灰色の雲が空一面を覆い、吹き付ける風は冷たく強い。時折訪れる突風に髪を抑えれば、私の髪飾りがばたばたと揺れた。その拍子に振り向けば、そこには見知った私の妹――
「ん、どうしたぴょん?」
「あ、なんでもないの。ただちょっと風が強かったから」
「ならいいぴょん。てっきり深海棲艦かと思ったけど、もしそうだったとしてもうーちゃんが一刀両断するっぴょん!」
「……卯月ちゃんは元気ねぇ。もう二戦したのに……あら?」
桃色の髪をして、刀を抜き放ち振り回す卯月ちゃん。名前と同じようにぴょんぴょんと海面を跳ね回るその姿に有り余る元気さを感じていると、ふと目に止まるものを見つけた。卯月ちゃんの提げる軍刀、その鞘だ。
「今度はなんだぴょん、如月?」
「ええ、その鞘なんだけれど……色、変わったわよね?黒だったのが綺麗なピンク色になっているし……」
「ふっふっふ、実は鞘だけじゃ無いのでっす!今まで使ってた軍刀をベースに、明石さんに再調整してもらったんだぴょん!斬れ味も上がったし軽くなったし、これで飛行場姫も一撃ぴょん!」
なるほど。確かに卯月ちゃんは姉妹の中でも――菊月ちゃんを除いては、だけれど――最も刀をよく使うし、その実力も高い。なら、その卯月ちゃんに合わせた
「あ、そう言えば皐月も明石さんに何か作ってもらってたぴょん。多分軍刀――って言うより刀だと思うけどぴょん」
「刀を?うーん、今日帰投次第見てみたいけれど――今はちょっと気を抜けないわよね。霧島さん?」
「そうですね、そろそろ通信の時間です。――天龍、私は今から通信に入りますので、周囲の警戒をお願いします。同様に如月、卯月、文月は海上警戒を。伊58は海面下の警戒を!」
了解、と大きく返事をして、旗艦の霧島さんから飛ばされる指令に従う。ちらりと見回せば、卯月ちゃんの他に砲を構える幾つかの人影。天龍さん、文月ちゃん、伊58さん。この面子が私達――『第二囮艦隊』だという訳だ。そしてこの囮艦隊は、短い間隔で他の囮艦隊と連絡を取り合っている。
「あ、榛名。そちらは問題無いですか?」
『はい、此方は問題ありません。敵深海棲艦とは三度交戦しましたが、いずれも損害は軽微。このまま敵目標と会敵しても大丈夫です』
「そう。私は比叡に無線を繋げるけれど、何かあればまた此方の無線にね。余裕が無いのなら非常通信だけ入れて戦闘に集中して。それでは」
無線機のボタンを押し、ぷつりと通信を切る霧島さん。それをじっと眺めていると、此方の視線に気付いたのかウィンクを返してくれた。そうして口を開き、
「如月、警戒!敵はどこから来るのか分からないのですよ!」
「ひゃ、ごめんなさぁい!」
「――なんて、冗談です。伊58が何も言っていない以上、まだ大丈夫でしょうから。ごめんなさいね、後少し警戒をお願いします」
「うぅ、まさか驚かされちゃうなんて。分かりました、警戒に戻りますぅ」
「ええ、そうして下さい。私も比叡に連絡を――」
そう言いかける霧島さんの言葉を遮るように、海面下から伊58さんが飛び出してくる。何事か、と問う間も無く、彼女は口を開いた。
「――
その言葉が消え終わらないうちに、一つの大きな水柱が立ち上る。そこから真っ直ぐに、およそ信じられない速度で飛び出してくる白い影。暴風、次いで爆風。あ、と言う間も無く振り被られた大きな剣とその持ち主が私の真横を駆け抜け、目を見開いた霧島さんへと剣を振り下ろし――
「おいおい、随分と舐めたマネしてくれるじゃねえか。――オレを無視、だなんてなぁ!?」
がぎぃん、と鉄と鉄のぶつかり合う音。 唐竹に振り下ろされた大剣を、天龍さんがその刀で防いだ音だった。受け止めたあまりの衝撃にその両手から血を噴き出した天龍さんはそのまま両手両足に力を込め、大剣を押し返す。
「ッ、ォォォオォォォラァァァァァアッ!!」
「……チッ、ヒ弱ナ巡洋艦ゴトキガ!次デ沈メテクレル!」
「さぁて、そう上手く行く訳ねえよなぁ!!――やれ、卯月ぃ!」
「勿論だっぴょぉぉおん!!」
押し返された飛行場姫が蹌踉めく、そこを狙った一撃。思い切り振り抜かれたそれは、しかし反応した飛行場姫の大剣に受け止められる。続けて二撃、三撃。繰り出されるそれらは大剣の質量を感じさせないような、余りに無尽に振るわれるものだ。
「っ、お前反則だっぴょん!!」
「白イ駆逐艦ヲ誘キ寄セル為ダガ、一隻二隻ナラバソノ腕ヲ捥イダトコロデ問題ハ無イダロウ……?サア、マズハ貴様ヲ――ッ、猪口才ナッ!!」
卯月ちゃんへ猛攻をかける飛行場姫の側面から放った砲撃が、いとも簡単に斬り払われる。知らず噛み締めた奥歯の音を聞きながら、再度砲撃。今度は反対側に回った文月ちゃんと同時の攻撃だったのだけれど――それも、大剣を大きく回転させるだけで全て破壊される。
「ちょっとぉ〜、まずいかもぉ〜?」
「なんてデタラメ……!けど、砲撃がダメなら雷撃だって!!行ってぇ!!」
飛行場姫の眼光から逃れるように、身体を動かしつつ砲雷撃を敢行する。砲撃に追随するのは霧島さん、雷撃に追随するのは文月ちゃんと伊58さん。しかし、眼前の怪物はそんな飽和攻撃すら嘲笑って見せた。
「コノ程度カ、貴様ラハ!!」
海中から突き出した、錆びた船の残骸。それらが悉く雷撃を防ぎ、振るう大剣が全ての砲弾を斬り落とす。『性能』に寄らない、本来の力以上を発揮するための『戦闘力』。それを存分に振るった飛行場姫は、私たちの攻撃すら殆ど無傷で切り抜けてみせた。
「ナンダ、本当ニコレデ打チ止メカ?……ナラバ我ガ憎キ仇敵を誘ウ為ニ沈メ、艦娘共ォォ!!」
叫び、脇構えに大剣を構える飛行場姫。しかし、そこに蓄えられた力が爆発することは無かった。遠くから音を立てて飛んでくる砲弾を無造作に斬り落とす飛行場、振り向いたその視線の先には残る二つの囮艦隊。先頭に立つ比叡さんと榛名さんを見て、飛行場姫は一つ舌打ちをした。
「……救援カ。運ガ良カッタナ……」
一言だけ呟くと、まるで興味無さげに水面下へ消えてゆく飛行場。伊58さんと、残る艦隊の伊19さんと伊401さんが魚雷を放ったようだが命中はしないだろう。
「……っ、何も出来なかった。散々ね……」
ぼそりと零し、無力感を噛みしめる。そのまま、私達はゆっくりと帰還したのだった。
吹っ切れて二万円突っ込んだら色々来てほくほく。菊月可愛いよ菊月。