朦朧とした意識のまま基地へと帰還し、艤装を外したところで意識を手放しかける。倒れ込んだ俺は何者かに背負われ、そのままドックへと搬送されたようだ。目が覚めて見る周りの医務室の風景と、薄っすらと覚えている誰かの背中の感触が俺にそう判断させた。
「起きたか、菊月。また派手にやられたな、ばっさり斬られていたそうじゃないか。油断でもあったか?」
「……武蔵か。滅多なことを言ってくれるではないか……ぐっ」
白く清潔な掛け布団を押し退けゆっくりと起き上がれば、隣のベッドに座っていた武蔵の顔を見る。いつもの制服ではなくカジュアルな普段着を纏った武蔵は、髪を下ろしてこちらへ視線を向けていた。
「で、聞いたぞ菊月。姫級のうち片方は
大騒ぎという単語に、不意に暗い想像が頭をよぎる。少なくとも援軍、教導役として呼ばれた俺達が立て続けに負傷したのだ。出撃を拒否することは無いだろうが、少なからずモチベーションには影響があることだろう。
ちらりと時計を見れば、日付はあれから三日経っていた。内心で頭を抑えつつ、気取られ無いように口を開く。
「……まあ、私達はそれなりに衝撃を与えてはいたからな。やられたのが、私達だけで幸いと言うべきか。……ビスマルク達は戦えそうか?」
呟くような声量で言えば、武蔵は口に手を当てて笑みを噛み殺し始める。何を笑っているのだと文句を言うつもりで立ち上がろうとして、
「ふふ、お前の慌てぶりが子供のようだったのでな?まあ、お前はまだまだ子供だが――おい、そう膨れっ面をするな」
「……何を。身体は確かにお前に比べれば幼いだろうが、子供だとは思われたくは無い。膨れっ面もしていない……」
『菊月』の意思をそのまま伝え、望むままにそっぽを向く。こんな動作が子供っぽいのだと『俺』は感じるが、そのまま放置。そっぽを向いて頬を膨らませる菊月は、可愛いに決まっているからだ。そうして顔を背けたまま、武蔵へ声をかける。
「……で?」
「ふ、まあいい。――お前の、いや、お前や私が想像していたのと真逆さ。ドイツ艦隊、基地所属艦娘一同。上から下まで奮起しているのだとさ」
奮起、という言葉に虚を突かれ、一瞬だけ言葉に迷う。『奮起』。基地の艦娘がみな、奮起している。武蔵からの言葉を正しく理解した後、俺は思わず武蔵に視線を向けた。彼女は笑っている。
「知らずのうちに、彼女達を侮っていたということだ。練度で言えば我々に敵う筈もないだろう、しかし彼女達とて艦娘だ。――艦娘である限り、その胸には己への誇りと友への想いが燃えている。お前なら、それが何を生み出すのか充分に知っているだろう?」
「……ああ」
「お前のように派手な炎を纏う訳ではない。だが、確かに彼女達の心の中には真っ赤に燃えるものがある。それが彼女達の能力を引きだし――こうして、今の戦況を作り出しているのだ。読んでみろ」
武蔵から俺の腹の上に投げ渡された紙束を掴み、捲る。真っ先に目に飛び込んできたのは海図。その次は損耗状況。次々に読み飛ばしていき、幾つか目の項目で目が止まる。その中身を読み終わり絶句する俺に、武蔵が笑いながら告げる。
「驚いただろう?ほぼ休みなしで訓練と出撃を繰り返している。出撃し、そこで得た深海棲艦との戦闘経験をそのまま訓練で身体に染みつかせている。私まで、艤装の修理が間に合わなくとも演習に立ち会わされて意見を言わされるほどだ。加賀や熊野、ハチは大忙しだそうだ。ほら、次の項目を見てみろ」
言われるままにページを捲る。記述の内容から、どうやらそれは直近の
「面子は知っているだろう?第四艦隊と、第五艦隊だ。お前も何度か、教導しただろう。二艦隊掛かり、それも大破を数隻出してだが――ル級éliteを含む艦隊を撃滅している。その一つ前は、第二艦隊が同じことをしているな。損耗は激しく、敵の攻勢は更に激しい。だが、保っているのだ。彼女達の力でな」
武蔵の言葉を耳にしつつ、ちらりと窓から外を眺める。遠くに映るあの後ろ姿は加賀と熊野だろうか。それに相対するのは多数のドイツ艦娘。ふっ、と口元にだけ笑みを浮かべ、漲る闘志を全身に満たす。ぱちりと散る気焔に、武蔵の口元が綻んだ。
「お前も、黙っていられないようだな?」
「当たり前だ。お前も同じだろう、武蔵」
「ここでお前の面倒を見ているのが嫌になる程には、な。――受けた恩と、借り。戦友の為に立たねば武蔵の名が廃るというものだ。そして、それを為すための作戦も考えてある」
「……お前のことだ。どうせ、碌でもない策だろう……?」
「ああ。お前が完治し、慣らしが終わるまで三日。それを契機に、我々が突撃して敵中枢を叩く。我々は、他の艦隊を置いて特攻を仕掛け敵を引き裂く。ただ、それだけの案さ」
「……よく言う。……我々を丸ごと囮に使うか。……まあ、腕が鳴る、と言っておこう……」
痛んだ傷口を片手で押さえ、しかしベッドへは倒れ込まずに武蔵を見つめ続ける。……俺達が突出し、敵を惹きつけ、その背後からドイツ艦隊が敵を撃滅する。単純故に効果が高く、そして負担の大きい作戦。だが、彼女たちに報いる為ならばその程度どうということはない。ちろり、と燐光が漏れ出す。それを見て口元を歪めた武蔵は、時計の方へ視線を向けてからゆっくりと立ち上がった。時間のようだ。簡素な別れの挨拶を終えた武蔵は、あからさまに思い出したかのような口調で告げる。
「ああ、そうだ。最後に一つ。お前の
「……えっ。お、おい……!」
「なに、案ずるな。ビスマルクの言葉を借りれば『菊月はイニシエのニホンのニンジャだった』、だそうだ。ニンジャが赤いオーラを上げる漫画があるらしくてな、それを広めて以来お前は人気者さ。あとは妖怪だとも言われていたな?どちらにせよ人気なのだが。――おっと、そろそろ時間だな。身体を休めておけよ」
「……っ、ま、待て武蔵……!」
ばたん、と音を立てて閉まるドア。医務室に一人取り残され、舞い上がっていたオーラがしゅんとしぼむ。忍者だのなんだの、好きに言ってくれる。肩を落とし、溜息を一つ吐いた。
感想は、まだ待って。