窓から跳び出して感じるのは、全身に吹き付ける風の強さとマントにしたカーテンのたなびく音。そして、ぐんぐん迫る船渠の窓と――その船渠の入り口に仁王立ちし、此方へ驚愕の視線を投げる長門の姿だった。
「……っ!!」
その視線を振り切るように、窓を粉々にして船渠の中へと飛び込む。盛大に飛び散るガラスが床を跳ねる音が、静まり返った空間に反響した。
「そこか、侵入者!――長門型戦艦一番艦『長門』、任務を遂行する!」
同時に聞こえる、名乗りをあげる長門の声と……がちゃん、という重々しい鉄の噛み合う音。背筋をぞっと冷やして声の方を向けば、目を爛々と光らせた長門その人が背負った
「な――っ、くうっ!?」
「
躊躇なく放たれた砲撃が、回避した俺の真横を掠めて船渠中央の水路へと着弾する。同時に噴き上がる水柱と爆風に、思わず目を瞑りフードを抑えた。
「っ、馬鹿かお前は……!屋内で砲を、しかも戦艦の主砲を撃つ奴がいるか……!」
「提督から許可は下りている。多少の被害にならば目を瞑るとな。――だが、私としてもあまり鎮守府のものに被害を出すのは好ましくない。故に――」
舞い上がり降り注ぐ水の中で、長門がぐっと足に力を込めるのが見えた。瞬時に身構え、全身に気を張り、殺気に反応し後ろへ跳躍しようとし、その直後――爆音を響かせて踏み込んできた長門の拳、抉り突き上げるような一撃が俺の身体にめり込んだ。全身に伝播する衝撃とダメージ、それと共に吹き飛び壁に叩きつけられる。
「な、かは……っ」
「――故に、貴様をこうして打ちのめし、捕らえ、提督に引き渡す。中々頑丈なようだが、この長門を舐めるなよ」
言うや否や、もう一度船渠の床を蹴って踏み込んでくる長門の拳を横っ飛びで回避する。風切り音を立てて空を切る拳が目の前を通過したことに、ひやりと背筋を冷たくさせた。
「けほっ。……ちいっ、流石は長門と言ったところか。……だがっ!!」
拳を回避した勢いをそのままに、床を蹴り長門へと接近する。気焔を纏い一足で近づき飛び上がり、その顔面に側頭部目掛けて足を振り抜く。渾身の蹴りが命中した長門はそのまま、
「――っ、成る程、良い蹴りだ。だがなっ!」
「な、貴様……!」
「はあっ!!」
宙に浮かんだままの俺の足首を掴み、そのまま片手で俺の身体を振り下ろす長門。ずどん、という衝撃を全身に感じたのは束の間、逆の足で試みた反撃の蹴りさえ防がれそのまま大振りに投げ飛ばされる。無防備に宙を舞った
「っ、ぐう……っ!げほっ、けほっ」
「まだ気を失っていないとはな。その赤い炎から深海棲艦かとも思ったが、どうやら少し違うようだ。だが、どちらにせよ確実に戦闘能力を奪う必要があるな!!」
再び鳴り響く艤装の音を聞きながら、突っ込んだ先のガラクタを漁る。砲身のひび割れた連装砲や型の古い魚雷、それらに混じって放置されていた
「――喰らえっ!!」
「……っ、こんな、ことは……」
再び放たれる長門の主砲、その砲弾が迫ってくるのがゆっくりと見える。煙を噴き、空気を裂き、俺の意識を刈り取ろうと迫る一撃。それを――
「……威張れるものじゃ、ないがな……」
慣れ親しんだ軌跡をなぞるように振り抜いた、探し当てた古びた天龍の刀で、一刀両断に斬り伏せた。真っ二つに分かれた砲弾が、
「ようやく、機会が回ってきたな……」
「貴様、それは――!」
長門の問いに答えるように、全身から溶け出させる気焔を遥かに滾らせる。マントを這う炎すら飲み込み燃え上がる気焔、それを手に持った古びた刀へと纏わせた。口に出した通り、ようやく回ってきた俺の機会。全身に力を込め、長門へ向かい駆け出し――
「……貴様を撒き、艤装を得る機会がな」
――身構える長門の真横をすり抜け、遥か遠くに鎮座した単装砲と魚雷発射管のもとへと駆け寄った。そもそも俺の目的は長門をどうこうすることではなく、もっと言えば仲間であり艦娘である長門を傷つける気もない。こうして艤装さえ手に入れられれば、後は海へ出てしまえば良い。
「貴様、逃げるか!」
「そもそも私の目的は、貴様とやり合うことでは無いのでな。――顔も見せずに失礼した、長門。もう会うことも無いだろうが、達者で。……今日のような、鎮守府への直接攻撃には気をつけておけよ……」
言うだけ言い放ち、船渠の水路へと飛び降りる。ばしゃりと跳ね上がる水の感触に懐かしさを覚えつつ、長門の最初の砲撃で空いた穴から大海へと駆け出す。此方へ照準を合わせる長門の方へは、一度も振り返らなかった。
「……待っていろ、如月……!」
本話後書きにて、以前不特定多数の読者様ならびに作者様に不快感を覚えさせてしまった文章をここに掲載しておりました。
もう一度の謝罪とともに、更に不快感を覚える方が生まれないように削除させていただきました。
大変申し訳ございませんでした。