私のすぐ後ろに控える彼女以外に人気のない船渠の真ん中、海へと続く広い水路に立つ。
「上手いものですね、如月さん。正直、それだけの質量を背負った状態を数時間で馴染ませるなんて思ってもみませんでしたよ」
「そうでもしなければ、今日の出撃には間に合わないでしょう?私はもう、妹たちを危険に晒したくないの。それに、私達は『艦娘』――
「あはは、それもそうですね。艦娘になった今、自力で復舷出来ないだなんて私達艦娘にとっては冗談にもなりませんよ」
明石さんと二人でくすくすと笑う。こんなこと、艦娘になったからこそ笑い飛ばせるのだけれど。
「でも、凄いというのなら明石さんの方が凄いでしょう?真夜中に突然押しかけていって、『作って下さい』ってお願いしたのを夜の間だけで作ってしまうなんて」
「いやー、だって楽しそうだったじゃないですか。だって盾ですよ?シンプルな分、好き放題出来ると言いますか。――でも、本当に
明石さんが指差すのは、私の背部艤装の右側に設置された分厚く大きな歪な楕円形の――『盾』。形こそ戦艦ル級が持っている砲盾から砲身を排除したようなものだが、サイズはふた回りほど小さい。余分な機構を排したそこに詰められたのは鉄であり、分厚さと堅牢さは折り紙付き。……勿論、その重さもこれ一つだけで危うく転覆しそうになったほどだけれど。
「ええ、使わせていただきます。確かに一朝一夕で扱えるものでは無いでしょうけれど、今の私はあの飛行場姫の剣さえ防ぐことが出来れば良いのですもの」
「そうですか。――なら、もう一度だけ注意しておきます。くれぐも、その盾を使い過ぎないでください。あなたの身体は駆逐艦で、間違っても屈強ではありません。飛行場姫以外の深海棲艦からの砲弾を何度も盾で防いでいたら、衝撃で身体が保ちません。必ず、飛行場姫のみを対象にして下さい」
「――あとは、『盾自体も壊れやすい』でしたよね?いくら頑丈に作ったとはいえ、相手は飛行場姫の常軌を逸した剣撃。加えて、盾を作るのも初めてで、何度も使用に耐えうるものではない……です、よね?」
「はい。――まあ、それを承知で使うと言うのですから、如月さんもまた睦月型だったということでしょうかね」
明石さんの言葉に思わず吹き出す。また睦月型だった、なんてひどい言い草にも程がある。けれど、まあ、それをすんなりと受け止めてしまっているのも事実。一応は反論しようと、笑いを堪えながら口を開こうとした瞬間、それよりも早く船渠の扉が押し開かれた。
「おっはようございますっぴょん!!あ、如月に明石さん、もう出撃準備してたっぴょ――ぴょんっ!?」
勢いよく入ってきた卯月ちゃんが、私の背部艤装に装着された盾を見て目を白黒とさせる。しかし、その卯月ちゃんの腰にも桃色の鞘の刀があるのだ。
「――睦月型だった、ねぇ。もうっ、これじゃ反論出来ないじゃない」
明石さんに聞こえるように大袈裟に呟き、ゆっくりと水路から船渠の地面に登る。幸い出撃まで時間はまだまだある、卯月ちゃんに、盾の訓練に付き合って貰いましょうか。
「ねえ、卯月ちゃん?ちょっとだけ、手伝って欲しいのだけど……」
同様から落ち着いた卯月ちゃんの目は、さっきとは裏腹にきらきらと輝いている。この分だと、他の妹達も似た反応をするに違いないだろう。私はそんなことを考えながら、此方へ駆け寄ってくる卯月ちゃんへ声を掛けたのだった。
―――――――――――――――――――――――
「睦月型のホントのチカラぁ、見せてやるっぴょん!!」
卯月ちゃんの構えた連装砲から放たれた砲弾が、駆逐ロ級
「ふぅ〜、今ので終わりぃ〜?」
「そうみたいね、伊58さんからの連絡も無いし、増援も来ないみたいよ」
「ふっふーん、うーちゃんの前に敵は無いぴょん!」
「こら、あんま調子に乗んなよ卯月。今日はまだ、彼奴を確認出来て無いんだからな」
はしゃぐ卯月ちゃんを嗜める天龍さん、その二人を眺めながら私は文月ちゃんと二人で霧島さんの元へと近づいた。昨日と同じように無線機を弄っている彼女は、どうやら通信を終えた直後のようだ。
「あら、如月に文月。ちゃんと周囲の警戒はしている?」
「はい、勿論です。今日はどこにも出ていないのですか?」
「そうね、今のところは。つい今通信した榛名のところはちょうど戦闘中だったみたいだけれど飛行場姫じゃないし、逆に比叡のところは今日一度しか戦闘をしていないみたいだし」
「そう、ですか。……出てきて欲しいとは、思いませんけれど」
「それでも倒さなければいけないものね。なるべくなら、この霧島の目の前に現れて欲しいものだけれど」
先日の意趣返しが出来ていない、と言わんばかりに眼鏡を光らせる霧島さん。おそらく彼方で卯月ちゃんと戯れながらも周囲に鋭い視線を向けている天龍さんも同じ考えなのだろう。そんなことを考えていると、不意に伊58さんが浮上してくる。その表情は険しく、自然と私達は身構えてしまう。
「霧島、嫌な予感がするでち。あっちから、たくさんのお魚が一斉に泳いで来てるでち。――ちょうど、伊19のいる方向でち」
口を開いた伊58さんの言葉が終わるや否や、霧島さんの艤装に取り付けられた無線機が振動し、音を発し明滅する。発せられる光の色は、黄色。
「――榛名のところよ。総員抜錨、これより私達は飛行場姫の討伐に向かうわ!覚悟しなさい、今日こそ金剛お姉さまの仇を取るわよ!!」
がこんがこんと音を立てて、艤装の砲塔を駆動させる霧島さん。真っ先に滑り出したその姿を追い、私達も戦場へと向かう。
「榛名さんのところ。なら、居るのは――」
「皐月ちゃんとぉ、長月ちゃんとぉ、望月ちゃんだよねぇ。う〜ん、急ごう、如月お姉ちゃん?」
文月ちゃんの言葉に小さく頷き返し、マウントしていた盾を取り外す。正面に構えたそれの持ち手の部分を、私は強く握り締めたのだった。
なぁぁぁあんとぉぉおぉお!!!
浴衣菊月(偽)を描いてくださった『ハトの照り焼き』様が!!
新たな支援絵を描いて下さいましたぁ!!
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=52054998
URLは上記!
あ、一応R15らしいのでお気をつけください。