私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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微妙に遅刻だね。ごめんね。

菊月編の前に、もう一つの如月編なんだ。


超番外編!
もしもアニメ艦これ三話前後に菊月(偽)が一瞬だけ乱入したら、その一


ドイツからの帰り道、狭い船内の狭い船室。ごうんごうんという機関の低く唸る音に目を覚まし、ぐっと伸びをする。何時もは気にならないのだが、なんて思いながら時計を確認すれば時刻は午前二時二十二分。なんという珍しい時間だと苦笑してベッドから飛び降りる。欠伸を一つ飛ばせば、部屋着のまま扉を押し開け廊下に出る。その廊下も、まるで水底のように薄暗かった。

 

「……みな、寝ているのか。ハチだけは起きている筈なのだが……静まり返っている。珍しいな……」

 

足音を立てずに甲板に出て、いつもの手すり身体を預け――るのではなく、船体にもたれて空を見上げる。真っ暗な空には無数の星が瞬き、海を見るのとはまた違った感動を菊月()に与える。

 

「もうじき、帰還か……。少し、懐かしいな」

 

夜風に当たりながら、ゆっくりと時間を潰す。たまにはこんな夜更かしをしてもバチは当たらないだろう。耳に聞こえるのは波の音と風の音、そして船の機関の音だけ。そんな時、

 

『―――――、――――――』

 

声が、聞こえた。聞き覚えのある声が。

 

「……なに?これは……っ」

 

同時に菊月()に――『俺』に襲い掛かる、急激な眩暈。夜空に浮かぶ星々の輝きが滲んで歪み、そして空が落ちるかのように近づいてくる。いつの間にか浮かび上がっていた身体は空へと衝突し、捻れ、押し潰され、そして突き抜け――

 

―――――――――――――――――――――――

 

行き交う雑踏の音や車のエンジン音、人混みの喧騒。そしてコンクリートの冷たい感触と、微妙に鼻に付く臭い。気がつけばうつ伏せに倒れており、混乱する頭をそのままに取り敢えず立ち上がる。立ち上がろうとしてコンクリートの地面に着いた手は、変わらず菊月のものだった。

 

「なにが、どうなって……っ」

 

身体を起こし、辺りを見回す。どうやら何処かの路地裏の、その隅に菊月()は倒れていたようだ。纏っているのは部屋着ではなく制服、その裾に付着した汚れを払い飛ばす。スカートの裾へと目をやった時、地面に無造作に放り捨てられた紙の束を見つけた。

 

「……新聞、か?――っ、なんだ、これは……!」

 

その薄汚れた新聞に記されていた文字は――『W島攻略作戦開始す』。見出しの下には提督らしき人物の写真と重ねられた文字の列、そして――『艦娘』の二文字と、『吹雪』の写真。

 

「……まさか、これは――此処は」

 

内容を読み解くに、どうやらこの鎮守府には『以前も報道した、市民の期待を受けた』ルーキーである吹雪やその友である睦月、夕立が存在しており、また今回の作戦ではその吹雪が『勇ましく、民の為に』出撃するらしい。……良くできたとは言い難い内容だが、残念ながらこの内容に『俺』は心当たりがある。

 

――アニメーション、『艦これ』。

 

「……であるならば、この先の未来は――!」

 

世界が違えど――そもそも『俺』はそれより更に違う世界の出身だが――如月は菊月()の姉であることには違いない。それがみすみす失われることなんて、許容出来るはずがない。ならば、菊月()の取るべき行動は決まっている。

 

「――艤装は……無い。『護月』も『月光』も無いか。身体は……少し感覚が違うな。虚脱感?いや、これは虚無、空白――っ、まさか!」

 

ぴょんと飛び跳ね、身体の調子を確かめつつ状況を確認する。あまりに乏しい手札だな、とでも溢そうとした瞬間、胸にぽかりと大穴が空いたかのような虚無感を感じた。慌てて両手を菊月の青く瑞々しい胸の二つのふくらみの真ん中の、ごく薄っすらとした谷間に押し当てる。両手に伝わるふにゅりという確かな柔らかさは『俺』にとっては感涙モノ……いや、むしろ涎モノなのだが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 

「――『菊月』?っ、おい、菊月っ!!」

 

『菊月』の声を感じない――『菊月』が、菊月()の裡にいない。そのことに、愕然とする。菊月(自分)へ向けて投げかける言葉は届かず、路地裏の壁に反響し空へと消えてゆくだけ。思わず、ぐっと歯を噛み締めた。

 

「……一人、いや『独り』か。本当にたった独りになったことなど、菊月()になってからは初めてだな……」

 

『菊月』が居ないと言うのならば、『俺』は果たして何の為に存在するのか。これでは、これでは『菊月』を守れないではないか。溢れ出しそうになる言葉をぐっと堪え、いつの間にか身体から溶けるように立ち昇っていた真紅の気焔(オーラ)を抑えつける。どうやら、この身体は俺の――『俺がさっきまで居た世界の、元の菊月の身体』のようだ。いや、いつもとは異なる気焔の顕れ方を見る限り、『俺』の魂だけが形を持ったのかも知れないが。引っ張られてゆく感覚を覚えたし、此方の方が正しいのかも知れない。

 

「……何にせよ、先ずは如月の轟沈を回避せねばなるまい。この世界の菊月がどこに居るかも分からず、艦娘と名乗って鎮守府に踏み入ることも出来ない以上艤装の調達に関しては少々強引に成らざるを得ないだろうが……む?」

 

自分の口から発した言葉に引っかかるものを感じ、むうと考え込む。艤装の調達?――違う。如月の轟沈?――これも、重要だが、違う。……『この世界の菊月』、これだ。この世界の菊月がどこに居るか分からない、だから『この世界の菊月』のために妙なことはできない。そう考えた。

 

「そう、そうだ。この世界の――いや、待て。違う、違う!俺は、知っている……!」

 

『俺』は知っている。『この世界』のことを、観て、知っている。だからこそ分かってしまう。

 

『この世界』の『如月』は沈む。それは確かな筈だ。

『この世界』の『祥鳳』も、およそ沈むのと同じ状況だった筈だ。

 

――ならば、『この世界』の『菊月』は?史実において、『如月』と『祥鳳』の間に沈んだ、『菊月』は……?

 

「……そう、か。そうか、ならば、それが――俺の、この世界での役目だ。そうだな、菊月……?」

 

誰へともなく呟いた一言が、己の内へと染み込んでゆく。決意は固まった、ゴールは未定。しかし、走り出すことに迷いは無い。

 

「――菊月、抜錨する……!」

 

身体から溶け出す炎を靡かせながら、ぐっと脚に力を込める。まずはこの街を見渡さねばと、菊月()はコンクリートの地面を、ビル壁を蹴ってぐんと駆け出した。




この菊月(偽)は(真)が居ないのでちょっとおばかです。

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