私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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時間が取れない。書きたいものはたくさんあるのに。


遠征艦隊の帰還、その二

提督に連れられ廊下を歩く。見知った廊下だというのに奇妙な新しさを感じるのは、やはり長く離れていたからか。隣を見れば、加賀も少しそわそわとしていた。

 

「――着いたぞ」

 

「……ここは、食堂か」

 

「そうだ。今鎮守府に残っている面子はみな集合しているし、遠征に出していた者たちも丁度もうすぐ帰投するところらしい。一足先に始め、そこからどんどん盛り上げていこう、と考えているらしいぞ」

 

提督の言葉に、武蔵が小さく首を上下させた。そのまま扉に手をかけ、力を込める。そう言えば、菊月()もここで歓迎をされたな、なんて思い返しつつ扉が開かれ――

 

「「「おかえりなさぁーい!!」」」

 

パンパンッ、という軽く弾けるような音に、舞い散り降り掛かる色付きテープや紙吹雪。少しだけ鼻に届く火薬の香り。ドイツのような華美さはないけれど、色とりどりに飾り付けられた食堂にいる懐かしい笑顔の仲間たちはみんなきらきらと輝いて見えた。嬉しさを感じつつ戸惑っていると、武蔵から不意にグラスを渡される。彼女の指差す方向を見れば、いつのまにか移動した提督が壇上に立っていた。

 

「さて、みなにグラスは渡ったな?あまり長々と話すつもりもない、今宵は戦いのことを忘れて楽しんでくれ!遠征に行った皆も、此処で深海棲艦と戦ってくれている皆も、ご苦労だった――乾杯!」

 

提督の声と掲げられるグラス、それに呼応するように皆が一斉にグラスを掲げる。たくさんの大きな声とともに、食堂にはかちゃんという音が響き渡った。

 

―――――――――――――――――――――――

 

一通りの挨拶と談笑を終え、適当な机にグラスを置く。バイキング形式のこの歓迎はやはりわいわいと賑わい出し、僅かな疲れを感じて来ていた『菊月』と『俺』は少しだけ端の方へ避難していた。ふぅ、と息を吐いた時、不意に声を掛けられる。

 

「なんだ、随分と疲れた顔をしているぜ。ちゃんと楽しんでいるのか?」

 

「……武蔵か。そこに居たんだな、気づかなかったよ……」

 

グラスを置いたテーブルの近く、壁際の椅子に腰掛け此方へ声を掛けてきたのは武蔵。片手にグラスを持ち、少しだけリラックスした様子で背を椅子の背もたれに預けていた。

 

「一人か?てっきり、お前は姉妹艦達と過ごしているものだと思ったが」

 

「……生憎、私の姉妹達は遠征に出ているようでな。もう暫くすれば帰還するようだが、まだ着いていないらしい。……そういうお前こそ、大和はどうした……?」

 

「もう話したさ、真っ先にな。私達が離れている間に何があったかを教えて貰ったよ。割と大変なことがあったらしいぞ?あの(・・)金剛が傷を負うとか――む?」

 

酒のせいか、少しだけ頬を染めた武蔵。普段よりも楽しそうな表情て饒舌に語っていた口が、菊月()の背後を見て閉じられた。何があるのかと疑問に思いつつ、ゆっくりと振り向くと――

 

「――やっと会えた!」

 

快活そうな表情に、黄色いリボンとツインテール。そして良く見知ったその声と姿は、『菊月』にとっては初見であり『俺』にとっては馴染み深いものであった。

 

「陽炎よ、よろしくね!」

 

「――陽炎?陽炎型駆逐艦のネームシップ、その陽炎か?」

 

「あら、知ってくれてるんじゃない。嫌な気はしないわね。――で、あんたが睦月型駆逐艦の菊月で間違いない?」

 

「ああ。……しかし何故、その陽炎がこんなところに?」

 

菊月()が疑問をぶつけると、陽炎は途端にきょとんとした表情になる。直後、陽炎は菊月()の背後の武蔵に目線を遣った。

 

「ちょっと、武蔵さん。もしかしてまだ言ってないの?」

 

「ふむ、そういえばそうだったな。だが陽炎、やはりこういうものは提督から直々に伝えられた方が良いだろう?お前の時もそうだったではないか」

 

「いや、まあそうだったけどさ。――あーもう、ってことはあたし一人で空回りしちゃったってこと!?折角駆逐艦の仲間が出来ると思ったのにー!」

 

うがー、と声を上げながら頭を抱える陽炎。しばらくその様を眺めていると、幾らか気が済んだのか不意に顔を上げるとこちらへ向き直った。

 

「や、でもまあ考えたらまだあんたが知らないだけで決まってはいたのよね。なら、暫くは待ってあげるわ。――でも、速く来なさいよ?あたし、これでもあんたのこと楽しみにしてるんだからね」

 

そこまで言うと気が済んだのか、陽炎は菊月()に背を向け片手を上げて、じゃあね、と言いながら去って行く。全く話に着いて行けずに混乱する菊月()を、武蔵がからからと笑っていた。

 

「ははは、あいつも中々はしゃいでいるようだな。顔には出ていなかったが、それなりに酔っていると見たぜ」

 

「……それは良いが、武蔵。せめてお前が私に伝えようとした内容の触りだけでも教えてくれないか。流石に何も知らんのは、な……」

 

「良いじゃないか、偶には。少なくとも私は、普段仏頂面のお前が慌てるところを見るのは楽しいからな」

 

「……武蔵、酔っているだろう……」

 

気が付けば武蔵の横に置かれていたワインの瓶はその数を増していた。顔色一つ変えず、しかし心なしか笑顔の増えたような武蔵に溜息を吐いた。そんな菊月()を武蔵は笑い、更に口を開く。

 

「ふふ、そう暗い顔をするな。そら、次だぞ?」

 

「次?今度は誰が――」

 

「おぉぉぉぉぉぉお姉ちゃぁぁぁぁぁあん!!!!!!!」

 

「――なあっ!?」

 

ばぁんと勢いよく開かれた外へ通じる扉、そこから猛烈な勢いで突進してくる黒い影。身構える間もなく追突され、態勢を崩す。吹き飛ばされた勢いのまま、椅子に座って此方へにやにやと笑みを向ける武蔵の胸の中へと押し込まれた。むにゅん、もにゅんという超弩級の双丘の感触が菊月()の両頬、そして顔全体を包み込むように感じられた。『俺』的にはご褒美もいいところなのだが、先ずは対処しなければならないことがある。

 

「お姉ちゃん、お姉ちゃんお姉ちゃん、菊月お姉ちゃんっ!!」

 

「な、こら三日月!いきなり飛び込んでくる奴があるか……!というかどこを触っている、おい三日月っ!」

 

菊月()の胸元に飛び込み、頭を擦り付けてくる黒髪。頭から生えた一本の特徴的な癖っ毛(アホ毛)に頼らずとも分かる彼女は三日月、菊月()の――『菊月』の、妹。そんな三日月は顔を胸に埋め、右手を腰と尻に回し、そして左手は菊月()の薄い胸を鷲掴みにしている。

 

「……寂しかったのは分かるが一度落ち着け!そして離せ……!」

 

彼女の両肩を掴み引き剝がし、三日月と目線を合わせて向き合う。立ち上がろうと思ったが、いつの間にか武蔵に腹に手を回されていた。仕方がないので、胸に埋もれたまま話を始める。

 

「三日月、久し振りだな。……元気だったか?」

 

「はいっ!菊月お姉ちゃん、お久しぶりです!でも……もうっ。お姉ちゃんったら、久し振りなんですから少しぐらい良いじゃないですか」

 

「だからと言って、他の人にまで迷惑をかけてはいかんだろう。武蔵だから私達二人分を受け止めてくれたが、危ないことには変わりないだろう?」

 

「う、それはそうですけど」

 

「私は別に構わんぜ。というか菊月も三日月も、もっと甘えてこい――ふわぁ」

 

何か唐突にのたまい欠伸を漏らす武蔵を極力意識から外し、こほんと一つ咳払いをする。

 

「しかし……そうだな。私も私で寂しかったのは本当だ。今度また、みんなでどこかに遊びに行きたいのだが……どう、だ?」

 

菊月()の中の『菊月』の感情を、そのまま言葉にして三日月に伝える。三日月は、ぱあっと顔を明るく輝かせると菊月()の手を取った。

 

「分かりました!――あっ、武蔵さんごめんなさいっ!」

 

そうして手を取った瞬間気が付いたのか、三日月は頭を下げて武蔵に謝罪をした。対する武蔵からの反応は無く、疑問に思って声をかける。

 

「……おい、武蔵?」

 

「……ん、ぅ……すぅ……」

 

――帰ってきたのは、やたら気持ち良さそうな寝息だった。一瞬だけ虚をつかれたけれど、それもそうかと納得する。ドイツに向かってからずっと俺達の戦闘で指揮を取り、身体を張り続けていたのだから。疲れもするだろうし、酔いも回るだろう。見れば、三日月も穏やかな表情で武蔵の顔を見つめていた。

 

「……済まないな、武蔵。感謝……」

 

此方へ頭を下げてくる武蔵から眼鏡を外し、小さく礼を囁いた。菊月()はそのまま武蔵の胸に抱かれつつ、三日月や訪れた姉妹達と小さく会話を続けたのだった。




最近リアルの時間がアレなため、日刊更新出来ない謝罪。

あと、お知らせです。
まず一つは、アンケートを取りたいと思います。アンケート内容今後の展開、サンマイベント(わりとギャグ)を挟むか、それともこのまま本編を行くかです。活動報告に上げますので、もしも興味があるのであればそこに回答をお願いします。
繰り返しますが、回答は活動報告にお願いします。

それでは、菊月可愛い。

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