私が菊月(偽)だ。   作:ディム

201 / 276
難産じゃった。

折を見てちょくちょく改稿するかもです。

ってことで、二日分纏めて4500字。


もしもアニメ艦これ三話前後に菊月(偽)が一瞬だけ乱入したら、その九

――ゆっくりと、目を開けた。

 

優しい夢を、見ていたようだ。

 

「…………私は」

 

呟くと同時に、冷たく冷え切っている筈の甲板から、『菊月』の船体から、暖かな力と遺志とが直接流れ込んでくる。それは菊月()が今、魂だけの存在だから叶うことか。それとも、単に菊月()の魂がこの世界から離れかかっているだけの、最後のゆらめきなのか。

 

――まあ、どうでもいい。立てるようになるのならば……戦えるようになるのならば。

 

すぐ近くから、どぉんどぉんと戦闘音が聞こえる。声までは聞こえない。けれど、確かにわかる。今が、運命の瞬間だった。

だん、と音を立てて甲板に片手をつく。その音は砲火の爆音に比べれば遥かに小さく、誰にも届かないものだろう。

手に感じる感触は変わらない、ざらついた錆鉄のもので――俺の視界に入った右手は、『菊月』の錆び付き朽ち果てた甲板と同じ褐色だった。

 

……ふっ、と笑みがこぼれる。

 

次いで、左手を甲板につく。そのまま身体を伸ばし、凝り固まった全身をほぐす。思いの外、あっさりと身体は自由になった。付いた両手に力を込め、うつ伏せのまま、身体を引き摺りながら海面のそばへ。

 

「……なんともまあ。これは、やはりお前から力を貰ったからか?なあ、『菊月』……」

 

海面に映るのは、間違いなく菊月の顔。しかしその白髪は透き通るような白さからくすみ、少しだけ灰色の混じったものとなっていた。

同じく白く健康的だった肌は、錆び付いた『菊月』のような褐色に。手も顔もそうだというのなら、おそらく全身褐色となっているのだろう。

目だけは変わらず真紅に光ったままで、元の面影なんてここだけかと密かに苦笑した。

 

「……全く。これではどう見ても偽物ではないか。……だが、それが、どうした……」

 

水面の向こうの菊月()が、雄弁に語りかけてくる。立てるなら立て、戦えるなら戦え。お前の全ては菊月の為にある――

 

「……ふ、今更だな」

 

――かつん。ひときわ高く踵の音を鳴らし、俺は立ち上がる。

 

――かつん。錆び付き朽ち果てた船体の先頭へ。

 

かつん、かつんと音を立て、一歩一歩歩いてゆく。そこにいたのは――卯月と三日月、そして本物の『菊月』。同時に、空母を含む幾つかの深海棲艦も見て取れた。その向こう、眼前に広がる海原は『菊月』が永く見続け、しかし旅立つことの叶わなかった景色。そこで正に、菊月が喪われようとしていた。空母から発艦した艦載機、放たれる一発の魚雷。

 

「あ、ああ……!う、卯月姉さんっ!!」

 

「間に合わないなんて、認めるかっぴょん!!菊月ぃっ!!」

 

「――すまないな、卯月、三日月。桜の丘で――」

 

満ちた心のまま全身に力を回せば、溶けるように、崩れるように、黄金色(flagship)気焔(オーラ)が噴き上がる。昼間の海を更に明るく照らし、空へきらきらと消えてゆくこの炎は、形こそ違えど艦娘の放つ燐光(キラキラ)と同質のものだと分かった。

 

「……『菊月』」

 

声を発した。その声も、菊月と同じだった。違うといえば――艤装か。両手は空っぽ、足には魚雷発射管のみ。魚雷も砲もないが、それでもこの両手と両足と――この魂がある。俺の背には、『菊月』がいる。

 

だから、守る。

 

「遅くなった……」

 

足元に転がる『菊月』の残骸、その欠片を拾い上げる。菊月へと落下する魚雷へ向けてそれを投擲し――爆発。中空に広がる炎の花を前に、菊月達も深海棲艦もその動きを止めた。

 

「――え?」

 

それは誰の声だったか。此方へと動く視線を振り切るように、気焔を靡かせて跳躍する。そのまま足を思い切り振り上げ、落下する勢いのままに異形の艦載機の主……空母ヲ級旗艦(flagship)の頭部へと振り下ろした。

 

「ガアッ!?」

 

「がぁぁぁぁあぁぁぁあっ!」

 

そのまま横っ面へ回し蹴りを見舞う。態勢を崩した空母ヲ級を足場に、俺はそのまま後ろへ――菊月達の方へと跳んだ。

 

「キサマ、イマイマシイ……!」

 

「それは此方の台詞だ、空母……!」

 

着水、同時に跳躍。放心していた風な卯月に跳び寄ると、その手に握られた単装砲を奪い取りそのまま連射。第二陣として発艦した、艦載機の幾つかを撃ち落とした。

 

「なあっ、うーちゃんの砲に何するっぴょん!」

 

卯月の言葉をさらりと流し、単装砲を構えて突撃をかける。艦載機から雨あられと投下される魚雷を回避し、ヲ級へ向けて更に二発。ヲ級を大きく仰け反らせダメージを与えたものの、轟沈させるまでは至らなかった。

 

「グゥゥ……!!憎ラシイ艦娘ガ……ガッ!?」

 

砲を撃ちつくし、再装填まで僅かな隙を晒す。その隙を突いて、ヲ級は捻じ曲がり尖った杖を振り上げて俺を貫こうとした。

唸りを上げて俺を刺し貫こうとする腕は、しかし背後から飛来した一発の砲弾によって大きく弾かれる。

 

「…………っ!」

 

一瞬だけ振り向く。そこには、まだ動揺し硬直する二人とは対照的に、全身に闘志を漲らせて砲を構える菊月の姿があった。その真紅の目が、陽に照らされてきらりと光る。

 

「ずいぶんと、傷だらけじゃないか」

 

「そういう貴様は、随分と薄汚れているな?そら、まるでそこにいる菊月()のようではないか……」

 

「当たり前だ、私はあれから力を貰ったのだから。……色味としては、此方も悪くないだろう?」

 

「……違いない……」

 

海面を滑り後退し彼女と並ぶ俺と、海面を滑り前進し俺と並ぶ彼女。同じ声音で軽口を叩き合えば、何方とも無く噴き出した。

 

「しかし……この海で空母と戦闘、放たれた艦載機からの一発の魚雷であわや轟沈、そのまま坐礁。……なんとまあ、如月の時も思ったが我々に課された頸木というのは随分と固いらしいな?」

 

「如月……?な、貴様は如月を……!」

 

「そうだ、助けた」

 

業を煮やしたヲ級の繰り出す艦載機、それから放たれる攻撃を次々と回避しながら菊月と言葉を交わす。その言葉も、口調も、振る舞いも全て『俺』が思い描いていた通りの菊月で、これが本物かなどと戦場に似つかわしくない事を思ってしまった。

 

「……そうか、如月を。……ありがとう」

 

小さく首を垂れる菊月の目に映る、小さな逡巡。

 

「……実を言えばな、私はここで沈んでも良いと思っていた」

 

「…………」

 

「無論、ただで沈む気は無かったが。……だが、私の運命を変えるために、二人を危険に晒す訳にはいかない。……晒したくない。だから――」

 

「「沈むなら、たった一人で。卯月と三日月を逃して沈む」」

 

降り注ぐ艦載機からの攻勢が、次第に激しくなってゆく。それを掻い潜りながら、ちょっと驚いた、とでも言いたげな表情を此方に向ける菊月。ああ、やっぱ可愛いわ。

 

「よく、分かったな……」

 

「……当たり前だ、私もお前なのだからな」

 

長く『菊月』として戦い続け、『菊月』の想いに触れ続けていたのだ。そのぐらい、考える必要もなく理解できる。――だって、菊月は、自分に与えられる耐え難い苦痛を、平然と耐えてしまえるのだから。

 

「……でも、本当は嫌だろう?」

 

「……ああ」

 

「轟沈は嫌だろう?」

 

「ああ」

 

「置き去られるのも嫌だろう?」

 

「ああ……」

 

「……みんなと一緒に、海を駆けたいのだろう?」

 

「……ああ、そうだ……!」

 

一言ごとに、菊月から吹き出す燐光(キラキラ)が増してゆく。最後の肯定を咆哮し、彼女は同時に単装砲を連射する。その気勢に押されるように、此方を狙っていた艦載機が次々と射抜かれ火達磨となって墜落して行った。

 

「だから、私が来たのだ……!」

 

単装砲から放つ一撃が、ヲ級の右腕へと命中する。杖を吹き飛ばされた彼奴は、その青い瞳に金色の殺意を宿し此方を射抜かんばかりに睨み付けてきた。

 

「……来ただの来てないだのどうでもいい……!」

 

「ふ、違いない――行くぞ、菊月!」

 

「――ああ、共に行こう……!」

 

菊月と並び立ち、一気に加速。全く同じスピードで海を駆けつつ、迫り来る艦載機の群れを掻い潜る。

菊月()が纏うのは黄金の気焔、菊月が纏うのは黄金の燐光。形の異なる二つの光が、ツラギの海に溶けてゆく。

 

「なんだかよく分からないけど、援護するっぴょん!」

 

「行ってください、菊月姉さん達!!」

 

背後から次々に飛来する卯月と三日月の援護が、俺たちの頭上の羽虫を次々に消し飛ばした。

 

「……挟撃をするぞ」

 

「ああ……!」

 

互いに互いの手を押し合い、弾かれるように左右に分かれて投下される魚雷を回避する。菊月が右、俺が左。右足を伸ばし爪先を海面に突っ込み、旋回をして背後を取った。全身を燃やし尽くすかのような黄金の気焔(オーラ)が、真昼の海に軌跡を描く。

 

「……ウアゥゥゥ……!シズメ、シズメ、シズメ……!キサマハココデシズマネバナラヌノダ……!!」

 

「……その口を閉じろ、深海棲艦……!」

 

背中に二撃。同時に単装砲をくるりと持ち替え、まだ熱い砲身の部分を両手で掴む。目をぎらつかせこちらを振り向いた彼奴の顔面に、単装砲を思い切り振り抜いた。舞い散る気焔に、身体の中身が空っぽになってゆく感覚を覚える。――あと一撃が、限界だ。

 

「ガアッ……!」

 

「まだ終わらんぞ……!菊月!!」

 

「分かっている……!!」

 

全霊の力と黄金の気焔、そして推力を込めてよろめくヲ級の胴体を蹴り抜く。めきり、と彼奴の骨を砕く感触とともに、その身体を宙に浮かせた。その下で、菊月と二人頷きあう。全く同時に、彼奴の身体へ照準を合わせた。

 

「空母ヲ級――」

 

「――運が、悪かったな……!!」

 

発砲。一つに重なった砲音と、真っ直ぐに飛翔する二つの弾丸。菊月()と菊月の一撃が、ヲ級の身体を穿ち爆散させた。

 

「「――作戦完了」」

 

同時に呟き、そして見つめ合う。距離は離れているけれど、菊月の目には褐色の肌をした菊月()が映り込んでいた。その菊月()の姿は――既に、向こう側が透けて見えるほど希薄なものだ。

 

「……あまり、伝えられることはないな」

 

「……そうか。お前は、結局なんなのさ」

 

「さあな。私はただ、お前を守りたかっただけだ」

 

足から順に、薄れてゆく感覚。夢から覚めるだけだとしても、妙な恐怖感が身体を襲った。もう時間が無い。他に、何かこの世界の菊月に言わなければならないことを――

 

「……ああ、そうだ。菊月、お前刀を使ってみろ……」

 

「……は?刀を、だと?」

 

「ああ、意外と使える筈だ。……何せ、私がそうなのだからな。あとは……アイドルをやってみる、とか」

 

最後に言うのがこんな事だなんて、我ながら馬鹿らしくて涙が出る。けれど、菊月を守れただけで満足だし。刀だのアイドルだのと言って、困惑する菊月を見るのもまた良いものだったし。

 

「……ではな、異世界の私。桜の丘で――いや、二度と会う事が無いように願おうか……」

 

最後の一言とともに、ぱちりとウィンク。直後、海面に引き込まれるような感覚とともに意識が暗転し――

 

「……あ?」

 

ぱちり、と目を開く。眼前に広がるのは紫色の空と海、そしてドイツから帰るための船の甲板だった。

 

「……夢か」

 

朝焼けに手を翳してみれば、そこにあるのは真っ白な手のひら。纏わせてみた気焔は、真紅をしていた。思わず苦笑し、冷えた身体を温めるべく立ち上がろうとし、

 

「……あっ」

 

菊月()は、左手に握り続けていた、借りっぱなしの単装砲に気がついたのだった。




アニメ世界の菊月も如月も、ちゃんと救われました。
夢なんかじゃないですよ。

余談ですが、このあとのアニメ世界では刀を持った白髪の駆逐艦と髪飾りをした茶髪の駆逐艦が沈むべき定めの艦娘を次々と救っていったそうです。

あ、あと今回登場させた『褐色肌の菊月』ですが、既にその菊月を描いてらっしゃる方が先におられますので、本話を書くにあたりその方から『褐色肌の菊月』のデザインの使用に関して許可を頂いております。
ご報告と感謝と、デザインを私の方が参考にさせていただいたという事をここに明記させていただきます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。