫と同じように全身を負傷しているように見える。

 

「……くうっ!」

 

「く、菊月!申し訳ないけど無理そうよ!」

 

「だろうな、見えている!……仕方ない、少し驚かせるが気を抜くな、沈むなよビスマルク……!」

 

次々と繰り出される飛行場姫の剣戟を掻い潜り一度大きく距離を取る。身体と艤装に似合わぬ俊敏さで此方へ突進して来る飛行場姫だが、一瞬の隙でもあれば充分だ。一瞬だけちろりと。その後すぐ、菊月()の全身を眩い燐光(キラキラ)と燃える気焔(オーラ)が覆い尽くした。

 

「フフ、艦娘ノクセニ生意気ナヤツ……!」

 

「……っ!!」

 

両腰から一気に二刀を抜き去り、ギリギリまで接近して斬りつける。金属同士が激しくぶつかり合う鈍い音が響き、手にじんと痺れが走る。それを噛み殺し、更に連撃。縦、横、両斜め上、薙ぎ払い、突く。手数を増して攻め立てるものの、体格やパワーと言った地力の違いから有効打を与えることが出来ない。ぐっと歯をくいしばると、両目の上で炎が瞬いた。

 

「せぇぇぇぇええええぇえいっ!!!」

 

「グウウウウオオォオォオ!!!」

 

ぶるぶると震える手に喝を入れ、両刀を揃え突き入れる。躱わされた一刀に返される一撃を躱し、一閃。引き戻した一刀で袈裟斬りに斬り下ろすと同時に、飛行場姫の長剣が菊月()の身体を捉えかける。咄嗟に背後へ跳ぶ。

 

「……ぐ、っ」

 

傷は与えた。二刀の強みから手数を上回った一撃は、確実に彼奴の身体と胸を斬り裂いた。しかし、今の一合でより大きな傷を負ったのは菊月()の方。掠った一撃だけで服の大半が吹き飛び、苦悶の声と共にぱっくりと裂けた服だった布切れの内側から血が噴き出した。同時に、灯っていた気焔(オーラ)が掻き消える。

 

「フ、フフ……!他愛ナイワネ、駆逐艦……!」

 

「……確かにな。だがな、今回は痛み分けだ。……助かったぞ、加賀」

 

俺の呟く声と同時に、背後から飛行場姫へと迫っていた艦載機が次々に爆撃を繰り出す。周囲の海に落ちたものは防がれるものの、直接命中した雷撃が飛行場姫の身体を焼いてゆく。振り返り、加賀とその横に控えるプリンツとレーベ(二人の仲間)を視認すれば飛行場姫は忌々しげに呟く。

 

「チッ、邪魔ガ……。マアイイ、次コソ貴様ヲ沈メテヤロウ。コノ傷ノ礼モシナケレバナラナイカラナ……?オイ、引クゾ。足元ノ潜水艦ニハ注意スルノダナ」

 

「……な、に?……待て……っ、けほっ……!」

 

長剣の切っ先を海面に叩きつけ、再度大波を生み出す飛行場姫。そのまま沈み去る姿を追うことも出来ず、真横に浮上したハチに支えられて肩で大きく息をする。今になって、傷口が熱く痛み始めた。

 

「っ、酷い怪我!航行は出来る!?」

 

「……なんとか、な。支えてくれると助かる、轟沈は……嫌だからな……」

 

抜けて行く力に従い、ハチの肩にぐったりと持たれかかる。熱した鉄の棒でも当てられているかのような傷口を抑えつつ、俺達は基地へと逃げ帰るのだった。




あ、そういえば前話で百五十話を突破しました。
これも、皆様が長く応援して下さるお陰です。

これからも、皆の力を合わせて菊月を盛り立てて行きましょう。

もっと広がれ菊月の輪!

あ、感想返しは少し待ってください。

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