私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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K(キクヅキニウムが)
T(足りないと)
K(聞いたので)。
番外編。ギャグ回です。


閑話、パンツの日

「――お姉ちゃんっ!!わた、私のっ!!パンティーを買うのに付き合ってくださいっ!!」

 

「…………!?!?っ、んぅっ、げほっ、けほっ……!!」

 

昼下がり、睦月型私室にて。普段は穏やかに微笑んでいる筈の三日月が、その可愛らしい顔を真っ赤に――比喩でなく真っ赤に――染めて、菊月()へと向けて大音量で叫ぶ。不意打ちを受けた俺は身構える間も無く、飲もうとしていたペットボトルのほうじ茶を噴き出した。

 

――話は遡る。

 

今日は菊月()は朝から出撃で、卯月と長月を共に海へと出る予定だった。疲労は残るものの艤装にも身体にも傷は無く、問題のない作戦行動が可能な筈であった。

しかし、それにストップを掛けたのが如月だ。理由は菊月()の疲労と、その菊月()に疲労が溜まるほどの出撃を重ねさせたスケジュール管理。如月に促され数えてみれば、確かにこの一週間は休み無く出撃に遠征にと駆り出されていた。そうせざるを得なかったのだろうけれど、と前置きして如月は言った。

 

『だからぁ、今日は私が菊月ちゃんの代わりに出撃します。菊月ちゃんには私の用事を代わりに任せちゃうことになるけど――ゆっくり、身体を休めてね?』

 

そうして、如月から代わりに任せられた用事――三日月とのショッピングだ――を全うするために三日月のもとを訪れ、要件を尋ね……

 

「……けほ、けほっ。う、んんっ」

 

今に至る、という訳だ。率直なところ、『俺』も『菊月』も余りのことに狼狽し、硬直している。赤面しないのは、どうにか驚き顔を保っている『菊月』のお陰だろうか。どう返答しようか迷っていたところ、未だ顔を赤くしたままの三日月が口を開く。無理をするな、と声をかける間も無く、その口から声が紡がれた。

 

「……ぁ、あのっ。その、如月お姉ちゃんとは、元から下着を見に行く予定でっ。その、菊月お姉ちゃんとだからパンティーを買いに行きたい訳では無くて!いや、行きたくない訳では無いんですけれど!ああもう、何をどうしたら良いんでしょう……!」

 

「……落ち着け。要するに、如月と買い物に行く予定だったのだろう。そこで、恐らくはパ、っ……ぱんてぃーを、見る予定だったと。ならば、如月から代わりを頼まれた私が同行する。それで問題は無いだろう……?」

 

「は、はいっ。そうですけど。――っ、一緒に行ってくれるんですかっ!?」

 

驚きと喜色に輝いた三日月の顔を見て、苦笑しながら頷く。下着を買いに行くといっても、所詮は只の買い物。むしろ場を引っ掻き回す卯月や如月がいない分、三日月もすんなりと目的のものを買えることだろう。

 

この時の俺は、そんな風に全てを楽観しながら、如月の代わりとなることを了解したのだった。

 

―――――――――――――――――――――――

 

しゃっ、という軽快な音を立てて灰色の厚いカーテンが開けられる。売り場から奥まったところに存在する試着室の真ん前。何度か同じことを繰り返した俺の目の前に飛び込んで来たものは――

 

「あ、あの。――どう、ですか」

 

――やはり今回も、愛らしい三日月であった。恐らくは上質な綿で出来たライムグリーンのブラジャー、そしてパンティー。店員に許可を貰い身に付けたそれらが三日月のなだらかな肢体を柔らかく覆い隠している。その背後には大きな鏡。三日月の背中と尻の映し出されたそれの横には、取捨され物色されたパンティーがいくつも重ねられていた。

 

「……似合って、いるぞ」

 

「っ、菊月お姉ちゃん、さっきからそればっかりです」

 

言われて、むっと口篭る。パンティーを買いに来た筈が下着全ての物色になっていることに関してはもう諦めたが、確かに三日月の言う通りさっきから菊月()は似合っているとしか口に出していない。『俺』は勿論緊張と羞恥で、『菊月』は口下手故に、それ以上の言葉が出てこないのだ。

とはいえ、これでは三日月を退屈にさせてしまう。如月の代行として来た以上、何かコメントはせねばなるまい。

 

「……しかし、どう言うか。……好みだ?……愛らしい?……抱きたい、か……?」

 

「――っ!?」

 

自己の内に没入し、『菊月』と二人で会議を重ねる。ぶつぶつと幾らか声が漏れているだろうが、気に留めている暇はない。そうして二人で一つの結論に辿り着き、意識を三日月へ向ける。何故か赤面した下着姿の三日月が、ちょっと縮こまりつつ此方を見ていた。

 

「……どうした?」

 

「ひゃっ!?い、いえ!」

 

「そうか。……そうだな、三日月」

 

「どう、しました?菊月お姉ちゃん」

 

こほん、と咳払いをして、三日月が脱いだブラジャーのうち一つを手に取る。黒いレース地の、パンティーとセットになった、幼い三日月の印象からは少し離れた大人っぽいデザインのものだ。それを目の高さまで掲げて言う。

 

「これ、だ。……お前の印象ではないだろうが、それでも私は、これを身に付けたお前も新鮮で良いと思った。……成長したようでな。それを、また、見たいと思った」

 

「お姉、ちゃん。――ふふ、そんな言い方。勘違いされちゃいますよ?『お前にこの下着を着せたい』って」

 

「なあっ!?いや、私は――」

 

「大丈夫ですよ、お姉ちゃん。私は分かってますから。お姉ちゃんが、一生懸命考えて言葉を選んでくれたことも、ちゃんと」

 

「……む。お見通しか……」

 

どうやら、菊月(俺達)の奮闘は全く空回りだったようだ。けれどくすくすと可笑しそうに、しかし嬉しそうに笑う三日月を見ているとそれもどうでもよくなってくる。つくづく妹には甘いな、と二人で呆れあい、溜息がてら口を開いた。

 

「……やはり、三日月には敵わんな。私には如月の真似事も出来なかったよ……」

 

「いいえ、そんなことはありません。お姉ちゃんと買い物に来れて、良かったです」

 

「ならば、良いのだが。……しかし、改めて種類が多いな此処は。どれ、私も幾つか見繕うとするか。そうだ、三日月。詫びも兼ねてだが、お前も私のものを幾つか――」

 

言い終わる寸前の俺の両肩に、三日月の両腕ががっちりとホールドされた。金の双眸を光らせて、ライムグリーンの下着を身に付けたまま俺を凝視する三日月。その姿に暫し戦慄する。

 

「いいんですか?」

 

「あ、ああ。お前が嫌でないならば――」

 

「嫌なわけありませんっ!さっきだって、私は自分のパンティーを探す傍にお姉ちゃんに穿かせたい――もとい、お姉ちゃんに似合いそうなパンティーをずっと探して覚えていたんですから!」

 

「な……っ!?お、おい三日月――」

 

「そうと決まれば、善は急げですっ。これら試着したものは全部購入して、鎮守府に送って貰って。お姉ちゃんにぴったり似合うパンティーを探しましょう!」

 

「待て、待て三日月!引き摺るな、おい――」

 

結局はいつも通りと言うべきか、菊月()は何かに火のついた三日月に連れ回され、幾つものパンティーを穿かされた。『菊月』は羞恥でオーバーヒートしていたけれども、『俺』にとっては大変有意義な時間であったことを記しておく。

 

……買わされたパンティー、そのうちの一つ。三日月に『絶対に買って穿いてください!』と頼まれたものを穿いて風呂へ行ったところ、それが三日月のものとお揃いであると指摘されたのは、また別の話。




8月2日はぱんつーの日。

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