私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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神通さん重点な。


番外編、菊月と神通のお出かけ、上

「あの、少し良いですか菊月?」

 

「……む、もご。……んっ、神通か。どうした……?」

 

時刻は朝、七時半。今日は俺だけが姉妹のうちで出撃も遠征も無く、ゆっくりと起きて一人で朝食を摂っていると神通に声を掛けられた。今日の朝食はクロワッサンとベーコンエッグ、そしてサラダ。バターを塗ったあつあつのクロワッサンの欠片を飲み込み、背後に立つ神通を返り見る。大人しく柔らかそうな部屋着の神通の姿は、少し新鮮に感じた。

 

「いえ、珍しく一人でしたので。皆さんはどうされたのです?」

 

「……如月と三日月は出撃、卯月と長月は遠征だ。今日は私だけ海に出ることが無く、予定も無いのでな。このような時間にゆっくりと朝食を楽しんでいるのだ……。そういうお前も遅いようだが?」

 

「実は、私も今日は休みで。――そうですね、丁度いいかも知れません」

 

ぼそりと呟いた神通の言葉尻だけが聞こえず、頭に疑問符を浮かべつつベーコンエッグを口に運ぶ。程よい塩味とケチャップの酸味が食欲を唆る。小さな口いっぱいに頬張り、もぐもぐと咀嚼しながら続きを促してみると神通は苦笑して、

 

「いえ、菊月に少し買い物に付き合って貰おうかと思いまして」

 

「……む。買い物か?構わんが、珍しいな……。何を買うのだ?」

 

「ずっと使い続けていた布団が、潰れて擦り切れて来てしまいまして。百貨店にでも見にいこうかと思っていたのです。おそらくあなたの姉妹達と出かける時よりはつまらない買い物になるでしょうけれど、付き合ってくれますか?」

 

「……他ならぬお前の頼みなのだ、断る筈も無いだろう。それに、つまらない買い物になると決まった訳でもないだろう……?付き合うさ……」

 

片目を瞑り格好つけてそう言うと、神通はふわりと花が咲いたように笑う。どことなく気恥ずかしくなって、皿の上のベーコンエッグを掻き込めば神通が語りかけて来た。

 

「今がマルナナサンマルを少し過ぎたぐらいですから――そうですね、マルキュウマルマルに鎮守府の正門で待ち合わせをしましょう。電車に乗りますので、お金は用意しておいてくださいね?」

 

「……ああ、心得ているとも。私ももう朝食を終える、さっさと用意を済ませるさ……」

 

言って、最後のクロワッサンの欠片を口に放り込む。それを飲み込み終わりトレイを持ち、立ち上がろうとした所を神通に「待ってください」と制止された。

 

「……どうした?まだ何かあるの――むぐっ」

 

言いかけた口を重ねたティッシュで塞がれる。そのままごしごしと擦られ、菊月()は神通にされるがままになる。数秒後にティッシュが離されると同時にぷはあっと息をすれば、その菊月()の唇にはぐっと伸ばされた神通の人差し指が押さえつけられた。むにゅっ、と柔らかく歪む唇から、同じく柔らかくすべすべとした神通の指の感触がする。

 

「口の周りに、ケチャップが沢山ついていました。女の子なんですから、ちゃんと気を付けて綺麗に食べなさい。分かりましたか?」

 

「……む、分かった……」

 

腰に手を当ててそんなことを言う神通が、まるで年の離れた姉のように見える。いや、感じているのは『菊月』か。『俺』としては口の周りにケチャップをつけるなど恥ずかしいことこの上ないが、どうも行動が身体に引かれてしょうがない。まあ、注意したところで『俺』は『菊月』の望むように動くから意味は無いのだが。

『菊月』の感じる嬉しさのようなものを『俺』も何となく感じながら、俺はいそいそと食器の片付けへと足を向けるのだった。

 

 

 

部屋へ帰ればベッドを飛び越え、その向こう側に備えられた菊月()用の箪笥を開ける。真っ先に目に入るのがハンガーに掛けられたたくさんの服達、それらを見回して、着て行く服に関して悩んでみる。服に関しては『菊月』と『俺』の趣味は似通っており――極端なもの以外だが――、今日は『菊月』の思うような服を手に取り、

 

「……そういえば、神通の私服を知らぬな……」

 

服を脱ぎつつふと、そんなことに気付いた。同時に脳裏に閃くのは如月の教え、その内の一つ。『出来る限り、他の子と服は被らないようにしなさい?』、如月は確かにそう教えてくれていた。

 

「……ならば、うむ。神通が着て来そうな服を推測せねばならんか……」

 

うむ、うむと唸りながら、下着姿でベッドに胡座を掻き考え込む。思えば、外出に着て行く服のことでここまで悩んだのは初めてではなかろうか。何故かやたらと不満げな三日月の顔が頭を過ぎったが、それは傍に置いておく。イメージ通り大人しいスカートかとは思うが、意表を突いてパンツルックで来るかも知れない。

 

「……結局、悩んだところで仕方がない、か……。うむ、神通はきっとスカートだ。ならば、私はパンツにするべきだな……」

 

半ば断定気味に結論を出し、それに対応した服を選ぶ。無地のTシャツに赤いチェック柄のパーカー、黒いぴっちりとしたジーンズに帽子。いつもの感じで軽く纏めて集合場所へと行ってみれば、やはり神通はスカートタイプの普段着を着てきていた。

 

「あら、菊月。お洒落な服を着ているんですね?」

 

普段の制服の橙色よりも淡く明るいオレンジ色の上着と、その下の柔らかな白色のシャツ。そして同じく上品なグレーのロングスカート。そのどれもが作用して、神通を美しく飾っていた。

 

「お洒落な、という言葉はむしろお前に似合うがな。淑やかに佇んでいるからどこのお嬢様かと思ったぞ?」

 

「あら……嬉しいですね。そういう菊月も、その――ろっく?で可愛らしいですよ」

 

「……ぷっ。せめてもう少し流暢に言うんだな。……まあ、じゃれ合うのもこのぐらいにしておくか」

 

「ええ、そうですね。今日は一日よろしくお願いします。さあ行きましょう、菊月?」

 

バッグを肩から掛けて歩き出す神通の横に並び、菊月()には少し広い神通の歩幅に合わせて歩き出す。ぽつぽつと他愛もないことを語り合いながら、俺達は一路最寄駅へと向かったのだった。




駆逐艦「菊月」の設計図とかどっか日本にあるのかねぇ。

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