私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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ちこく分。
菊月はかわいいなあ。


遠征艦隊の凱旋

ばたばたと吹き付ける風が、菊月()の白く長い髪を揺らす。顔の側面、耳のあたりの髪を手で押さえると、今度は制服のスカートが小さく揺れた。日は高く昇り、遮る雲はまばらに浮かんでいる。

 

「あら、菊月。ここがお気に入りなのかしら?」

 

「……加賀。まあ、そうだな……」

 

「海を眺めるのが、好きなのかしら」

 

「……少し違う。海と風景、空と雲。それが動いてゆくのを見るのが好きなのだ……」

 

ぽつりぽつりと言葉を交わし、互いに黙り込む。菊月()と同じように制服を――加賀のそれは制服と言うには特殊に過ぎるが――を身に纏った彼女は、やはり凛とした雰囲気を崩さないままにまっすぐ海を見つめている。

まあ、その頬が緩んでいるのには気付けるのだが。

 

「……やはり、お前でも鎮守府が恋しいものなのだな?」

 

「……っ、顔に出てたのね。不覚だわ。あまり悟られないよう、気を付けてはいたのだけれど」

 

「……私には、いや……今のこの、遠征に出た面子になら丸わかりだろう。少なくとも、相手の表情が読み取れない程度の連携しか取っていなかった訳ではあるまい。……しかし、照れる事は無いとは思うのだが?私も、早く帰りたいのだからな……」

 

「恥ずかしいのよ、大人はね。まだ小さなあなたには分からないと思うけれど」

 

「……ふふ、お前がそんな物言いをするとはな。いよいよ本当に照れているか。……まあいい、この程度にしておこう。それで?何か用があったのではないのか……」

 

加賀への軽口を切り上げて、話の続きを促す。少し憮然とした顔で咳払いをしてから、加賀は改めて口を開いた。

 

「全く。――連絡が二点。まず一つ目は帰還について。おそらく、何事も無ければ本日ヒトハチマルマルあたりに鎮守府へ帰投出来る見込みよ。若干前後するかも知れないけれど、今日中の帰投は確実のようね。二つ目だけれど、艤装の点検をしておくように、とのことよ」

 

「分かった。……が、艤装の点検?何かあったのか……?」

 

連絡事項を頭に叩き込みつつ、一つ疑問に思ったことを口に出す。加賀は、それに応えるように幾つかのメモに目を通した後話し始めた。

 

「そうね。武蔵が朝一番に鎮守府に連絡を入れたのだけれど、そこでこの船の航行ルートの海域の様子を聞いたそうよ。 それによると、ルート周辺に深海棲艦の影は無いものの、他所で戦闘に敗れた深海棲艦が此方へ流れてくる可能性がある、と。無論追討艦隊は出ているらしいけれど、撃滅し切れなかった時の為に各自準備をしておくように、と聞いているわ」

 

ふむ、と一つ唸り、加賀の示した情報を咀嚼する。また出撃する可能性があるのならば、念入りに点検をしなければならない。加賀の言葉に了解と返し、甲板の手摺を後手に押し返し身体を動かす。そのまま加賀と連れ立って、菊月()は船室の中へと入るのだった。

 

―――――――――――――――――――――――

 

「……結局、こうなるのだな……」

 

片手に単装砲、もう片手には対空機銃。足首に魚雷発射管。腰には爆雷投射機とふた振りの刀。背にはロケットランチャーを背負い、完全装備で菊月()はそう呟いた。

 

「まあ、深海棲艦が出れば私達が戦わねばならんのが道理だ。その為の艦娘なのだからな。――さて、菊月のぼやいた通り我々が出ねばならぬ事態となった。撃ち漏らしが此方へ逃れてきているという情報が入ったからだ。だが、この船の守りも疎かにはできん」

 

武蔵の言葉にこくりと頷く、残る四艦。それを見回したのち、小さくコピーされた海図を配りながら武蔵は続けた。人差し指でくいっと上げた眼鏡が、きらりと光る。

 

「そこで、隊を二つに分けることにした。この船の護衛に私とハチが付き、敵の足止めないし殲滅には熊野と菊月を出す。加賀は、この船の甲板に待機しながら艦載機だけを熊野・菊月へ付けてくれ」

 

「艦載機だけ?それで良いのかしら、武蔵」

 

「ああ。発艦、そして第一次攻撃の後は艦載機を回収し、そのままこの船の護衛に充てて貰う。恐らく此方へ深海棲艦の手が回ることは無いだろうが、積荷に何かあってはいけないからな。熊野と菊月には負担を掛けることになるが――頼む」

 

もう一度眼鏡の位置を直しながら、武蔵はそう締めた。菊月()と熊野、横に並んだ此方へと真っ直ぐに視線をくれる武蔵に、二人で苦笑する。苦笑して、それから口を開いた。

 

「……何を今更。ドイツで、たった五隻で敵陣を突貫させた者の台詞では無いではないか。あれに比べれば、この程度どうということはない……」

 

「全くですわ。そもそも、わたくしと菊月の二人が居れば戦力としては及第点でしょう?むしろ過剰なほどです。手負いの艦隊程度、どうにでもなりますわ」

 

「全く。自信を持つのは構わんが、慢心だけはしてくれるなよ?我等が家を目の前にして沈むなど、悪い冗談だとしても三流以下だ。勿論、怪我もな。菊月も熊野も、帰還早々姉妹艦に叱られたくなければ気を入れろ。いいな?」

 

揃って頷き、細かな動きを確認する。その後装備した艤装を揺らしながら、甲板へと踏み出る。青い空に青い雲、きらりと光る波間が眩しい。そのまま甲板の端まで歩み寄り、手摺に足をかける。

 

「……よし。菊月、出撃を――」

 

「ああ、そうそう。菊月、少し良いか?」

 

踏み出そうとした瞬間に掛けられる武蔵の声。隣で先に海まで跳んだ熊野を見下ろしてから何事かと振り返れば、そこにあった武蔵の顔はいやに真剣な表情をしていた。

 

「作戦後に伝えようかとも思ったのだが、まあ触りだけでも知らせておかなければと思ってな。菊月、鎮守府へ帰投すれば、提督が直々にお前に話があるそうだ。要件は――いや、これは提督から伝えなければならんだろう。まあ、楽しみにしておけよ?」

 

「……呼び止められて何かと思えば、疑問が増えただけだったな。もう良いか、私は出るぞ……」

 

「ああ、邪魔をして済まなかった。武運を祈るぞ、菊月」

 

ぬっと伸ばされた武蔵の握り拳に、同じく拳骨をかち当て笑みを交わしあう。そのまま一気に、足に力を込め、仲間と敵と、懐かしい戦友の待つ海へ、身体を――




というところで、一区切り。

次回からは視点をガラッと変え、菊月達がドイツでだんけだんけしていた裏で鎮守府で起こったことを書いていきます。鎮守府編ですね。

なので、

菊月は、

当分、

お休みです。

菊月不在に耐えきれなくなったらその都度短編投げましょう。

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