私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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まさかの姫の登場です。


嵐の中に、その三

ばしゃり、と水を跳ね上げ海面を滑りゆく。空を見上げるとそこには分厚い雲。冷たく流れる風に、晴れ間が隠れそうな予感がした。

 

ドイツ第一艦隊だけに見送られ基地を出発し、一時間と少し。敵先鋒艦隊を撃滅し陣形に穴を開けた俺達は、武蔵を先頭とした緩やかな陣形で速度を緩めることなく前進を重ねる。ちらりと後ろを振り返ると、今まで真横を駆け抜けて来た幾多の深海棲艦に加え、それらから乱雑に放たれる砲弾の数々が見えた。左右にステップ、それらを回避し隊列へ戻る。外れた砲弾の巻き上げる飛沫を被り濡れたまま、口元を釣り上げ笑う。

 

「……ふ、ふふ……!流石に多いな……」

 

「あら、怖気ておりますの?今ならば引き返せますわよ」

 

「引き返せる訳がなかろう、こんな物まで預かっているのだからな。……さて、熊野。敵が予想以上に多いからな、私は軽く暴れる。――艦隊に通達、駆逐艦菊月、敵を撹乱する。後ろの何割かと、左側の深海棲艦は任せろ……!」

 

一方的に通信を叩きつけると、一斉に返答が返ってくる。行け、その一言に従い直進する艦隊から一人左に大きく逸れ、敵陣左翼に突っ込めば一気に振り返り艤装を構えた。照準は定めず、左手のそれのトリガーを一息に引く。

 

「……喰らえ……!」

 

『3.7cm FlaK M42』。レーベとマックスから預かったそれを薙ぎはらうように動かせば、唸りを上げて弾を吐き出すそれが小刻みな振動を左の腕に伝える。赤熱する銃身。轟音を立てながら細かい弾をばら撒く機銃が迫っていた幾つかの艦載機を撃ち墜とし、敵の放とうとしていた魚雷の数発を運良く爆散させる。沈められたのは、それに巻き込まれた深海棲艦のみ。爆炎が、雲に覆われた空に噴き上がる。

 

「遠過ぎたにしては……まずまず、か。……ならば、後は引き付けるだけだ……!」

 

反転し、大きく跳躍。足元に出来た水のクレーターの上を幾つもの魚雷が足元を通り過ぎてゆくのを確認し着水、そのまま全速力で進む。同時に、左方向に深海棲艦の一艦隊が浮上する。ごく近い距離だ、その中の知性を感じられない尖兵、駆逐級の彼奴らが大口を開ける。その数は三。

 

「……ふっ……!」

 

バックステップ、そして加速。照準をぶれさせ、砲撃を回避しながら右手の単装砲を彼奴等へと向け、カウンター気味に三発の発砲。

……全弾命中。開いたままの口に飛び込んだ砲弾が深海棲艦の身体を突き破り、炸裂する。噴き出す体液の飛沫を浴び、眼前に転げ飛んでくる駆逐級の残骸を踏み更に跳び前に出る。全身に込めた力で跳躍し目指すのは、先程離れた艦隊の最後尾。一息に跳ぶ菊月()の全身に、冷たい空気が突き刺さる。薄っすらと、霧が出てきたようだ。

 

「……っ!菊月、合流した。ばらばらになりそうだった敵は纏めて来たぞ。……此方はどうだ?」

 

がしゃん、という艤装のぶつかり合うけたたましい音を立てながら着地。顔を上げると、加賀と熊野が此方へ視線を向けていた。同時に、頭上を加賀の艦載機が通り過ぎてゆく。爆音。背後遠くから聞こえたその音を聞いて口を開く。

 

「……感謝……」

 

「いえ、構わないわ。――それより、間に合って良かったわ。もうすぐ敵中枢に突っ込むわよ」

 

「そうか。……時間は?」

 

「現在ヒトフタマルマル。予定通りですわ。その証拠に――ほら、耳を澄ませてごらんなさい菊月、深海棲艦の放つ騒音が薄れたでしょう?」

 

「……そうだな。ならば……!」

 

「来たか、菊月。――全艦に告ぐ!敵はそこだ、突っ込むぞ!!――撃てぇーっ!!」

 

速度を上げ、艦隊が横一列に並ぶ。そのまま砲門を構える武蔵を中心に、立ちはだかる深海棲艦へ砲雷撃を敢行。空気を震わせる爆音とともに、一角が崩れる。吹き飛ぶオイルと、炎に包まれた深海棲艦の残骸。それらを踏み越えてなおも殺到し此方を沈めようとする彼奴らを、武蔵の刀が一刀両断にした。抜け出る彼女に追随し、中枢へも潜り込む。

 

「――通った!しかし、これは――」

 

「――え?あれは……まさか、『装甲空母姫』ですの?」

 

敵中枢艦隊の最奥に佇む巨体を一瞥し、ぽかんと気の抜けたような声音で熊野が漏らす。そう、眼前に見えるのは紛れもなく『装甲空母姫』。『艦これ』において最初期に登場した姫であり、それほど脅威となる相手でもない。そんな深海棲艦、が異形の艤装もデザインも見知った通りの姿で海上に佇んでいる。

 

なのに、俺達の背筋にはぞくりと冷たい戦慄が走った。にたりと笑うその顔から受ける得体の知れないそれに押し潰されないよう、声を張り上げ武蔵に叫ぶ。

 

「……武蔵!!何を惚けている、沈めるぞ……!」

 

「惚けてなど!!全艦、構え――っ、何っ!?――回避行動!!」

 

武蔵の号令が止まり、代わりに発せられた回避命令に従いサイドステップ。一瞬前まで居た場所を、異形の艦載機から放たれた雷撃が通り過ぎてゆく。ついで二発、更に三発。明らかに異常な量の雷撃を捌き続け、装甲空母姫へと視線を戻し――

 

「あの色、あのプレッシャー!まさか、『旗艦(flagship)』だと!?」

 

「馬鹿な!私達は今まで幾匹もの装甲空母姫は沈めて来ました!武蔵だってそうでしょう!?しかしそんなこと、聞いたことが――っ!!菊月、下よっ!!」

 

「……っ!!」

 

突然ぶつけられる殺気に、身体が勝手に反応する。加賀の言葉を聞き終わらないうちに、本能に任せ大きく後ろへ跳躍。それとほぼ同じ瞬間に放たれた水面下からの剣戟の一閃が、菊月()の額を浅く切り裂いた。流れ出る鮮血。海面下から飛び出したのは、予想通りもうひとりの姫――

 

「浅カッタ、カ。マアイイ、貴様ニ逃ゲヨウノナイ印ヲ刻ンデヤレタノダカラナ?」

 

「飛行場姫……!」

 

「フフ、漸ク貴様ト心置キナク戦エル……。コノ時ヲ待ッテイタゾ!!」

 

菊月()の視線の中、最奥に控える装甲空母姫と同じように金色に光る飛行場姫。長剣の切っ先を此方へ真っ直ぐに突きつけるその顔は喜色に塗れている。

奥歯を噛み締め、戦場を見渡す。完全に分断され、飛行場姫とは菊月()だけでやり合う必要があるだろう。艤装は十分、被害も無い。やってやれないことは無い筈だ。

 

「残る脅威は――」

 

既に戦闘を始めた仲間たちと、それに相対する装甲空母姫とその取り巻き。黄金の炎を撒き散らす装甲空母姫に対する不安が、どうしても拭い切れない。

 

「いや、必要無い。……私は、貴様を沈めるだけだ……!」

 

無理やりに奮起させた気焔が、勢いよく燃え盛る。舞い上がる燐光が、霧の立ち込めた海に棚引く。両足に力を込めて、俺は不安を振り切るように飛行場姫へと躍りかかった。




ドイツレベルに合わせるとしたらこんなぐらいかなあって。
当初考案してた港湾水鬼さんとかドイツに居たことにしたら、とっくの昔に壊滅してたでしょうし。

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