私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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忙しいからって四日も更新しないのは流石に怠け過ぎだろうと思って頑張りました。なのに他の小説にも浮気したさが湧いてくるというアレさです。

え?何に忙しいかって?ドラゴン狩りです。


遠征艦隊の帰還、その三

消灯時間を迎えた廊下を、足音を控えながら歩く。静かに足を進めるが、かつんかつんと靴音が廊下に響いた。向かい側から来る人影など無いのに、自然と廊下の端を歩いてしまう。

 

「……しかし、道はこっちで合っていただろうか。流石に間違えることは無いと思うが……」

 

目的地は明石の工廠。今回は明石からの正式な依頼のため夜間外出許可も貰っているのだが、どうにも深夜に音を立てるのは気が引ける。そろりそろりと廊下の端、月明かりに照らされた窓際を歩く。

 

「……? あれは……」

 

ふと、窓の外を見る。綺麗な満月から下りてくる青白い月明かり、廊下と同じように照らされた鎮守府の外――運動場の端に二つの人影を見つけた。装飾の派手でないジャージ上下に身を包み、何かを背負って必死に走っている。此処からでも判別できる黒髪と茶髪が、二人の走りに合わせて跳ねていた。

 

「――金剛? それに、神通か……?」

 

どうせ少し早く工廠へ向かっていたのだ、少し位寄り道しても構わないだろう。それに、あの二人が何をしているのかも気になるところだ。『俺』と『菊月』はそれぞれそう判断し、運動場へと出るための扉へと駆ける。そろりと扉を押し開けば、同じく音を立てないように扉を閉め、二人の近くの倉庫の陰に隠れて様子を伺った。

 

「――――、――――?」

 

「――――――」

 

そこに居たのは見間違いではなくやはり神通と金剛。此処からでは会話も良く聞こえないが、どうやら喧嘩や口論をしている訳ではないようで、二人の間に漂う雰囲気は和やかなものだった。隠れている必要も無いだろうと判断し――驚かせる意味も無いしあの二人が驚くとも思わない――わざと足音を立てて姿を現した。

 

「……神通、金剛、こんばんは……」

 

「菊月? その、どうしてここに?」

 

「そこの窓から、神通と金剛が何やら汗を流しているのが見えたものでな。……何をしていたのだ……?」

 

神通と金剛に目をやりながら質問する。背負っていた何かはどうやら登山用のものによく似たリュックサックのようで、中に何が入っているかは分からないがそれなりの重量のように見える。口を開こうとした瞬間、金剛から声が飛んできた。

 

「ふっふっふ。秘密(secret)デース、と言いたいところデスが――特別に教えてあげるネー! っと、その前に。菊月は何だと思いマスかー?」

 

「ふむ。……特訓、か?」

 

「残念、ハズレデース! 確かに訓練ですが、特訓というよりは――そうデスねー、『リハビリ』と言った方が良いデースね」

 

リハビリ、という言葉に軽く衝撃を受ける。慌てて二人の身体を見回してみるが、目立った怪我は見当たらない。はてな、と首を傾げる菊月()に、神通が笑いながら口を開く。

 

「金剛さんの言うリハビリは、私達の負傷に対するものではありませんよ。そうですね――例え、比喩でしょうか。鈍りに鈍ってしまった身体と心、そして勘を鍛え直しているのですよ」

 

「……なんだ、あまり脅かすな神通。……しかし、神通と金剛が鍛え直すだと? 私の記憶が間違っていないのならば、お前たちはそんなものを必要とする程の実力では無かったように思うが……」

 

「いえ、違います。知らず知らずのうちに、少しずつ、しかし確実に鈍っていました。――それを、先日痛感したのです」

 

「……痛感?」

 

「Yes、痛感デース」

 

疑問に思って尋ねてみると、彼女達の口から語られたのはかの飛行場姫の話であった。鎮守府外海まで迫り、金剛や神通を初めとした沢山の主力艦娘に被害を与え、そして――如月の覚醒とともに確実に『轟沈』した、仇敵たる飛行場姫。しかし、飛行場姫はドイツで仕留めた筈。

 

「……成る程。その上で、二人とも――話したいことがあるのだが、良いか?」

 

話を聞き終わる。聞き終わると同時に菊月()がしたことは、ドイツで起こったことの顛末と飛行場姫の出現の事実を二人に伝えることだった。彼奴と交戦したという事実を話すと、二人の眉間に皺が寄ってくる。

 

「――Shit。あの憎っくき飛行場姫が、菊月のところでも出たなんて。信じがたいネ」

 

「しかし、信じられません。確かにあの時、飛行場姫は撃沈したと話を聞きました。沢山の艦娘がいたあの場所で、活動の停止を確認された筈です――ともあれ、その話は明石さんに伝えた方が良いでしょうね」

 

明石、という言葉にハッとする。そういえば菊月()は明石のところへ向かわなければならなかった。すっかり忘れていた訳だが、時間もちょうど良い頃だろう。

 

「……今から、その明石に呼ばれていてな。用を済ませた後に伝えておく。……二人も、あまり根を詰めすぎるなよ……?」

 

「Don't worry!心配無用ネー!」

 

「ええ、勿論ですよ。菊月も、用があるのならば仕方ないですがあまり夜更かしはしないように」

 

「……それを、お前が言うか……」

 

神通の言葉に苦笑し、菊月()はそのまま踵を返す。背後へ小さく手を振りながら運動場を後にし、鎮守府の中へと踏み入る。足音が、じゃり、じゃり、からこつ、こつへと変化する。その固い足音を引き連れ、俺は明石の工廠の扉を叩いた。

 

「……菊月だ。済まない、遅れた……」

 

『あ、待ってましたよ。入ってください』

 

明石の声に導かれ、古びた木造の扉を押し開き室内へ。何度も見たはずの内装は少し変わっており、此処でも新鮮さを感じる。ぐるりと室内を見渡しつつ、変わらずに部屋の中心に置かれていた机へと向かう。そこで明石は、椅子に腰掛け温かそうなコーヒーを飲んでいた。

 

「……待たせた、明石」

 

「いいえ、私の方もあれら(・・・)の分析に熱中していまして。ちょうど今さっき終わって、一息ついたところだったんですよ。気にしないで下さい」

 

言葉とともに椅子から立ち上がり、インスタントコーヒーを淹れる明石を見守る。座ってください、という言葉に促され席に着けば、俺の前にもカップが置かれた。礼を言い、コーヒーにミルクと砂糖を沢山追加しカップを両手で持つ。一口飲み下せば、口内に広がる優しい甘さと共に腹の中からじんわりと身体が温まった。

 

「……さて、始めるか……」

 

「相変わらずせっかちですね。真面目、と言った方が良いでしょうか? ですが、早くしようという意見には賛成です。どれだけ時間がかかるか分かりませんからね」

 

言いつつ、明石はちらりと隣の部屋の作業机の上に置かれたそれらを見る。『3.7cm FlaK M42』と『Wurfgerat 42』、どちらも菊月()がドイツより持ち帰った艤装が、そこに鎮座していた。

 

「取り回しの感じと威力と反動と実感した重さと――まあ、使用感全般。余すところなく聞かせて貰いますよ?」

 

『対象兵器の実使用者による評価』、これが今宵菊月()に与えられた任務。もう一度だけコーヒーを口に含み、俺は任務を全うすべく口を開いた。

 

――――――――――――――――――――――

 

「――ありがとうございました、菊月さん」

 

「……本当にな」

 

ふぁ、と一つ欠伸を漏らし、窓の外を見る。既に白み始めた水平線からはもう少しで朝日が昇りそうで、どれだけ話していたのだと少し呆れる。

 

「でも、そちらの出先――ドイツにもあの深海棲艦が現れたなんて。傷や損耗の具合から見ても同一個体でしょうし――っと、何度も言うことじゃありませんね。ともかく、この件については此方でもまた研究しておきます」

 

「ああ、頼む。……私はもう帰って寝るぞ。歓迎会からこっち、ぶっ通しで起きているんだ。今日が休みだから良かったものの……」

 

「あはは、ごめんなさい。それじゃ菊月さん、おやすみなさい」

 

明石の言葉に適当に返事を返し、眠たい身体を引き摺り退室しようとする。ドアを押し開けた瞬間、背後からまたも声を掛けられた。

 

「あ、そうそう菊月さん。今度あなたの研究も兼ねて健康診断をしたいのですけど、良いですか?」

 

「……なんでも構わない……」

 

再度返すのは適当な返事。開いたままの扉をすり抜けてのろのろ歩く。漸く帰還した懐かしい部屋、懐かしい姉妹達の寝顔、それらに感慨を覚えることすら出来ないまま、菊月()はベッドにぱたりと倒れこんだのだった。




こう、人間ベースの艦娘が戦闘して死んでゆく世界で、戦闘能力の一切無い初期明石に転生して半泣きになりながら深海棲艦から逃げ回って各鎮守府を周ってアイテム屋さんしつつ護衛艦に任命された菊月といちゃいちゃする小説を書きたい。

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