私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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説明回。
そんな進展ない代わりに僕のドラゴン討伐の旅と明石の話の構想はそれなりに進展しました。


ザ・秋刀魚ハンターズ、その一

「つまり、これは戦術・戦略的価値の極めて高い作戦であるとともに我々がその命を賭して守るべき市民の助けともなる活動、即ち――」

 

提督は、大きく息を吸い込んで言葉を吐き出した。

 

「――秋刀魚漁であるッ!!!!」

 

……瞬間、空気が凍った。

 

―――――――――――――――――――――――

 

時は少し遡る。

 

久し振りの鎮守府での休日を終えた次の朝、菊月()は全体ミーティングの為に講堂で待機していた。久し振りに見る顔を眺めつつ、休日に言葉を交わせなかった面々と雑談しつつ時間を潰す。青葉から気になる話を聞いていると、かつんと固い音が耳に入った。音の方向に目を向けると、提督が壇上に上がっている。口を噤み、気をつけの姿勢をとった。

 

「――諸君、おはよう」

 

提督の挨拶に、全員揃って挨拶を返す。うむ、と頷いた提督の横には誰も居らず、少しそれを不思議に思った。提督は帽子を取り、大きな演説台に手を置き話し始め、

 

「あー、今は金剛は外している。だから私が話を進めさせてもらう。今日、諸君らに通達する内容は、これから数日、ないし数週間の作戦行動についてだ。――これから通達する作戦期間中、諸君は通常編成ではなく『特別編成』で作戦に臨んでもらう」

 

続く提督の言葉に、講堂に詰めた艦娘がざわりと騒めいた。

――『特別編成』。平時は敵の中枢に切り込み海域を単艦隊で駆け回る少数超精鋭である第一艦隊やその支援艦隊である第二艦隊、鎮守府近遠海域の深海棲艦の対応をする三、四艦隊、そしてそれら以外の遠征艦隊。鎮守府で通常運営されてあるそれらの枠を取り潰して、あらゆる艦娘を再編成する、それこそが『特別編成』。

そして何よりも重要なことは、『特別編成』とは有事の際に行われるものだということだ。つまり、予想外の事態や多数の深海棲艦への対応など、『俺』の言うところのイベントに相当する何かが鎮守府を襲おうとしていると判断出来る。

 

「静かに。諸君の動揺も最もだろうが、今は前を向いてくれ。諸君に課す任務は今までに類を見ないものになるだろう。しかし、私は君達ならばなんとかしてくれるであろうと信じている」

 

提督の瞳に、その言葉に、講堂がしんと静まり返る。

 

「つまり、これは戦術・戦略的価値の極めて高い作戦であるとともに我々がその命を賭して守るべき市民の助けともなる活動、即ち――」

 

提督は、大きく息を吸い込んで言葉を吐き出した。

 

「――秋刀魚漁であるッ!!!!」

 

―――――――――――――――――――――――

 

「――提督?」

 

「ああ、そんなに青筋を立てるな霧島。何も戯れに全艦隊を漁に出そうという訳ではない、きちんと説明する。だが、その前に――金剛!!」

 

『Hey、提督ゥー!こっちは準備万端ネー!』

 

提督が虚空へ向かって声を張り上げれば、数瞬後に講堂内部のスピーカーから金剛の声が流れ出してくる。それに小さく頷いた提督は、手を高く掲げて一度指を鳴らした。ぱちん、という小気味好い音と同時に、講堂の壁に備えられている機材搬入用の大きな鉄扉が開いてゆく。

 

「Good morning,everyone!お待たせしたネー!」

 

――びたん。

 

「……お、おい三日月。あれは、見間違いではないよな……?」

 

「な、何のことですかお姉ちゃん。私には金剛さんと、さ――秋刀魚しか、見えません」

 

――びたん。

 

「……お前にも見えるのだな、あの秋刀魚が……」

 

「――はい、残念ながら」

 

果たして、そこに居たのは金剛と秋刀魚だった。もう少しだけ菊月()の瞳に映った無慈悲な現実に即して詳しく説明するならば、水色の作業着を着て捻り鉢巻を巻いた良い汗を掻いている金剛と、その金剛に引き摺られる(・・・・・・)活きの良い秋刀魚――『駆逐イ級と同サイズかそれより一回り小さいだけの秋刀魚』が、そこには存在していた。

 

これ(・・)が、今回諸君らに捕獲して貰いたい秋刀魚だ。最も、これは秋刀魚の見た目をしているだけで実際には秋刀魚とは別物らしいが――まあ、便宜上秋刀魚と呼称する」

 

呆然とする俺達を他所に、提督は手元に置かれた紙を読み上げ始める。その顔は紙に隠れて見えない。

 

「で、だ。なぜ諸君らがこんな作戦に駆り出されるかと言うと、一つは市民達から寄せられた要望を大本営が受け取ったからだ。この秋刀魚、実は主食を小さい方の秋刀魚としていてな。こいつらが異常発生したせいで本来の秋刀魚の数が激減しているらしい。それで、駆除を含めた捕獲が我々に依頼されたという訳だ」

 

そこまで話し終えた時に、講堂に控えた艦娘たちの幾人かから手が上がる。その内の一人、提督に指名された那珂ちゃんが話し始めた。

 

「でも提督、その秋刀魚っていくら大きいって言っても普通の魚でしょ? だったら、わざわざ那珂ちゃん達が駆除することなんて無いんじゃ無いかなーって思うんだけど」

 

「そうだな。お前の疑問も最もだ、答えよう。この次の理由とも関わってくるのだが、この秋刀魚の生息域が深海棲艦の出現域とモロに被っていてな。そこを根城にしているから、深海棲艦に対抗できる戦力を持たない民間ではどうにもならないんだ」

 

「なるほどぉ。ん、那珂ちゃん了解だよ!」

 

「納得してくれたところで、二つ目の理由だ。この秋刀魚、見ての通り異常な大きさをしているが、やはり深海棲艦から何らかの影響を受けて変異したものと推測されていてな。肉や皮は秋刀魚のままだが、骨格や鱗は深海棲艦のように鉄で出来ているのだ。そして、そこからは資材が――それも、非常に良質な資材が確保できる。大量発生したついでに乱獲して、備蓄資材に回そうということらしい」

 

そこまで読み終えると、提督はばさりと紙束を演説台へ落とした。マイクに入った紙音がスピーカーを通して講堂に響く。提督は、脇に置いていた帽子を被り直して口を開いた。

 

「側から見れば馬鹿らしいだろうが、これも歴とした任務だ。各員くれぐれも気を抜かず、油断することなく任務に臨め。編成は各掲示板に張り出しておくが、念のため追って通達する」

 

提督が口を噤むと、途端に講堂の艦娘たちが口を開き出す。何時もの事だとは言えやはり講堂に詰めれば緊張するもので、その糸が切れればこうなるのも無理はないだろう。今の話題は、やはり秋刀魚とその漁についてが主流のようだ。菊月()もまた同じように隣の三日月に話しかけようとして――

 

「連絡事項は一点。駆逐艦『菊月』、ヒトヒトマルマルに執務室まで来い。以上、解散だ」

 

――提督からの直々の指名に動きを止める。ミーティングの後に提督が連絡事項を伝達することは良くあることで、そこに艦娘で呼ばれることもまた良くあることだ。

 

「……しかし、このタイミングでとはな……」

 

明らかにこの事態(イベント)に関係のある招集。何処からともなく感じてしまった騒動(ドタバタ)の予感に、俺は小さく息を吐いたのだった。




提督にお呼ばれする主人公の命運やいかに。

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