私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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最近不甲斐なかったので二話分纏めて書いちゃいました。

如月回。もとい――


如月の意地、その八――【挿絵有り】

視線を向けた先には、ベッドに座ったままの川内さん。彼女から此方へ向けられる視線に対し、それを真っ直ぐに見返して口を開く。

 

「嫌……って、如月ねぇ。そんなこと言ったって、出撃が認められないのは分かってるでしょ?」

 

「……でも、きっとあの子なら飛び出して行く筈です。そうですよね、川内さん」

 

「菊月か。そりゃそうだろうけど、それは理由にならないことは理解できてるでしょ。そもそも、天龍に運ばれてくるぐらいなのにどうやって戦うつもりなのさ」

 

「……皐月ちゃんは、私と同じぐらい傷ついているけど戦っているのでしょう?なら、私だって……!」

 

「皐月は、生身はともかく艤装の損傷は軽微。対して如月(あんた)は、皐月に比べればまだマシな負傷だろうけど艤装がオシャカだ」

 

川内さんの指摘に、次の言葉を封じ込められる。ぐっと黙り込んだまま身体を横たえていると、そのまま川内さんは話し続ける。

 

「大和や青葉、赤城だってそうだよ。さっきは勇んで出てったけど、結局やることは艤装のチェックと補正から。それが終われば待機か、戦局次第で出撃するかどうかってとこ。それにしたって、ギリギリまで他の艦娘が出るはずだしね」

 

「…………」

 

「分かったなら、大人しくしておきなさい。必要な時に戦って沈むのならともかく、無駄に沈むだけの艦娘を出撃なんてさせられないわ。――もし、勇ましく出撃して沈みたい、沈むために出撃したい、って言うんだったら止めないけど」

 

川内さんの言葉が、私の心の奥を抉った。

 

――私の理性は、川内さんの言葉が正しいと理解している。私が出撃しても、的が増えるだけ。むしろ守るべき対象が増える分、艦隊の仲間たちには迷惑をかけることになる。それは正しく、理解している。

 

「……っ」

 

けれど、私の中の如月(感情)が、出撃を望んでいることは否定できない。私の奥底にあった、疲れ果てたからこそ表層に現れたコンプレックス。

私が――嘗ての如月()が、武勲も活躍もなく早々に沈められたという記憶。

それを塗り替えろ、と。

乗り越えろ、と。

――見ろ菊月()は、己の嘗ての汚名を晴らしているではないかと。

其れに引き換え如月(お前)はどうなのだと、私の中の『如月』が暗く叫ぶ。

 

「……そう、ですね。『如月()』が出撃しても、無駄でしょう。大人しく、しておきます……」

 

だから、それを押し込める。浮上しかけ、正しく認識したそれを、いつもと同じように曖昧に笑って、気付かなかった時と同じように沈めて行く。イメージは、海底に沈む嘗ての身体。そして――

 

「そう、それでいいのよ。私も長女だから、他所とはいえ妹が傷ついてるのは見てて堪えるんだから――」

 

「――なんて、言うと思いましたか?」

 

「……ぁえ?」

 

そして、私は思い切り言い放った。ぽかんとする川内さんの顔が心地よい。次いで、鬱憤を晴らすように喋り出す。

 

「ええ、確かに私が出撃したところで邪魔になるかも知れないのは分かっています。それに、沈むほどに戦えと感情が命じるのも否定しません。当然です、『如月』は武勲にも恵まれずに沈んだ艦、せめて今生こそ勇ましく海を駆けたいと思いますし、そのために命を賭けることも惜しくはありません」

 

「ちょ、如月……!」

 

「ええ、そうです。あなたの言葉のお陰で、菊月ちゃんに抱いていたもやもやの正体も分かりました。ちっぽけなコンプレックスです。私と菊月ちゃん、嘗ては順に、活躍もせず沈んだ筈なのにどうして菊月ちゃんがあれだけ活躍できるのか、私はどうしてこうなのか。言ってしまえば、認めてしまえば簡単なことです。そこに含まれる焦りも――ええ、出撃を焦らせる原因ですとも」

 

堰を切ったように溢れ出る言葉が、川内さんへと襲いかかる。自分でも柄じゃないとは思うけれど、それに滅多打ちされて目を白黒とさせる川内さんの顔は少し面白い。

 

「加えて!ええ、どうせこれもあなたの予想どおりです。私が盾みたいな似合わないものに手を出したのにも、菊月ちゃんへのコンプレックスがありますとも。菊月ちゃんが剣なら私は盾、分かりやすい対抗意識ですよね?姉だなんだと言っておきながら子供っぽいことだと、今ならわかりますよ」

 

「かお、顔が怖いって如月!というか、そもそも如月だって私からすればまだ子供だし……!」

 

「黙ってください」

 

「ひっ……」

 

目に力を込めて川内さんを見つめれば、何故だか縮こまる彼女。けれど、これでも川内さんには感謝している。彼女が私のコンプレックスを掘り出してくれたお陰で、それすらどうでも良くなるほどの私の感情に気づけたのだから。

 

「――さっきまで、出撃したいと言っていたのには、今口にした感情があります。それは、認めます。――けれど」

 

こほん、と一つ咳払い。

 

「――でも!でも川内さん。自分の名誉だとか、対抗意識だとか、コンプレックスだとか。『たかがそんなこと』が私にとっての行動原理になり得る訳は無いでしょう。ちっぽけな幾つかのわだかまり、そんなことよりも大事なものが、私の中にはあるんですもの」

 

「なら如月、それは一体なんなのよ?」

 

「――みんなを守りたい。姉として妹を、ではありませんよ?睦月ちゃんも、妹も、艦隊の仲間も――菊月ちゃんも。仲間のために、私は戦いたい」

 

鈍い痛みが走る身体を無理やり起こし、ベッドから地面に飛び降りる。倒れそうになる身体を支えるように、全身から眩い燐光(キラキラ)が立ち昇った。それは徐々に、私の心に応えるように輝きを増して行く。

 

「そう、か。みんなを、ねぇ。……なら、止められないじゃん」

 

「ごめんなさい、心配して下さってありがとうございます。……それと、失礼な物言いをごめんなさい。忘れて下さると有難いです」

 

「あはは、忘れてって言ったってそりゃ無理だよ。如月があれだけ真っ赤になってものを言うなんて初めて見たからね。――行くんでしょ?気をつけて。沈んだら駄目よ?」

 

「はい。……駆逐艦如月、抜錨します」

 

それっきり、振り返らずに部屋から飛び出す。ぼそりと川内さんが何かを呟いたような気がするが、既に耳には届かない。駆け出した身体に走る痛みが、私の心を奮い立たせるようだった。

 

「大丈夫、みんな無事だから……!」

 

真っ暗な中庭を駆け抜け、船渠の扉へと辿り着く。ここまで来れば、もう戦闘音が聞こえてくる。どぉん、と響く音に急かされるように、扉に手を掛けた。

 

「着いたっ!……鍵は開いてる、中には誰もいない。良し……っ」

 

電気のスイッチを全てオンにして、明るくなった船渠の中を駆ける。すぐに見つかった私の艤装は側から見てもひどい有様で、どう見ても大破相当だった。けれど、それでも。

 

「……っ!海には出れなくても、やれることはある筈よ……!」

 

艤装を背負いながら、すぐ前の海から聞こえる砲雷撃戦の音に耳を傾ける。微かに聞こえてくる声は姉妹たちのもので、それ以外にも一緒に海を駆けた仲間の気声が響いてくる。

 

「よし。あとは……」

 

背部艤装を背負い、備え付けられたひしゃげた盾に苦笑する。それとは逆の位置に、弾切れの連装砲をマウントした。魚雷発射管も空で、その代わりに両手いっぱいに爆雷を抱えて船渠の外に出る。途端に此方を照射してくる大型探照灯の熱気に、一つの作戦が閃いた。

 

「操作装置は……っ、これっ!」

 

船渠の中へと再び入り、大型探照灯の遠隔操作装置を手に取る。照明だけを落としながらそのまま非常階段を駆け上がり、私は船渠の屋根の上に出た。そこから通信機をオンにして、戦闘中の全ての艦娘へ向けて一方的に通達する。

 

「鎮守府前にて戦闘中の全艦、船渠に対して背を向けて!」

 

言うや否や、大型探照灯を操作する。全ての照準を飛行場姫へ向け、声を張り上げる。注目だけを引ければいい、しくじる訳にはいかない。一度決めた覚悟をさらに決める。

 

「飛行場姫っ!!あなたの目当ての艦娘は此処よっ!!」

 

暗闇の中でもはっきりと分かる彼奴の赤い双眸が、真っ直ぐに此方を捕らえたのが感覚で分かった。ぶるりと背筋を凍らせる殺気に負けないようにお腹に力を込めて、大型探照灯のスイッチを押す。途端に輝きを取り戻す大型探照灯数基が、飛行場姫の目を焼いた。

 

「……!?ッ、ヌゥゥオオォオ!!」

 

「食らいなさい……!」

 

うろこのような装甲に覆われた義手で目を隠す飛行場姫へ向けて、ありったけの爆雷を投擲する。流石に距離があり過ぎたせいか殆どが外れたけれど、それでも幾つかは確実に彼奴に傷をつける。

 

「ソノ声ハ……!盾ノ忌々シイ駆逐艦カ!」

 

しかし、それでも彼奴は沈まない。私の爆雷とそれ以前のみんなの砲雷撃、それらを受けて全身から体液を吹き出しているのにそれでも爆炎の向こう側から現れる飛行場姫。その視線が、真っ直ぐに此方を射抜いたのが分かる。

 

「やっぱり、こうなるのね。もうっ」

 

私達と彼奴らの身体の造りが同じとも限らない、大型探照灯もどうせ一瞬の目眩ましだけを期待していたのだ、これも想定内だ。役目を果たし、後は仲間の邪魔にしかならない探照灯の照明を落とす。

 

残っている明かりは、私の身体が放つ光だけ。

 

「……私はね、一度沈むのを覚悟したのよ。あれも今みたいに夜戦だったわ、相手はあなたではなくて別の姫だったけれど」

 

「ゴチャゴチャト……!離レレバ無事ニ済ムトデモ思ッタカ!!」

 

「そこを助けてくれたのが、菊月ちゃんだった。真っ暗でほとんど見えなかったけど、それでもあの声と背中は覚えてる。その菊月ちゃんを見つけて、運ばれて来たのを見たときに私は思ったのよ――この子に助けられたんだから、今度は私が守ってあげようって」

 

飛行場姫がなにやら叫んでいるが、それも既に私の耳には届かない。心の奥底、菊月ちゃんへ向けた感情をぽつりぽつりと零してゆく。同時に、呟くたびに私の光は増してゆく。

 

「陸ノ上デ沈ムガイイ、駆逐艦ッ!!」

 

海面下から迫り出した錆び付いた鉄の盾、それを大きく抉り斬りその残骸を此方へ打ち込んでくるのが分かる。轟音を立てて回転しながら、私へと迫る鉄塊。

 

「私が、守るの。みんな、絶対に。だから――」

 

精神の高揚でも、それに伴う痛みの忘却でもなく、確かに痛みが消えてゆく。停止していた艤装が、空っぽの砲と魚雷発射管が、何かに満たされ生まれ変わってゆくのを感じる。自然と目を閉じて、無意識のままに盾を手に取り飛来する錆鉄をいとも簡単に弾き飛ばした。

 

「な――」

 

それは誰の声だっただろうか。最早気にならない。私を覆い拘束する幾つもの外殻が崩れ、如月()という存在が進化してゆくのが実感できる。

 

――私を包む光が、臨界に達する。

 

「これが私の意地。真面目なことを言うのは疲れちゃったし、時間をかけても髪が傷んじゃうけれど、最後にこれだけ言わせてね、みなさん、飛行場姫。随分騒がしくしてたみたいですけれど――」

 

目を開くと同時に、全身を包んでいた光が破裂し舞い上がる。

 

ふわりと吹き付ける海風に、髪がゆれる。

 

――私の好きな朝焼け色をした花びらが、開けた視界の中で咲き乱れる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「――如月のこと、忘れないでね?」

 

力に満ち満ちた砲を構えて、私の光に照らされて輝く艤装を背負って、私を守ってくれた盾を備えて。

私は心から微笑んで、戦場に言葉を響かせた。




――如月改二。

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