私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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セーフセーフ。

あ、感想欄でいくつか頂いた指摘をもとに警告タグを追加しました。


もしもアニメ艦これ三話前後に菊月(偽)が一瞬だけ乱入したら、その六

青黒くすえた臭いのする体液(オイル)が噴き出し、異形の怪物は動きを止める。その大きな、光を失った単眼から紅い刃を持つ刀を引き抜きつつ、俺は大きく溜息をついた。

 

「……くっ、ふぅ。……これで何体めだ……」

 

海の上に立ったまま身体を前に折り、両膝に手をついて大きく深呼吸。ぽたぽたと垂れ落ちる汗が波間に小さな波紋を作る。波紋をかき消すように海を波立たせる深海棲艦の亡骸に眼をやると、ちょうど最後の肉片が泡を立てて水底へ沈んでいったところだった。

 

「そろそろ、辛くなってきたか……」

 

額を流れる汗を、刀を持つ手とは逆の手で拭う。水面に映る菊月()の顔には疲労の色が濃く浮き出ており、その身体へと目を落とせば黒い制服がじとりと汗で濡れていることに気づく。小さく薄いながらもはっきりとした起伏のある身体に、色味を増した服がぴったりと張り付いていた。

 

「……っ、今はそんなことに、気を取られている場合では……!」

 

真っ黒く覆われた布越しに垣間見ることのできる菊月の健康的な肢体に、思わず生唾を飲み込む。しかし、俺はそれから目を逸らそうとし――しかしもう一度、そこに映る『菊月』へと目を向けた。

此方を見返してくる『菊月()』へ向けて手を伸ばし――握り拳をその像に叩き込む。そこに在るのは『菊月』ではない。ならば、それに与えられるのは拳骨で充分だろう。

拳が水面を突き破る、その先にある冷たい海水と跳ねる飛沫が顔にかかる感触が、俺の意識を少しだけ覚醒させた。

 

「……いかんな、疲れているようだ。だが、ここで立ち止まることは許されない……」

 

ふるふると頭を振るい、片手に握る刀を腰にマウントする。しゃがみ込み両手で顔を洗えば、少しだけ気分もすっきりした。喉が渇いただの、間宮の羊羹が食べたいだの、文句を言っている暇はない。よし、と一言だけ呟き俺は立ち上がった。

 

「……あと、少し。感じられるこの気配は、多数の艦娘のものか……!」

 

ぐいっと無理やり顔を上げ、下腹に力を入れて気合を込める。全身から吹き出す気焔の勢いが少しだけ回復したような気がした。

もう一度、右足を出す。『俺』がここに在るのは、『菊月』の姉の迎える未来を変えるため。

ならば行こう。踏み出した足に力を込め、俺は気焔を棚引かせながら一直線に駆け出した。

 

「……っ、数が多い……!」

 

滑るのではなく駆ける、全力で足を動かしつつ海面を進む。戦場から逃げてきたのであろうか、ちらほらと損傷の見えるはぐれ深海棲艦が帯のように此方へ迫ってくるのが見えた。それらは菊月()を残党狩りの艦娘とでも勘違いしたのか、何度も此方へ向けて殺意を投げ掛けてくる。それを――ひたすら、回避し続ける。

砲弾を斬り飛ばし、魚雷を撃ち抜き、放たれる艦載機の攻撃を躱す。掠った砲弾の欠片が頬を裂き、真っ赤な鮮血を溢れ出させる。破裂した至近弾の炎が菊月()の全身を舐める。それを踏み越え戦場に肉薄すればどうやら深海棲艦の一群を抜き去ることは出来たようで、周囲を見回しゆっくりと息を吐いた。

 

「……ようやく、見つけたぞ……!」

 

真っ直ぐに見据える水平線に、小さながいくつか動いているのが分かる。そしてそれらが艦娘であり、戦っているのがかつて『俺』がアニメで見た通りの艦娘たちだということも。丁度此方を背にし砲撃を繰り返しているあれは、球磨だろうか。多摩や夕張、そして――弥生に望月。それぞれが砲を構え、雷撃を放ち、深海棲艦と戦闘を繰り広げている。残る深海棲艦は――背後に控えるものを除いた、戦闘中のものは三体。

 

「本来ならば、もっと穏便に接触したいのだがな……」

 

ちらり、と空を見上げる。太陽は中天をとうに過ぎ去り、日差しは傾き始めている。そこから読み取れる大凡の時間は午後三時。ゆえに、悠長に構えている暇はないのだ。菊月()はその場で大きく息を吸い込み、全身から思い切り気焔を噴き上げ、両足に推力を集め――

 

「――退けぇぇぇぇえぇぇぇぇえっ!!!!!!!!」

 

咆哮と共に刀を構え、全速力で突撃した。

 

「な――っ!?新手クマっ!?」

 

目を剥き此方を振り返る球磨、その真横を通り抜けて――砲撃。爆音と共に単装砲から放たれた砲弾は、球磨に照準を合わせていたであろう雷巡チ級の顔面に真っ直ぐに吸い込まれた。炸裂し炎を吹き上げる砲弾は、しかしチ級を沈め切るだけの威力を持たない。故に、俺が採る手段は一つ。

 

「……邪魔だ、深海棲艦……っ!!」

 

駆ける速度をそのままに振り抜いた一刀で、彼奴の首を跳ね飛ばした。まだ二体の深海棲艦が残されているのは知っている。知っているけれど、今はそれを気にしている場合ではなかった。気焔を纏ったまま、フードも取らずに球磨に振り返る。

 

「深海棲艦――姫、クマか?」

 

そこに居たのは先程追い越した軽巡『球磨』。真っ直ぐに此方を見返してくる球磨の目には、疑心と敵意がありありと見て取れた。

 

「姫? 私が、か? 馬鹿なことを言うな、私は艦娘だ……」

 

「な、喋った?――お前、何者クマ」

 

「……答えている暇は無い。時間が無いんだ……!」

 

「――馬鹿にしてるクマ? あまりふざけてるようなら、お前も此処で球磨がぶっ潰してやるクマ」

 

がちゃん、と鈍い音を立てて此方を向く砲口。陽を受けて鈍く輝く15.2cm連装砲は、俺の心臓のある位置を捉えていた。

 

「通してくれ、如月のところへ行かねばならぬのだ……」

 

「いきなり何を言い出すクマ。その目も、髪も、薄気味悪い炎も!どれを取っても深海棲艦のお前に、仲間の居場所になんて行かせるものかクマっ!」

 

「っ、貴様……!」

 

球磨の目に、今までとは比較にならない敵意が灯る。それが爆発する寸前に、どこからか通信が聞こえてきた。雑音混じりの無線機の、向こう側から聞こえる夕張の声が告げる内容は『敵の撤退の開始』。即ち、それは『あの瞬間』がすぐそこにまで迫っていることを意味していた。

 

「時間が……!っ、済まぬ球磨……!」

 

「な、お前何故球磨の名前を――わぷっ!?」

 

足を振り上げ、思い切り水を蹴り目潰しをかける。同時に脱ぎ捨てたマントを球磨の顔面目掛けて投擲し、視界を奪う。それが成ったことを確認すれば、俺は大きく身を翻し駆け出した。

 

「そこか……!」

 

全身の気焔をこれでもかと消費し、足に集めた推力でぐんぐんと進む。一足ごとに景色が吹き飛んで行き、代わりに小さかった如月の姿がみるみるうちに近付いてくる。

 

「やだ、髪が傷んじゃう」

 

慣れ親しんだ声、慣れ親しんだつぶやき。しかし菊月()の知る如月とは違う如月の呟く声が微かに聞こえ――ちょうど振り返った様子の如月の、その頭上にあるのは黒くひび割れた一発の爆弾。あ、と小さく漏れた如月の声は、何も分からないながら自身の死だけは受け入れているようで。

 

――間に合わない?そんなこと、認められるか……!

 

俺の知る展開において如月の命を永久に奪い去った、たった一発の爆弾。それが正に、如月へ降り注ごうとする瞬間――

 

「ごめんね、睦月ちゃん」

 

如月の声が聞こえる。

 

その声に被せるように、掻き消すように。

 

「―――ぉぉおおおああっ!!」

 

裂帛の気合を込めて、如月の頭上の爆弾へ向けて、此処まで共に戦ってくれた刀を投擲した。




セルフでオマージュ。

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