私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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最近更新が遅れ気味で申し訳ないです。


彼女のいない鎮守府、その五

昼食を終えて秋月さんと離れ、一旦部屋に戻って歯磨きをする。歯の表裏、舌のあたり、隅々まで磨いて口を濯ぐ。それを二度ほど繰り返し、最後に息をケアするチューインガムを一つ口に放り込んで、準備は万端。時計をチェックすれば時間も良い感じ、司令官もお昼を終えたぐらいだと判断して部屋を出た。

 

「……あら?」

 

司令官の執務室まで歩いて行くと、ちょうど執務室の扉を挟んだ廊下の向こう側の曲がり角に人影が消えるのが見えた。ほとんど姿は見えなかったけれど、ちらりとだけ目に入った髪の毛は多分茶色かったように思える。まあいいかしら、と結論付け、気持ちを切り替えて執務室の扉を軽くノック。小気味好い音の数秒後に、司令官からは入室許可が出された。

 

「睦月型駆逐艦二番艦『如月』、入室致します」

 

「如月か。用件は?」

 

「申請していた訓練用海域と、同じく訓練用標的の使用許可証を頂きに参りました」

 

親しき中にも礼儀あり。これが卯月ちゃん辺りだったらもっとフランクに行くのでしょうし、司令官もそれを許してくれるのだけれど――でも、締めるところは締めないと。でないと、お姉ちゃんとして失格だから。人知れずむっ、と気合を込めていると、司令官がこちらへ葉書大の厚紙を差し出してきた。ビニールのスリーブに入っており、首から提げられるように紐も備えられている。

 

「これで良い――使用許可証だ。既に話は通してあるが、これを明石に提示すれば演習用の模擬標的を使用できる」

 

「ありがとうございます、司令官さん」

 

「――精が出るな。お前が熱心に、それこそ妹と同じほどに訓練を重ねているのは知っているが、偶には休め。無理だけはするなよ」

 

「あらぁ、ありがとうございます。けれど、私は菊月ちゃんとは違いますから。か弱い私には、無理なんて出来ませんもの?」

 

「そうか。ならば良い。疲れたらマッサージでもしてやろうか?」

 

「下心が丸見えだけれど……うふふ、もっと私を見てくれるなら、それで良いかもぉ?」

 

くすりと微笑みを投げかけ、そのまま執務室を後にする。きちんとかかとを揃え、退室の礼も忘れない。なにせ私はお姉ちゃんなのだから。ゆっくりと丁寧に扉を閉めて、使用許可証を首から提げると、執務室に背を向けて、私は歩き出す。しばらく、という程でもない短い距離を歩き、早々に船渠には到着した。

 

「こんにちは、明石さん。司令官さんから話は通っていると思うのだけれど、演習用の標的と、訓練海域の使用許可をお願いしたいのですけれど」

 

「はい、伺っています。そちらに用意しておきましたのでお使いください。返却時間はヒトハチマルマルです。それまでならば、替えの模擬標的とも交換しますよ」

 

「ええ、分かりました。ありがとうございます」

 

「お疲れ様です、頑張ってくださいね!」

 

一言二言会話を交わし、そのまま船渠の奥へ。明石さんから使用の許可が降りた模擬標的を船渠の片隅に捉え、艤装を取り出し装備する。魚雷発射管も爆雷投射機も今日は使わない、今日の訓練には連装砲しか使わない。時間的にも陽射しの強い時間で、船渠の周りには誰もいないようだ。

 

「……まあ、これぐらい静かなら集中して訓練出来るわよね。如月、抜錨します」

 

フロート式の、海の上を引っ張って移動させることの出来る模擬標的数十個を牽引し、連ねて海へと出る。私の後ろをぴょこぴょこと付いてくる模擬標的は水鳥の雛のように思えて少しだけくすりと笑ってしまう。快晴涼風、訓練海域に到着した私は一つ二つの模擬標的を切り離してそれらから距離を取った。

 

「……さあ、始めるわよ」

 

今の私に唯一備えられた艤装である連装砲、それを右手で真っ直ぐに構える。左手は連装砲に添えて軽く曲げ、両足は軽く開いて立つ。膝には無理な力を込めず、自然に力が伝わるようにして――

 

「当たってぇっ!」

 

――発砲。構えた連装砲から衝撃と共に吐き出された弾が、真っ直ぐに空を切り模擬標的に着弾する。その中から弾け出されるのは炸薬ではなく緑色の塗料だ。それが二つ、模擬標的へと付着した。

 

「……うん、この程度なら問題無いわね。じゃあ本番、距離を離して練習しましょう」

 

毎日の訓練は、この為にある。後方で援護と索敵を主として戦闘する私が、みんなの役に立つ為に必要な長距離攻撃。それを更に磨く為、私は連装砲を両手で構えつつ標的から距離を取ったのだった。

 

―――――――――――――――――――――――

 

「はあっ、はあっ、はあっ……。うう、あんまりねぇ」

 

一時間……も、経過していないでしょう。構えや砲身の向き、風、波、対象の動き。それら全てを勘案して、頭を常に働かせながら砲撃をする。長距離攻撃――言うなれば狙撃に近いそれは、ただ砲撃をするよりも遥かに大きな負担をもたらす。身体的にもそうだが、精神的にだ。

 

「……命中弾が全攻撃の二割、満足の行くものはそれよりも更に少ない、のよね。……はあ、自信無くしちゃう」

 

無論、普通に考えて命中する筈が無いのは分かっている。何せ、連装砲の有効射程外からの砲撃を試みているのだから。けれど、『筈がない』なんかで済ませられる『筈がない』。到底実現不可能なことを、妹たちが行っているのだから。

だから、私も、妹たちに並ばないと。だって――私は、姉なのだから。

 

「……とは言っても、難しいわよねえ。とりあえず、模擬標的を交換しないと――」

 

「それなら、一緒に行こうよっ!!」

 

「ぃひゃぁっ!?」

 

――驚いた。突然真後ろから声を掛けられたこともそうだが、何よりもここにある筈のない(・・・・・・・・・)声がしたことに驚いて振り返る。そこには、

 

「にゃっふふ!二回目、いや三回目かな?ともかく、こんにちは如月ちゃん!――睦月だよっ!!」

 

睦月型駆逐艦――『一番艦』。睦月型ネームシップであり、私の唯一の『姉』である艦娘――『睦月』がそこに立っていた。




今日中にもう一話上げたいところ。

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