私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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間に合った。


如月の意地、その六

機関出力を最大まで上げ、ぐいぐいと身体を押す力に逆らわずに海を飛び風を切り進む。艦隊の先頭には霧島さんと天龍さんのツートップ、私はその後ろにぴったりとくっ付いている。

 

「――榛名っ、もう少しで其方へ到着するわ!少し持ち堪えて!」

 

『はい、分かりました!安心してください、みんな無事ですから!』

 

ノイズの酷くなった無線越しに榛名さんの声と無数の砲撃音、そして鉄と鉄のぶつかり合う甲高い音が断続的に聞こえてくる。そして、その中には薄っすらと長月ちゃんや皐月ちゃん、望月ちゃんの声も。

 

「…………っ!」

 

もどかしい。もどかしい。食いしばった歯からはぎりっと音が聞こえてくる。いつの間にかじっとりと濡れていた額の汗を拭うことは、両手を塞いだ盾が許してくれない。

 

「っ、無線のノイズが酷くなった!全艦、もうじき戦闘海域よ!各自艤装を構えて、目視次第突撃を!」

 

「了解っ!!」

 

霧島さんの、ほとんど怒鳴るような声での号令に同じく叫ぶように返事を返す。砲は構えられないけれど、魚雷ならばこの状態でもどうにかなる。チャンスを見つけて、あの飛行場姫には一撃をくれてやらないと。――姉妹達を攻撃した罪は、重いんだから。

 

「オイ、お前ら!あれだ、一時の方角!あそこで龍田達がやり合ってる!」

 

天龍さんが声を放つ。指を指す方向へと視線を向ければ、そこには確かに天龍さんの妹である龍田さんの姿があった。頭の上に浮かべている輪っかは真っ二つになっており、顔の半分は鮮血で濡れている。

それに並んで同じく最前線に立つ艦娘は、長月ちゃんと榛名さん。長月ちゃんだけは他の二人より少し下がった位置にいるが、それは背後に皐月ちゃんを庇っているからだろう。負傷のほども同じぐらいのようだ。

対する飛行場姫は――およそ小破程度。今もなお、白い顔に酷薄な笑みを浮かべて大剣を振りかぶっている。

 

「榛名っ、皆さんっ!!――なら、迷いません!全艦――」

 

霧島さんの言葉の最後、突撃、というその単語は後方から聞こえた。矢も盾もたまらず駆け出し、両腕に力を込める。言葉の意味すら分からない、飛行場姫の咆哮が耳に届いた。

 

――よくも、皐月ちゃんを!長月ちゃんを!

 

連装砲二門を構えて皐月ちゃんを背後に庇い、飛行場姫と相対する長月ちゃん。その姿を見た瞬間に、視界が一気に真っ赤に染まった。どくんどくんと跳ねる心臓と血液、沸騰する身体を、冷え切った心が後ろから眺めている。

 

「貴様一人、沈メタ方ガ彼奴ヲ引キ摺リ出セルナ!!」

 

視線の先から目標は分かっている、皐月ちゃんだ。させるものか、させるものか!!全身から何かが溢れ出す感覚を引き連れて足を動かし、口を開く。

 

「やらせないっ!!私が、如月()が守ってみせるんだからっ!!」

 

「――如月っ!?」

 

海面に大きな飛沫を立て、前傾姿勢で駆け出す飛行場姫。それと長月ちゃんの間に飛び込み、全身のありったけの力を込めて踏ん張り、盾を構えて――

 

 

【挿絵表示】

 

 

「――――っ!?!!?」

 

鼓膜を破裂させるような金属の爆音と、それすらも塗り潰すような圧倒的な衝撃。純粋なダメージが私の身体を突き抜けて、全身を貫いてゆく。あ、と言う間もなく身体は宙に浮き、吹き飛ばされた。

 

「な、うわあっ!?」

 

がしゃん、という騒音。吹き飛ばされたまま、多分長月ちゃんと衝突してしまったのだと思う。なんて無様。こんなザマじゃ、長月ちゃんも皐月ちゃんも――菊月ちゃん(あの子)も守れない。お腹に力を込めて上を見上げれば、更に振りかぶられた暴力の塊があった。

 

「フン、小賢シイ!」

 

「……っ!!」

 

踏み込んだ飛行場姫が横一閃に振り抜いた大剣へ向けて、一撃ですっかりとひしゃげた盾を翳す。更に衝撃。鉄がめりめりと剥がれる音が聞こえたけれど、そのまま去なすように力を込める。今度は長月ちゃんとは別の方向へ飛ばされ、ばしゃりばしゃりと海の上を転がった。

 

「っ、如月……っ!」

 

「う、けほっ。痛い、わねぇ……。でも、もう大丈夫よぉ」

 

だって、間に合った。私は無様に終わったけれど、長月ちゃんも皐月ちゃんも、傷は負っていない。

そして。その二人の前に立つ艦娘達が、続く追撃を許さないだろう。

 

「――天龍ちゃん?もぉ〜、遅いわよぉ」

 

「ったく、今回はその通りだ。まさか如月に先を越されるなんてな」

 

凄絶に血を流したままの龍田さんが槍を振るい、天龍さんが刀を薙ぐ。私の後ろに居たはずの卯月ちゃんと長月ちゃんの後ろに居たはずの皐月ちゃんが、それぞれ桃色と白色の鞘から抜きはなった白刃を煌かせる。

 

「――小癪ナァッ!!」

 

しかし、それでもあの鬼姫は沈められない。白刃は受け止められ、鈍色の切っ先が斬り裂いた傷口は効果を為さない。当たり前だ、敵は飛行場姫。文字通りの化け物に、ただの刃の二つ三つが通じるはずが無い。

 

「……うふふ、凄いわねぇ」

 

だから、彼女たちがいる。響き渡る砲火の音。望月ちゃんが、文月ちゃんが、榛名さんが、その身体と一つに繋がった艤装(得物)を構えて次々に怒り矢を射かける。歯軋りをする彼奴が一歩踏み出そうとすれば、次は足が炸裂する。海面下から放たれた伊58さんと伊19さんの雷撃が、真っ赤な爆炎を噴き上げた。

 

「……コノ……!貴様ラハ、何度モ何度モ私ノ前ニ現レテ……!」

 

爆煙の中から、忌々しげな声がする。次の瞬間に振るわれた大剣と、それの巻き起こす暴風が黒煙を一気に吹き飛ばした。大きく振るわれ、一瞬だけ晒される無防備な隙。

 

「距離、速度、良し――全門斉射ぁっ!!」

 

再度、突き刺さる砲弾。金剛型戦艦四番艦『霧島』の放ったそれらはまごうことなく確実に飛行場姫の全身に命中し、炸裂し、血飛沫を撒き散らす。

 

「――ソウカ、貴様ラ!私ヲ……!」

 

「気づいたところで!!第二射、斉――っ!?」

 

憎々しげに私たちを睨んだ飛行場姫が、全霊の力で大剣を()へと叩きつける。吹き上がる飛沫と揺れる足元に照準が狂い、咄嗟に放たれた霧島さんの砲弾は海へ落ちる音がする。

 

「伊58!伊19!!」

 

「――追いかけたけど、無理なのね。底の底まで沈んで逃げて、撃った魚雷は斬られたのね」

 

「……そう、ですか。なら、ここは早く撤退しましょう。入渠させるべき者は早く手当をさせて、提督にこのことを報告しなければいけません」

 

此方を向いてそう告げた霧島さんの眼鏡の奥の双眸に向けて、私は力無く笑みを向ける。正直、全身が痛んで立てもしない。此方へ駆け寄って来てくれた天龍さんに抱っこされながら、私は鎮守府への帰路を辿る。

今にも暗転しそうな虚ろな意識のなかに浮かんでいたのは、今日庇った誰の姿でもなく、たった一人ここに居ない菊月ちゃんの姿だった。




如月如月。

艦これしてます、よね?

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