今回は二回分纏めて四千少し字の更新です。
と、そのぐらいにしておいて。
今回のBGMは、とある瞬間から切り替わります。
勿論、「連合艦隊の出撃」に。
此方へ向けられた砲口が妖しく光る。
その照準の向かう先は、
「……あ」
此方へ向けられた砲身が不気味に鳴動する。
きゅうっと縮こまる身体とは反対に、視界だけが大きく開けていく。駆逐ハ級の向こう側、装甲空母姫と対峙していた仲間もみな大きく傷ついている。助けに走り出したいが、身体が着いて行かない。右足に込めた力は、どうなることもなく霧散した。
「――っ」
此方へ向けられた殺意が、
向けられる明確な死に、脳裏に閃いたのは走馬灯のようなもの。現在から過去に向かって流れているから走馬灯ではないな、などと笑う余裕がある程に意識だけが引き伸ばされる。ドイツの記憶を遡り、過ごした日常、ミッドウェー、ツラギでの海戦、トラック泊地、そしてあの島。
『俺』の意識は更に逆巻く。
俺が
――これは。
そうして、僅かに開けた視界。引き伸ばされた意識と走馬灯の中で見た幻。『どこかの島の錆び朽ちた艦に腰掛ける、此方へ必死に呼びかける少女』の幻影。
――触れた。その声に触れた。ごく軽く指先だけにも満たないが、その少女の願いに触れた。
それが切っ掛け。ぶちぶちと、ばらばらと、『俺』の何かが剥がれ千切れる。
その感覚に、『俺』は恐怖を覚えてしまった。
「……っ!!」
『俺』そのものが押し潰されるような本能的な恐怖に、引き伸ばされた感覚が一気に収束する。状況は変わっていない、変わる筈もない。なのに――『逃げてしまえる』ような気がした。胸の奥、不気味に眠るそれに手を伸ばすだけで、致命的な何かと引き換えに、そうして逃げるだけの……いや、逃げることも戦うことも、どうにでも出来る力を得られると納得してしまった。
「…………」
どうするかなど決まっている。『俺』がどうなろうと、『菊月』さえ無事ならそれでいい。自分の内側に手を伸ばすだけ、間に合うのは確実だ。『俺』は、
「グゴゴォォォォオ!?!!?!?」
――瞬間、ハ級が爆ぜた。何の前兆もなく、飛来した砲弾がその身体に風穴を開け炸裂する。爆炎、爆散。砕け散ったハ級から砲撃が放たれることはなく、吹き飛んだ砲身が
「……え?」
思わず声が漏れる。一発の砲弾で、戦場が一気に静まり返る。そんな俺達の耳に聞き覚えのある声と、軽快な音楽が聞こえてきた。
「――さあ、皆さん!!抜錨ですって!!」
――『
「……グ、コンナモノ……!シズメテシマエ!!」
硬直する戦場の中で、真っ先に動いたのは装甲空母姫。怒声を張り上げ配下に命令を下すと、それに従う深海棲艦が一斉に動き出した。がちゃりと構えられる無数の砲台が、武蔵達の側にも、そして
「ゆーは――いえ、私達は負けませんっ!!」
「敵艦隊、捕捉!――砲撃、開始っ!!」
「――Feuerぁぁぁあっ!」
深海棲艦がまたも爆散する。現れた駆逐級が、すぐさま弾け沈んでゆく。聞き覚えのある三人の声に振り返る間も無く、見知った彼女達が
「……U-511、レーベ、マックス……」
「お待たせ、菊月。僕とマックスの率いる駆逐艦隊、全員集合だよ」
「それにしても、酷い有様ね?立てないぐらいなんて、随分やられたみたいじゃない。手、貸しましょうか?」
酷い有様とは言うが、三人とも
「……っ!私のことは良い!それよりも、熊野や武蔵を……!」
「大丈夫です、菊月。あちらには、
見慣れたラッパを片手に持ったU-511の、その言葉が終わらないうちに
『艦が進む推力を爆発させた加速』。俺が一度見せただけのそれを使って、彼女は
「っ!!とぉぉぉおおおおおおうっ!!!!!」
引き絞った右腕に全身の力を。その推力が生み出す速さを、
「けほっ、げほっ!!――助かりましたわ、プリンツ・オイゲン。ふふ、それにしても良い一撃でしたわよ?あなたのお陰で、わたくしの溜飲も下がりましたもの」
「ああ、それなら良かったわ。これでも私、熊野のパンチを見てから練習してたんだから。こう、みんなより先に突っ込んで、攻撃を引き受けて、一撃を入れる。どう、この服と傷でならその証明は充分かしら?」
「ええ、完璧ですわね。服の損傷や身体の傷もそうですが、何よりもその艤装の磨耗。それだけで、同じ重巡であるわたくしには全て分かりますわ」
血だらけの顔を歪め笑う熊野に対し、朗らかに答えるプリンツ・オイゲン。互いに笑い合い称え合う二人だったが、不意にその笑みを引っ込めて艤装を構えた。視線の先には、未だ沈め切れていない装甲空母姫がいる。
「グ、グゥゥ……!カ、カンムスゥゥゥ!!!シズメ、シズメェェッ!!」
よろよろと上体を起こした装甲空母姫が、艦載機と深海棲艦を生み出しながら絶叫する。雲霞のごとく生まれ落ちるそれらに、俺達だけであれば苦戦していたかも知れない。
だが、今は違う。俺の前に立っている三人が、各々の艤装を深海棲艦へと向けつつ声をあげる。
「相手が艦載機なら――マックスさん!」
「ええ、U-511。――駆逐隊、空は私達が抑えるわよ!海の相手はU-511と潜水艦隊が、それぞれ取り巻きを叩く!総指揮はレーベ、お願いね」
「分かったよ、マックス。さあ、聞いての通りだ!駆逐艦全艦、僕に続け!撃てぇーっ!!」
振り向けば、背後には傷だらけの駆逐艦隊が揃っていた。そして、今もなお砲を構え集まり続けている。一様にボロボロで、同じように傷ついた艤装を真っ直ぐに構えている。しかしその顔に浮かぶ表情は、今までの頼りないものではなかった。
レーベの号令に合わせて彼女達の砲が、海面下の潜水艦隊の艤装が、一斉に火を噴いた。空を行く砲撃が装甲空母姫の艦載機を撃ち墜とし、海を進む雷撃が深海棲艦を撃滅する。戦局をひっくり返す為に必要だった、少数精鋭だった俺達に足りなかった『数』での制圧。実力を有する軍団の総攻撃で、ここに彼奴の守りは暴かれた。
「……っ、今だ、追撃を……」
「――分かっているさ、菊月ぃ!配下を盾に自らは隠れ、艦載機を飛ばすだけで勝ち誇り笑う。この武蔵を散々虚仮にしてくれたのだ、手ずから圧し潰す準備などとうの昔に終わっている!!」
「……ヒッ……!グ、ウゥオオオ!シ、シズメロォ!!」
装甲空母姫が真っ白な顔に浮かべた表情は、先程までとは全く異なる恐怖。傷付いたその身体から新たな配下を生み出しつつ、自らは逃げようと反転する。――そこで、彼奴は眼にした。
「あーら、何処に行くつもりなのかしら?この私と戦いたいから戦場を変える、というのならその必要は無いわよ?こうして私と、私の艦隊が出向いてあげたもの。まさか、逃げるつもりじゃ無いわよね?それとも部下を散々逃してたのは、あなたの臆病さが移ったからかしら」
ビスマルク。ドイツの誇る勇壮なる戦艦にして第一艦隊旗艦。彼女は、満身創痍の身体に眼だけを爛々と光らせて、腕を組んで仁王立ちしていた。
「ほら、武蔵。連合艦隊、集合完了よ。時間もぴったり、十四時丁度!それなりに無茶はしたけれど、まあ私にかかればこの程度は楽勝ね!」
「ふっ。五分前行動が基本だろうに。だが、助かった。有難いな、ビスマルク。そしてその麾下の艦隊にも、感謝するさ」
「カ、カンムス……!ナゼ!ナゼ、マワリコメタ……!」
「何故、ですって?ふふん、そんなもの決まっているじゃない。あなたがやった事と同じよ?――そう、霧よ。霧に紛れてあなたの配下はとことん殲滅してやったし、同じようにこうやって回り込んだの。まあ私の方があなたよりも、もっと上手く使ったけれど!」
腕を組んだままの体勢で、装甲空母姫に対し高笑いをするビスマルク。その隙を突いて反撃をしようと、彼奴が艦載機を発艦させた。しかし、それらはビスマルクに届く事なく墜ちてゆく。彼女の更に背後、ビスマルクが従えた艦隊の中にいた三人の空母娘が放った艦載機が全て撃ち落したからだ。なす術もなく攻撃を封じられた装甲空母姫が、奥歯を噛み鳴らす。
「さあ、これでチェックメイト。日本式で言うなら『ツミ』、かしら?所詮は隠れて艦載機を飛ばすしか出来ないあなただもの。自分がして来た事と同じように、物量で磨り潰される覚悟はあるのよね?」
「グ、ググググゥゥゥ……!コンナ、コトガ……!」
「武蔵、号令を――」
「いや、今回はお前が取ってくれビスマルク。私も、私の仲間も、お前達に助けられた。この一回だけ従おうとも。そら、日本でも有数の実力を持つ艦娘に号令を掛けられる機会なんて二度と無いかも知れんぞ?」
「――!ふふん、良いじゃない!後から文句を言わないでよね?――よし、それじゃ、私が号令をかけるわ!全艦、顔を上げて!お腹に力を込めて艤装を構えなさい!標的は、装甲空母姫!揃えて――」
武蔵の言葉に、ビスマルクは眼を輝かせてそう答える。懐から取り出した、見覚えのある扇子を装甲空母姫に向けて声を張り上げれば海域に集う全ての艦娘がそれに従った。
「ウグ、ググゥ……!キサマラカンム――」
「Feuerぁぁぁぁぁぁあっ!!!!!」
轟音。
明らかに一個体に向けるべきではない量の砲火が、装甲空母姫へと殺到する。溢れる炎が空へと立ち登り、熱風が集まった艦娘の間を駆け抜けてゆく。装甲空母姫は、文字通り塵一つ残さずに消滅した。
「…………はぁ」
思わず溜息が漏れる。緊張の糸が切れると同時に、身体がふらっと倒れてゆく。それを、横にいたU-511に支えられた。全身、特にべとりと血に濡れた脇腹と妙に曲がった左足を見てU-511が口を開く。
「っ、菊月!こんなに血を流して!足も酷いことになってます、早く入渠させないと!」
「そう、だな。……自分のことは自分で分かる、連れて帰ってくれると幸いだ。……歩けなくてな」
「当たり前です、掴まって下さい!!」
U-511の身体に縋り付きながら、どうにか動き出す。振り返れば、仲間達もめいめいが誰かに支えられながらゆっくりと此方へ向かってきている。一様に疲れ切り、ぼろぼろなその様子にくすりと笑いが漏れる。すっかり霧の晴れた海を、俺達は微速で帰還したのだった。
改めて菊月って可愛いですよね。