逆巻き、泡を立てる波の間を滑り抜け砲を構える。私の身体の側面、備え付けられた巨大な艤装から伸びる幾つもの砲門が敵の姿を捉えた。下半身半ばを異形に呑まれ、その上で波間を縫うようにゆらりと動きつつ艦載機を放つ化物――『装甲空母姫』。禍々しい、黄金に輝く憎しみの炎を滾らせたその姿へ向けて――
「撃ち方ぁ――始めぇっ!!」
発砲。
下腹に響く爆音を轟かせ、
「――くっ、
「っ、武蔵、反撃が来るわ、備えてっ!!」
その放った砲撃は、全てを防がれる。――装甲空母姫の周りに群がる、彼奴から生み出された深海棲艦どもによって。
「イイコネ……。ウフ、ウフフ……」
我々を沈めるという、それ以外に大した意思のないままにひしめき合う有象無象。装甲空母姫の周囲を飛び交う艦載機がそれらを跳ね上げることで、我々の攻撃を防ぐための肉盾としているのだ。そうして防ぎ終えれば、驟雨のような攻撃が降り注ぐ。
「ぐ、うぅっ!!――っ、はは。そうだ、当てて来い!先程までは、貴様らはあいつを狙っていたろう!なら次は私だ!!」
肉盾を跳ね上げ終わった艦載機と、大多数残る深海棲艦からの攻撃が私を襲った。狙いは甘く威力も低いが、それでも数が集まると脅威に違いない。く、と口元に笑みを漏らしながら叫ぶ。
もっとだ、と。私が耐えて、私が撃てば、その分仲間が楽になる。そうすれば、きっと仲間たちが彼奴に攻撃を通してくれるだろう。
放たれ、足元に迫っていた雷撃を
「――今っ!捉えましたわっ!!」
私の後ろから飛び出し、私の空けた穴を抜け、一目散に海を駆け抜けるのは『熊野』。彼女の纏う衣服は既に半ば破れ去り、全身には私以上の傷を受けている。顔面を流れる血を拭わないままに、彼女は装甲空母姫へと肉薄し、全身の砲門から砲弾を放った。
「喰らいなさい、なぁっ!!」
轟音、爆裂。熊野の至近距離で爆発する砲弾。炸薬が弾け、炎が海を舐める。その中から身を翻し現れた熊野の姿を認めると同時に、私の頭上を駆け抜けていった艦載機が雷撃を開始した。未だ燃える炎の中に、更に生まれる爆炎。熱風が、それなりに離れた私の頬を撫でた。
「武蔵、其方はどうですの?随分と酷い状況ですけれど」
「熊野か、済まんな。確かに酷いが、まだ平気だ。お前のお陰で、私はまだこうして立っていられる。ここまで戦闘を重ねてこれだけの損害で済んでいるのは、開戦から今までお前が矢面に立ってくれたお陰だろうからな」
肩で息をする熊野に、確かな感謝の意を以ってそう告げる。返す熊野は右手で顔の流血を拭い、その手を払いながら口を開いた。
「ふふ、そのようなことは当たり前ですわ。あなたに戦艦としての、大和型としての誇りがあるのと同じ。わたくしの中の重巡の役目に従って行動したまでです。――まあ、あなたよりも前に出るというのは中々に珍しい経験でしたけれど」
「ふ、偶に譲ってやった時ぐらいは楽しめば良かったものを。――っ、しぶといな。熊野」
「ええ、分かっていますわ。正直なところ、かなり弾薬が厳しいですけれど――やるしかありませんわね」
赤々と燃えていた海上の炎が弾け、そこから真っ黒な波が這い出す。深海棲艦、不完全で黄金の炎を宿したそれらは今生み出されたばかりのもの。
そして、その奥に。先程よりも傷を負ってはいるものの、更に目を爛々と光らせた装甲空母姫の姿があった。
「くっ!」
砲を構え、狙いを付けずに斉射。熊野との二人掛かりでばら撒かれる砲弾が弾幕となり、殺到する異形どもを砕いてゆく。飛び散る残骸、そしてそれを越えて更ににじり寄る深海棲艦。じわりじわりと距離を詰める彼奴らが口を大きく開き――そのまま爆散。海面下から放たれた魚雷が、脆い腹を突き破り炸裂した。
「――ハチか!流石に良い仕事をしてくれる!」
「助かりましたわ!しかし、あなたは大丈夫ですの?燃料も弾薬も枯渇気味だと言っていましたが。無理なら、後ろに下がりなさいな!」
海面に顔を出した
「冗談、きつい。さっさと倒して菊月のところに――うあっ!?」
「ハチっ!!」
雷撃が吹き上げた爆炎の中から、突如現れる巨体――装甲空母姫。加速をつけて炎の中を突っ切った彼奴はそのまま速度を維持に、ハチに突っ込んだ。
「ハチ――くうっ!?」
「加賀、ハチ!っ、許しませんわよ!!」
「前に出る!熊野、私に続け――、なにっ!?」
あまりの出来事に、私も熊野も反応が遅れる。人形のように空を舞ったハチはそのまま加賀へと追突する。同時に失われる艦載機のコントロール、その隙を突いて装甲空母姫の猛攻が始まった。群がる艦載機から放たれる雷撃、砲撃。両手を交差し、どうにか耐える。
「ぐ、ちょこまかと煩い艦載機が!――うぐぅっ!!」
「武蔵!――っ、しまっ……ぐ、ぁっ!」
「ウフフ、フフフフ……!ツカマエタワ……!」
私にだけ執拗に攻撃を仕掛ける装甲空母姫、彼奴は在ろう事か私を囮に使い熊野の首を鷲掴みにする。無理やりに防御姿勢を解き、熊野へ向かって歩みを進めるもあまりの弾幕に押し戻される。
「――か、は……っ」
「ぐ、くま、の――!」
砲撃を放てば熊野にまで被害が及ぶ。ほんの近くだというのに絶望的に遠い彼女へ向かって右手を伸ばす。眼鏡が割れ、服が裂けた。だらりと流れる血すら振り切り、また一歩。加賀とハチも復帰し此方へ向かうが、間に合わない。
「っ、オオォォォォオオオ!!!」
私の身体がどうなろうが構わない。吼える。吼えて、一歩踏み出す。僅かに晴れた霧の合間から太陽が現れ、首を掴まれ宙に吊り下げられた熊野の身体が逆光に消える。
「――ウフフ?」
手を伸ばす。後一歩だと言うのに届かない。私を嘲笑うように、装甲空母姫の口がニヤリと歪み――
さて次回。