私が菊月(偽)だ。   作:ディム

184 / 276
むつきさ回。


如月の意地、その二

司令官から飛行場姫の誘引任務――もとい、囮任務を拝命した私達は一度解散した。皐月ちゃんと卯月ちゃんは連れ立ってどこかへ行ってしまったし、文月ちゃんや三日月ちゃん、長月ちゃんは朝食へ。弥生ちゃんは望月ちゃんを連れてお風呂に入ってしまって、自然と残された私と睦月ちゃんは特に何をするということも無いままに、船渠にまで足を伸ばしていた。

 

「囮作戦だって。如月ちゃん、どう思う?心配だったりしない?」

 

「うーん……。そうねぇ、正直に言うととても心配。司令官が私達に期待をしてくれているのは嬉しいし、護衛も付けてくれるとは仰っていたけれど……」

 

「そう、だよねぇ。にゃーっ、心配で心配で潰れちゃいそうだよぉ!」

 

わしわしわし、と自分の頭を掻き乱す睦月ちゃん。せっかくしっかり落ち着いていた髪が見る見るうちに跳ねて、四方へと爆発してしまった。

 

「ちょ、ちょっと睦月ちゃん?髪の毛がその、楽しいことになってるわよ?ちょーっと落ち着いた方が良いんじゃないかしらぁ」

 

「にゃしっ……。うん、そうするよ。ってうわ、本当にひどいっ!?うわーん、鏡ってどこだったっけ如月ちゃーん」

 

「もう、慌てんぼなんだから。――座ってて、私が整えてあげるわ」

 

「ほんと!?やーったあ、ありがとう如月ちゃんっ!!えへー、睦月の髪を触ること、特に許すにゃしぃ!」

 

「もうっ、調子良いんだから」

 

にへーっと笑った顔を此方へ向けた睦月ちゃんをベンチに座らせ、私はその後ろに回ってゆっくりと髪を梳いてゆく。私と似た、それでいて少し赤みの強い短い髪が少しずつ落ち着いてゆく。

 

「うんっ、良い感じね」

 

「あ、それ文月ちゃんの真似?あんまり似てないよっ」

 

睦月ちゃんの髪を梳かすことに、そこはかとなく満足感を覚える。少しずつゆっくりと指を進めて行って、同じように流れる時間を楽しむ。ふぁ、と漏らしそうになった欠伸を噛み殺していると、不意に睦月ちゃんが口を開いた。

 

「ねえ、如月ちゃん」

 

「なあに、睦月ちゃん」

 

「如月ちゃんはさ、出撃が怖い――ううん、嫌だと思ったことはある?」

 

睦月ちゃんからの問いにふむ、と考える。恐怖なら何度も感じたことはあるし、痛みはその倍ぐらい感じる筈。しかし、『嫌だ』となると――。睦月ちゃんの髪を撫でる指を止め、ちょっとだけ考えてから私は口を開いた。

 

「そうね、嫌だと感じたことはほとんど無いわ。だって、出撃して深海棲艦を沈めることが如月()の――ううん、艦娘(私達)の役目だもの。『嫌だ』なんて、自分の(・・・)存在意義を(・・・・・)否定(・・)する(・・)ような(・・・)考え(・・)方は(・・)持っ(・・)()ことが(・・・)無いわ(・・・)

 

すらすらと、何も考えていないのに口から言葉が流れ出る。だって、それは当たり前なのだから。『艦娘(私達)』とはそういうもの(・・・・・・)だ。――だけど。

 

「――だけど。最近はちょっと変わったわねぇ。少なくとも一つ、絶対に『嫌だ』と思うことが出来たわ」

 

「――それは、妹が傷つくと分かっていて戦場に向かうのを止められない出撃。だよね、如月ちゃん?」

 

……驚いた。何故かって、私の考えていたことと全く同じことを睦月ちゃんが口にしたからだ。そう、私は、妹たちが傷つくのを見るのが嫌だ。『艦娘としての義務』よりも、何よりも。

 

「そう、ね。睦月ちゃんの言う通りよ。だから、私はこの作戦があまり好きではないの。――私が傷つくだけなら良いわ。でも、みんなが傷つくのは許せない」

 

「だから、もっともっと強くなりたい。みんなを守って、深海棲艦をやっつけるために」

 

「……もうっ、睦月ちゃんってばなんで私の言いたいことが分かるのかしら。ちょっと驚いたわ?」

 

「えへへ、分かって当然だよ。だって、睦月()もみんなのお姉ちゃんなんだから!」

 

あ、と声が漏れた。そんな私に向かってなんでもないような顔をしながら、睦月ちゃんは続ける。

 

「如月ちゃんはここで、睦月はあっちで。一番上のお姉ちゃんの苦労は、おんなじお姉ちゃんにしか分からないでしょ?だから、睦月が考えてることと如月ちゃんが思ってることはきっと同じだと思って!」

 

「――ならきっと、この作戦に対して考えてることも、同じよね?」

 

すうっと息を吸って、浮かべていた笑みを消す。睦月ちゃんになら、真剣な顔をしても良いかなって思い、吸い込んだ息を吐き出すのに合わせて言葉を発した。

 

「たった一人早く沈んで、みんなが傷つくのを眺めてるだけなのは、もう沢山だから。私は、飛行場姫に、妹たちを傷つけさせない。――これは私の……『如月』の『意地』よ、睦月ちゃん」

 

「それも同じだよ、如月ちゃん。睦月型のお姉ちゃんは私なんだから、卯月ちゃんに辛いのを押し付けたりしない。卯月型なんてもう呼ばせない、みんなを守る!これが睦月の『意思』だよ」

 

「ちょっと厳しいけれど、だからって諦める訳には行かないわよねぇ。頑張りましょう、睦月ちゃん?」

 

言って、睦月ちゃんの両肩をぽんと押す。とっくの昔に髪を抄き終わっていた睦月ちゃんは、その反動でよろめきながら立ち上がった。

 

「あ、あと如月ちゃん!如月ちゃんだって睦月からしたら妹なんだから、ちゃんと気をつけて作戦行動をするにゃしぃ!」

 

「うーん、そればっかりは保証しかねるわね?」

 

意識してくすくすと笑い、その場でくるりと回転して睦月ちゃんの手を躱す。任務までの僅かな時間を、私達は無邪気に遊んで過ごしたのだった。




次回は戦闘、かな。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。