砲撃音も爆音も消え、静まり返った戦場を見下ろしつつ息を吐く。よしっ、と小さく両腕に力を込め、船渠の屋根を踏みしめた脚に意識を集中させ、思い切り跳ぶ。
「……さあ、ここからは私も戦列に加わらせてもらいます。飛行場姫、みんなを傷つけたことは許さないんですから……!」
私の跳躍と同時に、先に動き出したのは私達の仲間――その中でも、私の姉妹達だった。損害状況には差があるが、誰もが既に中破を通り越している。
それでも、真っ先に動き出したのは
「〜〜っ!!にゃぁぁぁあ!!!」
「睦月、うるさい!」
「でも、その気持ちは分かるよね弥生っ!」
「――勿論!」
一気呵成に滑り出す艦隊、その中でも突出するのは三人。睦月ちゃん、弥生ちゃん、そして皐月ちゃん。損耗からは想像できない程の輝きは、身体から発せられる
「クウッ、タカガ一隻ノ駆逐艦ガ加ワッタ程度デ……!ヌウッ!?」
「ふん、たかが一隻の駆逐艦かどうかなど……」
「そんなの、お前が一番分かってんだろぉ!」
「ふっふ〜ん、あたしもぉ、もぉ〜っと本気だぁ〜っす!」
「ちょっ、文月それあたしの台詞だって!!」
砲撃を防ごうと錆鉄の盾を海面から突き出す飛行場姫。しかし、そんなものでは今の
「グ、ウオォ!!奴モ、貴様ラモ!駆逐艦ガ、チッポケナ駆逐艦風情ガ粋ガルナァッ!!!!」
「な……!?くっ、流石にあの剣には近づけないぞ!?」
「そう、なら私の出番ね!――三日月ちゃん、卯月ちゃん!突っ込むわ、着いて来てっ!」
「分かりました、如月お姉ちゃん!」
「うーちゃんに任せるっぴょん!!」
二人の返事が聞こえると同時に、生まれ変わった連装高角砲の引き鉄を引く。いつも使っていた連装砲よりも更に遠い距離からの一撃は、寸分違わずに飛行場姫の側頭部へと突き刺さり爆裂し、体液を噴出させる。
「――っ!如月、来るっぴょん!」
「分かってるわ、卯月ちゃん。あの品の無い大剣、今度こそ――」
暗い夜空に溶けるように立ち昇る爆炎、それを突っ切って飛行場姫が姿を現わす。振りかぶられたその鉄塊は、先程までであれば逃げ惑うしかなかった暴威の化身。
だけれど、今は。
――今だけは、退くわけにはいかないのよ。
「ヌウオォォォォオォォォッ!!!!」
「大声……一つ教えてあげるわ。女の子は、そんな怖い顔してちゃ駄目なんだから……!」
一歩ごとに海面を破裂させながら此方へ迫る飛行場姫。そこから一息に振り抜かれようとする暴力に対し盾を構え力を込め――
「私が守るの、その為にここは通さないわ……!」
タイミングをずらすだとか、力が最も入る瞬間を崩すだとか、そんなことを考えていた訳では無かった。考えていたのはもっと単純な、我儘のような感情。
――退かない。負けない。みんなを傷つけさせない……!
たったそれだけの感情を燃やし、激突した大剣から伝わる衝撃を食いしばる。脚に込めた力を更に増し、背負った艤装に備えられた強化型の缶を最大駆動させ、それでも吹き飛びそうになる全身に喝を入れる。一瞬だけ閉じた瞼の裏側、白い髪を靡かせる小さな背中へと手を伸ばすように軋む腕を思い切り振り抜き――
「――ナニッ!?」
――飛行場姫の大剣を、強引に弾き逸らした。
「っう、今よっ!!」
「行きます、当たって……!」
「うーちゃんの本気、食らってみるぴょんっ!てぇぇえいっ!」
「おぉっと、二人だけに任せておけないにゃしぃ!さあみんな、私達も砲雷撃戦いっくよーっ!!」
思い切り態勢を崩し、そしてそれ以上に驚愕し隙を晒した飛行場姫へと向けて二人が、そして追随する姉妹達が砲雷撃を仕掛ける。ずらりと並んだ姉妹達が放つ砲弾が破裂し、炸裂し、爆炎が暗闇を照らし出し、火柱が高く噴き上がる。
しかし、それでも、彼奴はその中から飛び出して来た。
「なんてしつこい……!っ、でも長月、あの位置なら!」
「そうだな、皐月。私達も仕上げに入るぞ!」
「……グ、グゥ……!白イ、白イ駆逐艦ン……私ハオマエガ、オマエト……」
全身から体液を流し、息も絶え絶えといった様子の飛行場姫。彼奴が位置するのは私達を突っ切った先、鎮守府港の中心。そしてそれは、艦隊のみんなによる包囲網の中心でもあった。
「ッ、沈ム訳ニハ……ガッ!?」
「逃がさないでち!!」
「それには飽き飽きなのね!」
「テメェだけは確実に仕留めてやる、光栄に思いな!」
「あなたから受けた傷、報復をさせて貰うわぁ?」
深海棲艦の特性を活かすつもりか、海面下へ退避しようとした彼奴を潜水艦さん達が狙い撃ちにする。吹き飛び怯んだその無防備な身体を、天龍さんと龍田さんが串刺しにする。大剣が物々しい義手から離れ、ぼちゃりと沈んでいった。
「なら、あとは止めね。――榛名、比叡」
「はい。金剛お姉様に傷を負わせたその借りを――」
「漸く返してやります!全艦!最大火力用意っ!!」
比叡さんの号令に合わせ、砲を構えて魚雷発射管の照準を合わせる。狙いは一つ、未だ天龍さん達に磔にされた飛行場姫。ぐっ、と力を込め、一瞬だけ交錯した視線を掻き消すように、
「
引き鉄を引き、魚雷を放つ。飛び退る天龍さん達と入れ替わるように群がる砲弾が、雷撃が、飛行場姫へと迫り――命中。耳をつんざくような爆音が轟き、空を三度真っ赤に照らす。吹き付ける海風が黒煙を払った時、そこにあったのは燃え盛る海と――光の消えた目をして沈んでゆく、飛行場姫の亡骸だった。
「榛名、これは――」
「はい、撃沈確認です。――作戦終了、私達の勝利です……!」
一瞬の空白、そして巻き上がる歓声。夜の海に響き渡る歓喜の声は、私にはどんな砲音よりも大きく聞こえたのだった。
飛行場姫、撃破。あれ?何かおかしくないですかって?
うふふ。