私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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如月ちゃん。


如月の意地、その一

執務室の窓から見える空にはぽつぽつと雲が浮かび、それらがゆっくりと流れてゆく。私の好きな花の色のような紫色の空はとうに消え去り、まだほのかに月が見える青い空を眺めながら、私達は司令官が口を開くのを待っていた。

 

「――さて」

 

白い帽子の黒いつばをくっと上げ、そこから覗く真剣な瞳が私達を捉える。自然と強張る身体を解きほぐすように深呼吸。私が自然体でいないと、妹達が緊張しないとも限らない。笑顔、笑顔。

 

「睦月、如月、弥生、卯月、皐月、文月、長月、三日月、望月。――全員揃ったようだな」

 

横一列、執務室にずらりと並んだ私達睦月型の名前を、端から順番に呼んでゆく司令官。端まで呼び終えた後、少しだけ躊躇ってから次の言葉を口にした司令官の表情は少しだけ暗いように思える。その横に――金剛さんの姿は無い。

ちらりと左右を見てもみんな固まってしまっている。ならば、私が話を先に進めさせなくちゃ。

 

「あの、司令官?私達睦月型にお話というのは……」

 

「う、うむ。済まないな如月、気を遣わせたようで。どうも私だけだと調子が良くないというか――いや、そんなことはどうでも良いのだ。きみたち睦月型に、一つ任務を与える」

 

「任務を?提督さん、それはどんな内容なんですか?」

 

「ああ待て、その前に現在の状況とあの敵について伝えなければならないんだ」

 

んっ、と喉を鳴らして、執務机の上に置いた紙へと視線を落とす司令官。自然と気になってしまうけれど、内容は読み取れなかった。資料のタイトルも無いみたいだったし、恐らくは大本営への提出書類やきちんとしたレポートではないのだと思うのだけれど。

 

「まず現在の我が鎮守府の状況からだ。第一艦隊の面子であり、この鎮守府の最高戦力である戦艦と空母――大和、赤城、天城、衣笠、青葉、神通。加えて川内と金剛。これら艦娘が何れも大破及び中破の損害を負い、この影響で現在のこの鎮守府の戦力は著しく低下している。明石が急ピッチで作業をしてくれているが、満足のいく復旧はおよそ五日後になる見込みだ。原因は此処にいる君達ならば知っているだろう」

 

「……改めて聞くと、酷い有様よね」

 

「そして、その原因である飛行場姫は君達睦月型を狙っている。厳密に言えば、睦月型と神通になるが。菊月と縁の深い者を狙うことで菊月を釣り出そうという算段らしい、と彼奴に斬り掛かられた神通がそう言っていた。ここまでは良いな?それを踏まえて――」

 

「――あ、あのっ!」

 

次の話へ進もうと口を開きかけた司令官を遮るように、三日月ちゃんが声をあげた。促すような司令官の視線に、三日月ちゃんはありがとうございますと礼を言って話し出す。

 

「あの、やっぱりおかしいです。いくら飛行場姫が奇襲を掛けたとして、それで大和さんを大破させたとしても、それでも第一艦隊の皆さんが揃って敗れるなんて信じられません。まともに戦闘をしているのなら、空母の皆さんの艦載機や重巡・軽巡の皆さんで撃退して余りあるほどの筈です」

 

「三日月、確かに君の言うことは正しい。まともにやっているのならば、第一艦隊が敗れる道理などほとんど無いのだからな。――そうだな、その説明もしようか」

 

机の上の紙に外した帽子を置き、司令官は続ける。

 

「君達には、『飛行場姫の戦法は菊月と同じ奇襲である』と説明したな?菊月の戦法を知らない者は――いないな、続けるぞ。菊月の奇襲を模倣した飛行場姫だが、第一艦隊の面々から聞いた飛行場姫の戦闘方法はまさしく菊月と同じだったそうだ。『奇襲』に加え『砲弾の斬り払い』、そして『被弾覚悟の突貫』まで」

 

「司令官、それって――」

 

「そうだ。一言で言ってしまえば『格上殺し』。菊月が自身を省みずに戦艦ル級やレ級、ひいては飛行場姫本人を打倒する際に用いた刀を使った戦術そのものだ。飛行場姫にとっての『格上』、第一艦隊はこうして倒されたらしい。まともな戦闘などさせてくれなかったらしい」

 

執務椅子に深く腰掛けた司令官が、大きく溜息をつく。

 

「加えて、飛行場姫は駆逐艦でもなんでもない深海棲艦だ。菊月(駆逐艦)とは比べ物にならない装甲と体力が、その戦法を補強している。むしろ、この戦法は飛行場姫向けだとすら言えるだろうな。――これで説明は充分か、三日月?」

 

「……はい、ありがとうございます……」

 

うな垂れたように引き下がる三日月ちゃんを余所目に、私の胸に蔓延していたのは畏怖とも恐怖ともつかない感情だった。司令官の言う通り、菊月ちゃんの戦法は本来ならば飛行場姫や、それでなくても戦艦のような艦種の艦娘が採るべきだ。でなければ、リスクが大き過ぎる。

――それを、菊月ちゃん(あの子)は平然と行っている。傷を負うことすら恐れずに、恐怖を感じていないかのような顔で。それが、私に薄ら寒いものをもたらした。

 

「――話を続ける。これまで通りの作戦展開――鎮守府近海に出没する強力な深海棲艦の討伐任務を続けることにも、かの飛行場姫の存在が障害になっている。眼前の強力な深海棲艦と戦闘している最中に真横から凶悪な姫に急襲されることの恐ろしさは、説明する必要が無いだろう。これらを踏まえた上で、君達に一つの作戦を通達する」

 

「司令官、どんな作戦でもボク達はやるよ。睦月型が逃げ出す訳には行かないんだから」

 

「そうか。――君達睦月型を三隊に分け、それぞれ護衛を付けて遊撃させると同時に例外的深海棲艦を討伐させる。君たちの任務は深海棲艦の撃滅と――飛行場姫の誘引」

 

ごくり、と無意識に唾を飲み込む。飲み込んでからそのことに気づく。司令官の示した作戦は、つまり――

 

「――君達睦月型駆逐艦には、第一艦隊復帰までの囮を務めてもらう。君達だけに苦痛を強いるような作戦を採用するしかない私を許してくれ」

 

執務机に両手を着き、頭を下げる司令官。私達はそんな司令官を前に、言葉を発することが出来なかった。




というわけで、囮作戦です。

『菊月をいびり出したい飛行場姫を引きつけておくために睦月型を囮にして、その間に第一艦隊を治して準備を整える』というのが作戦概要。

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