私が菊月(偽)だ。   作:ディム

178 / 276
徐々に展開。


彼女のいない鎮守府、その九

最初の戦闘以降に、散発的に襲い掛かって来ていた深海棲艦を駆逐し海域を掃討し、日が傾きかけたころに鎮守府へ帰還する。今日の任務はそうなっていたし、それ自体は滞りなく終了した。

 

「っ、この深海棲艦はっ!!」

 

「やりにくいっぴょん!」

 

「やっば。やりにくいとか以前に、そもそも戦力差がマズいっしょ!?」

 

問題はその後、鎮守府にほど近いところまで帰還した際に襲撃してきた一つの艦隊。戦艦ル級二隻、空母ヲ級二隻、雷巡チ級一隻。そして――

 

「――アノ白イ駆逐艦ハイナイヨウダナ?ナラバ、貴様ラニ用ハナイ……!!」

 

「お前に無くてもこっちにはあるんだよ、深海棲艦!あのとき散々邪魔してくれたこと、忘れたなんて言わせないからね!!」

 

「ヌカセ、私ハ貴様ナンゾ知ラヌワ!!」

 

――飛行場姫。以前菊月ちゃんが見えた時とは様子が変わり、嘗て艤装として背負っていた飛行甲板を一つに束ねたような大剣をその異形の右腕に握っている。川内さんと攻防を繰り広げ振り回されるそれは、一目見ただけでも脅威と認識出来た。

 

「くうっ!――全艦!鎮守府に救援を要請したから少しだけ耐えて!!誰も沈んじゃ駄目だよ!!」

 

戦艦と空母の攻撃を回避しながら、川内さんの声に耳を傾ける。右、左、また左。次々に襲い来る暴力(砲弾)を掻い潜り反撃を試みるが、戦局には焼け石に水だろう。

 

「――艦載機!第二次攻撃なの!?やっぱり先に空母をどうにかしないと……!」

 

「なら、うーちゃんが行くぴょん!如月、援護して!」

 

「まだ様子を見た方が、なんて聞かないわよね!分かったわ、行って来なさい卯月ちゃん!!」

 

私の言葉を聞いて、即座に反応し駆け出す卯月ちゃん。その背後にぴったりとくっ付きながら、艦載機を狙い攻撃してゆく。周囲を確認すれば、睦月ちゃんと弥生ちゃんは雷巡チ級へと砲撃を射かけ、鈴谷さんはたった一人で戦艦ル級二隻を相手取って耐えていた。

 

――なら、せめて私もなにかしなくちゃ。ここでやらなきゃ、『如月(わたし)』はまた、何の役にも立たない(ふね)で終わっちゃうもの。

 

「卯月ちゃん、あなたは前だけ見て!今、その艦載機を墜とすわ!」

 

「勿論、やってやるっぴょん!その代わり背中と艦載機と、あと横は任せたぴょん!」

 

卯月ちゃんの叫び声に苦笑し、応えるように艦載機を攻撃する。背後から放たれたであろう戦艦の一撃が背部艤装に命中し身体を灼いたが、そんなものは耐えてみせる。『如月』は、もう二度と沈まないのだから。

 

「欲張りな卯月ちゃん!でも構わないわ、だって私はお姉ちゃんなんだもの――今よ、行ってぇ!!」

 

連装砲から放った弾が爆雷を投下する寸前の艦載機を撃ち抜き、その周辺の艦載機まで纏めて炎に包み込む。それを確認するや否や、私は卯月ちゃんの背中へ行ってと叫んだ。

 

「ぷっぷくぷぅー、これで沈むっぴょん!!」

 

跳躍し、加速し、ヲ級の正面へと猛進する卯月ちゃん。新たな艦載機を発艦させようとするその胴体へ――抜き放った軍刀の一閃。まるで菊月ちゃん()のようなその一撃が、ヲ級の胴を袈裟斬りに斬り裂いた。よろめくヲ級を目にしたもう片方のヲ級が、青白い目に憎悪の炎を宿し杖を構える。

 

「とはいえ、まだ菊月ちゃんみたくは行かない見たいねぇ。――まあ、そんなことは問題では無いのだけれどぉ!」

 

――私から目を離したのが運の尽きよね。止まった空母なんて良い的だもの。

杖を構えるヲ級へと放った魚雷はしっかりとその役目を果たし、その船体を傷つけ破壊し水底へ送り返す。直ぐさま振り向き砲を構えたけれど、その先に居る筈のヲ級は既に卯月ちゃんに沈められていた。

 

「さあ、ゆっくりしてる時間は無いわ。早くみんなの救援に――」

 

「うあぁぁぁぁあっ!!?!」

 

悲鳴と共に、飛来した何かと衝突し吹き飛ばされる。ぱちぱちと視界が明滅し、たらりと真っ赤な鮮血が額から流れ落ちる。顔を濡らすそれを拭い、私の頭には傷が無いことに気がついた。

 

「如月っ!?川内っ!?しっかりするっぴょ――うぴゃあっ!?」

 

「ちょっ、マジヤバなんですけど!みんな、これ以上は駄目なら下がって!鈴谷が――ううっ!?」

 

私に覆い被さっているのは、どうやら川内さんらしい。急いでその身体を押し除け立ち上がろうとして、彼女の身体を斜めに走るぱっくりと開いた斬り傷が目に入った。

 

「う、くっ。ご、ごめんね如月。私のことは良いから、早く立って逃げて」

 

「そんな、出来ません!それに、救援を呼んでいるのでしょう!?それまでは、私達が守りますっ」

 

「救援?――っ、私は、なんてことを!駄目っ、あれの前に戦艦なんか出したら――ぐうっ!?」

 

「川内さんっ!?」

 

言いかけて痛みに呻き、気を失った川内さんの身体を抱き抱えつつ連装砲を構えて戦艦を牽制する。せめて立ち、駆け回り雷撃が撃てれば。そう愚痴を漏らしつつル級の腕だけを執拗に狙い続ける。

 

「チ、ハエガ鬱陶シイ。マズハ貴様カラ――ヌッ!?」

 

ル級とチ級を下がらせた飛行場姫が剣を振り被る。それに力が篭り切った瞬間、彼奴の大剣が空を斬り裂いた。同時に空中で発生する爆発、あれは砲弾が破裂した際のもの。飛行場姫が向ける視線の先を見れば、そこには海面に仁王立ちする戦艦『金剛』とその複数の僚艦が居た。

 

「川内さんっ!ほら見てください、金剛さん達が来てくれましたよ!」

 

血を流し、顔の青ざめた川内さんにそう呼び掛ける。返事は無いものの、身体はピクリと動いた。まだ大丈夫、そう思った私に届いたある言葉に耳を疑う。

 

「Hey、アナタがさっきまで暴れてくれた深海棲艦デスネー?良く良く見れば見覚えのある顔デース。――全員無事とはいえ、私の鎮守府で良くもやってくれマシタ。大和や第一艦隊の仇(・・・・・・・・・)、討たせて貰いマース!」

 

「ホザケ、貴様モ同ジ目ニ遭ワセテヤル……!」

 

『大和や第一艦隊の仇』、金剛さんは確かにそう言った。ならば少なくとも、既に第一艦隊は彼奴に敗れたということだ。そして川内さんの言い残したことを加味すれば――。

 

「さあ、沈みなサーイ!艦隊、砲門セット!ファイ――」

 

「――金剛さんっ!!避けてぇっ!!」

 

咄嗟に叫ぶ。私の声に一瞬だけ此方を向いた金剛さんが、何も言わずにその場から飛び退いた。同時にそこを通り抜けてゆく真っ白な影と真っ黒な鉄塊。ぶしゅり、と金剛さんの胴が浅く裂かれる。

 

「Shit!しかし、お陰で助かったデース!」

 

「……外シタ、イヤ浅イカ。コノママデハ不利ダナ」

 

「っ、逃げるっての!?ここまでされて黙ってられるわけ無いじゃん!」

 

「ダロウナ。ダガ、貴様ラハソノ女ヲ見殺シニスルツモリカ?……ソウイウコトダ。……白イ駆逐艦ニ伝エテオケ、貴様ヲ必ズ引キ裂イテヤルトナ」

 

捨て台詞を残して、静かに海面下へと消えてゆく飛行場姫とその配下。重い沈黙が残る海に、川内さんと金剛さんが痛みに呻く声だけが残る。私達は、心に重いものを感じたまま急いで帰投したのだった。




今日は話数合ってるはずです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。