私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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裏章。
菊月たちが船に乗って旅だった直後からです。

更新が二つ分も溜まってますねえ。たくさん書きたい。


八章裏
彼女のいない鎮守府、その一


「――行っちゃいましたね」

 

「ああ。暫くの間は、会えなくなる訳だ。寂しくなるな」

 

「まあ、心配ないぴょん。――本音を言えば、無茶しないかとか怪我しないかとかちょっと怖いけどぴょん」

 

三日月ちゃん、長月ちゃん、卯月ちゃん。水平線の向こうへ消えていった船を見送って、ぽつりぽつりと漏れてしまったという風なその言葉を、私はどこかぼんやりと聞いていた。

 

「そうねぇ。寂しくもなるし、怖くもなるし、一番臆病なのは私かも知れないわねぇ」

 

顔だけくすりと笑いながら、私は――この中では一番の姉である、如月()は、ちょっとだけ余裕ぶってそう笑った。背伸びをして、右手で影を作って遠くの水平線に目を凝らしてみる。やっぱり、菊月ちゃんの乗った船は見えなかった。

 

「うん、どうした如月?」

 

「何でもないのよぉ。ちょっと、まだ見えるかなって思っただけだから、ね?」

 

「そうか。ふふ、まあ姉であるお前からすればあいつは――菊月は、危なっかしくて気が気でないとは思うがな?」

 

「それは長月ちゃんも一緒よぉ。前に出ないだけで、菊月ちゃんより捨て身の時があるのは知ってるのよ?」

 

うげっ、なんて可愛い声を上げて固まる長月ちゃん。こういうところは、なんだかんだ言っていても普通の、見た目相応の反応なのよね。訳もなく安心して、私はぽつりと言葉を漏らす。

 

「そう思うと、変わってるのはあの子の方よねぇ」

 

「如月、今日は独り言が多くないか?」

 

「そうかしら?――あら、こんな時間。ほら、今日は私以外はみんな任務があったでしょう?三日月ちゃんは遠征、卯月ちゃんと長月ちゃんは出撃!ほら、間に合うように急ぎましょ?」

 

話題を変えるために急に切り出し、ぱんぱんと手を鳴らしながら三人の妹を追い立てる。そういえば、菊月ちゃんがこの鎮守府に来る前はこんな光景が多かったな、なんてちょっと昔を思い出した。同じように、そこへ変化をもたらした一人の妹も考え始めてしまう。

 

睦月型駆逐艦九番艦、その名を『菊月』という私の妹。姉妹の中では突出して性能が良いという訳でも、かつて『(ふね)』であった時分にとりたてて武勲があるという訳でもない彼女。ちょっとヘンな性格をこそしているが、艦娘としても人としても間違った存在ではない、可愛い妹。

 

でも、今の彼女の実力は――端的に言って、異常だと思う。

 

『菊月』。

あの細い白い腕を縦横無尽に使い、刀を振り回し敵艦の首を討ち。私がちょっとケアしてあげた白い髪を靡かせ砲弾を掻い潜り、次々に深海棲艦を沈めてゆく。なによりも、あの真っ赤に光る双眸の奥に秘められた考え、発想が『(ふね)』としては異質に過ぎるでしょう。

それが、あの異常なまでの戦果と負傷に繋がっているのだと思えば、少しは納得できるのだけれど。

 

「って、駄目駄目。こんな考え方、菊月ちゃんの事が嫌いみたいじゃない。はぁ〜、なんでこう、最近の私はネガティブになっちゃうのかしら?」

 

駄目よ、と自分に言い聞かせながら頭をぶんぶん振る。頭につけた髪飾りが、ぴっこぴっこと動くのがわかった。……そうね、今度は菊月ちゃんにアクセサリーを付けてあげるのも――違う。だから違うわ。ううん、でもネガティブになるのよりはまだマシなのかも。ポジティブに行こうと考えてみたら、自然と浮かんできたのは菊月ちゃんの笑顔だった。

 

『菊月ちゃん』。

綺麗な白い髪、白い肌。あの赤い目と白い髪のコントラストは、正直なところ私でもたまに見惚れるぐらいの素材だと思う。私よりもちっちゃな身体で、最近はアイドル活動も軌道に乗ってきた自慢の妹。本人曰く『向いてない』そうだけれど、どう見てもノリノリだしそんな風には思えない。ちょっと羨ましくて、最近は私もアイドルやりたいなあ、なんて思ってるのは秘密。まあ、女の子はアイドルに憧れるものだから構わないわよね?

最近は三日月ちゃんのお陰でお洋服も数を持つようになって来たし、私がスキンケアと髪のお手入れも手伝ってあげてるから一層可愛くなってると思う。髪と言えば、初めて……ううん、二回目に会った時はあの白い長髪もバサバサで、肌にも沢山の傷があったなぁ、なんて思い出してしまった。

 

「うーん、そういう意味での心配なら絶えないわねぇ。菊月ちゃん、ちゃんとお手入れ続けてくれるのかしら?――これは、もし帰って来た時にダメだったらお説教ね、うん」

 

腕を組んで、ちょっと頷いてみせる。ちらりと目に入った自慢の髪を見て、せめてこれぐらいは維持して欲しいなぁ、なんて思ってしまった。

 

「……って、あら?卯月ちゃん?長月ちゃん?」

 

「如月お姉ちゃん、二人ならもう出撃の準備に行きましたよ。お姉ちゃん、ずっと考え事してて動かなかったから置いてかれちゃったんですよ」

 

「あ、あら?……ちょっと恥ずかしいわね。それに、そんな長い間潮風に当たってたなんて……髪が傷んじゃう」

 

「もうっ。たった三十分で傷むわけ無いじゃないですかっ。それよりも、風邪を引く方が心配です。ほら、お姉ちゃん!早く部屋に戻りましょう」

 

三日月ちゃんに腕を引かれながら、ゆっくりと桟橋を後にする。後ろから吹きつけてくる風も、私の手を引く三日月ちゃんの手も、何もかもが私を桟橋から遠ざけようとしているようで。どうしようもなく、無性にその場所に名残惜しさを感じたまま、私はそこを後にしたのだった。




如月視点難し。

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