私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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前編でやりたいことやり尽くしたからね。
あーるにならないめには仕方ないね。


穏やかな朝と昨夜の宴、後編

あれから少しの時間が経ったが、一向に状況は好転しない。菊月()の小さな身体に押し付けられる武蔵の肢体は、変わらずに俺を拘束し続けている。昨夜の酒のせいか、武蔵の身体はじっとりと熱を持っている。何度目かの溜息を吐けば、その度に武蔵の身体はぴくりと震えた。

 

「……酒?そうか、酒か……」

 

自らの思考の中から、昨夜の祝勝会に繋がるキーワードを引きずり出す。そう、『酒』。あの場にいる誰もが、確か酒を呷っていた筈だ。無論菊月()も、そして今菊月()を抱き締めている武蔵も。だが、その内容がぼやけている。飲み過ぎたせいか、はたまた飲まされ過ぎたせいか。

 

「……思い出すしかない、か。運が良ければ、そのうち武蔵も目覚めるだろう……」

 

思わず吐きそうになる息を抑え、目を瞑り記憶の中に潜り込む。己の内に沈んでゆくことにも随分慣れたものだ、と独りごちながら、俺は昨晩の記憶を引っ張り上げるのだった。

 

―――――――――――――――――――――――

 

レーベとの話をそこそこに、菊月()は会場を見渡していた。探しているのは武蔵の姿だが、別段見つからずとも良いとも思っている。要するに、この祝勝会においての暇潰しを探しているというわけだ。ぐるりぐるりと周りを眺めつつ、引っ切り無しにやってくる乾杯の相手を捌く。その度にジョッキを空けているからか、少し暑くなって来たような気もした。

 

「あーらー?菊月ぃ、調子はどうですのぉ?」

 

「……熊野。あとは……ハチとU-511か。……熊野は潰れたのか、ハチ?」

 

「うん、あっちで加賀とプリンツと飲み比べしててね。熊野が一番にダウンしたから二人でこっちに連れてきたんだけど、まあ見ての通りで」

 

比較的小柄な二人に両脇を固められた熊野は、幸せそうなだらしない顔を晒しながら何事かを呟いている。そのまま椅子に座らせられ動きを止めた熊野を見て、漸く二人は文字通り肩の荷を下ろしたようだった。

 

「……お疲れ様だな、二人とも。……楽しんでいるか?」

 

「はいっ。今までもパーティは沢山ありましたけど、こんなに賑やかなのは初めてですっ。ゆーの好きなワインも沢山飲めます!」

 

そう言いつつ、ワイングラスを片手にほんのりとピンクに染まった頬を手で押さえるU-511。恐らく同じようなものを飲んでいたであろうハチの顔は真っ白そのもので、平然とグラスを傾けるその姿にはある種の感服を覚えた。ちなみに、ハチは今もきちんと提督指定水着のままである。

 

「ふぅ、それにしても最近は働きづめだったからねー。こうやって、だらだら過ごすのがはっちゃん的には一番好きかな」

 

彼女がぐいっとワインを飲み干した拍子に、眼鏡がずれるところが見えた。ふと露わになったお茶目さに苦笑しつつ、ハチに対して口を開く。

 

「ああ、そういえば。ハチ、武蔵を知らないか?恐らく何処ぞで飲み比べでもしているのであろうが、それにしては妙に見つからなくてな……」

 

「え、武蔵?武蔵ならさっきあっちに――」

 

ずれかけた眼鏡を直しながら、ハチが語りかけたその瞬間。ハチが指差す方向から、わっ、と沸き立つ艦娘達の声を聞いた。見れば、いつの間にか完成していた人だかりの向こうで何かが行われているようだ。

 

「……まあ、大体何が起こっているかは察せられるがな。……む、おい見ろレーベ、U-511……ほら、あれだ。あの、端から抱えられて出てきたのは……」

 

「うわぁ、マックス。――流石にマックスもビスマルクには敵わないけど、それなり以上には強いんだよ?それを潰すって、やっぱりちょっと格が違うというか、感心するというか」

 

「……すまない、私はあれを見てくる。お前達は談笑していてくれ……」

 

一言断りを入れ、見送られながら人混みへと向かう。菊月()の身長故に遠くからその輪の中を眺めることは出来なかったが、幸いにして人混みの間をすり抜けてその向こうへ顔を出すことは出来た。

 

「……これは」

 

目に入って来たのは、やはりと言うべきか武蔵とビスマルクの一騎打ち(飲み比べ)。しかし、その周囲に広がっていたものは惨状と呼ぶにふさわしいものだった。目をぐるぐると回した加賀がジョッキを片手に倒れ、下着だけのプリンツが眠りこけたマックスに覆いかぶさり、その周りを何人かの戦艦が囲むようにダウンしている。まさに死屍累々、その中でジョッキを傾け合う二人の顔色は対照的だった。

 

「お、菊月じゃないか。私の勇姿を見に来たのか?いいぜ、彼女はさっさと蹴散らしてやろう」

 

「ら、なによむさひー!このビスマルクしゃまを蹴散ふですってぇ!?いっひぇくれふじゃらい!」

 

褐色の肌を赤く染めただけの武蔵に対して、最早ダウン寸前とばかりにふらふらとしているビスマルク。此方を見て言い放った内容からも、それは容易に理解できる。

 

「そうだな、折角菊月も来たのだ。この武蔵の力を見せてくれよう!」

 

「……っ!?お、おい武蔵……!」

 

久々の宴会で興が乗ったとでも言うのか、武蔵はジョッキを投げ捨て瓶をそのまま鷲掴みにすると呷り出す。ごくっ、ごくっと此方まで聞こえてくる音と共に、あっという間に一本を空にしてしまった。

 

「さあ、ビスマルク。お前の番だぞ?ああ、お前はジョッキでも良いとも――お前に私に挑戦する勇気が無いのであればな?」

 

「言うじゃらい!見てなひゃちよ、わらひだって、だって――きゅう」

 

瓶に手を伸ばそうとしたビスマルクが可愛らしい声と共に突っ伏し、動きを止める。同時に沸き立つ観衆が、武蔵の勝利を称えた。改めて武蔵とビスマルクの周囲を見回せば、転がっている瓶の数は十や二十では収まり切らない。それらを踏み越えて、武蔵が歩いてきた。

 

「はっはっは、どうだ。ドイツ艦娘恐るるに足らず。しかし、此処まで粘るとは流石と言うしか無いな。まあ、この武蔵に殴り合いを挑むのがそもそもの間違いなのだが――ひっく」

 

「……お前、どれだけ飲んだのだ。顔も赤い、珍しく酔っているな……?」

 

「何を。酔っていれば足元が覚束なくなり、饒舌になるものだろう。私を見てみろ、しっかりと両の足で立っているし、いつも通りそんなに口数も多くないぜ?ほら、その証拠に――」

 

足付きはともかく充分饒舌にはなっているだろう、と言いかけた菊月()の身体が引っ張られ、口を塞がれる。口と視界を一気に奪われ、慌ててもがくが逃れられない。

 

「こんな風に、お前を抱き留めても足は平気だ。どうだ、酔っていないだろう?――む、ふむ。それにしても菊月、お前は中々抱き心地が良いな。このサイズが、うむ。私のいつも抱いて寝ているぬいぐるみよりずっと良い」

 

その言葉で、菊月()は自分の体勢を自覚した。武蔵に抱き締められ、抱き上げられている。そのまま運ばれる感覚とともに――

 

―――――――――――――――――――――――

 

そう、そこまでは覚えている。武蔵に抱き締められ、運ばれ、そして記憶が朧げだが付き合っていくらか飲んだ筈だ。そのまま恐らくは眠りについてしまい……

 

「こうなった、という訳か。……思い返してみれば、なんとも代わり映えのしない理由だな……」

 

ぼそりと呟けば、またしても武蔵が震える。しかし今回はそれと同時に武蔵が寝返りを打ち、最初に抱きしめられていた時のような態勢へと戻る。掛け布団がはだけ腰の位置ほどにまでズレたせいで、菊月()と武蔵が抱き合っているのが丸見えになってしまったが仕方ない。ギリギリ抜け出せる姿勢になったことを幸いとし、逃れようと身体を捩らせ――

 

「おーい、武蔵。朝だ――え」

 

がちゃり。

 

そんな音と共に扉が開かれ、その向こうかハチが姿を現わす。その瞳に映ったものは言わずもがな、菊月()の背と腰に手を回し抱き寄せている武蔵と、それを受け入れ胸に顔を埋めている(ように見える)菊月()の姿。

ちらりと見えているハチの顔が、一気に真っ赤に染まるのが分かった。

 

「……ハチっ!ちが、そうだ助けて――」

 

「あ、あわあわあわ、ごごご、ごめんっ!!」

 

「ハチぃーっ……む、もががっ!?」

 

助けを求めようとした口が武蔵の双丘に塞がれ、それを見て顔を押さえたまま走り去るハチ。扉が閉められたことだけが唯一の救いだが、俺は拘束されたまま。結局、武蔵が目を覚まして暫くするまでは菊月()はこの腕の中に囚われたままだった。




羨ましいですね。

武蔵が。

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