私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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日刊どころか週刊になりつつある現状に危機感。


ザ・秋刀魚ハンターズ、その二

ウェストポーチから取り出した、ドイツ製の懐中時計の蓋を開け時刻を確認する。現在時刻は午前十一時ちょうど、五分前から扉の前で待機していた俺は時計をポケットに仕舞い、眼前の扉――提督執務室の扉をノックした。

 

「……司令官、菊月だ……」

 

数秒後、重厚な木造の扉の向こう側から提督の声が返ってくる。「入れ」という指示に従い、菊月()は両手で扉を押し開ける。部屋の中には、執務机に肘をついて椅子に座る提督と側に控える金剛がいた。

 

「時間ちょうどか。流石だな、菊月」

 

「こんなもの、威張れるものではないがな。……いや、軍属なのだから時間厳守くらい当たり前だろう?」

 

「ああ、流石に遅れてくる者は居ない。――時間ギリギリに駆け込んでくる者はそれなりに居るのが事実だが、な」

 

肩を竦め、頭を左右に振りながらそう言う提督に、「見かけたら私の方からも注意しておこう」と答える。提督は少しの喜色とともにそれに応え、そうして口を開いた。

 

「さて、早速だが本題に入ろう。今回の特別作戦だが、通常編成とは異なる編成で臨むことは説明したな? それを更に詳しく説明すると、今作戦は海域ごとに投入する艦種を大まかに分類して臨もうと思っている。例えば潜水艦の多く、かつ秋刀魚の出没する鎮守府近海の海域ならば駆逐艦と軽空母を投入すると言った具合にな」

 

提督の言葉には覚えがある。覚えがあるというか、これは『俺』が嘗て『艦これ』に於いて行っていた、『ゲームの海域を突破するためのセオリー』だ。決まった編成でなければ攻略できない海域などざらにあった、などと思い返す。

 

「今言った通り君たち駆逐艦には、基本的には鎮守府近海の潜水艦を撃滅しつつ秋刀魚を回収して貰いたい。海域には常時二つを艦隊を向かわせ、並行しての作戦行動を行う。その編成なのだが――そこで、だ」

 

提督は居住まいを正し、此方へ真っ直ぐに向き直り、鋭い眼光と真剣そのものと言った表情で口を開いた。

 

「――睦月型駆逐艦九番艦『菊月』。本作戦に於いて、貴艦を『第四艦隊』の『旗艦』に任命する」

 

「――っ、り、了解した……」

 

危うく出かかった驚愕の言葉を飲み込み、どうにか返事を返す。動揺のあまり舌が縺れ、辛うじて反応できた敬礼もさぞ不恰好になっていたことだろう。そんな菊月()の有様を見て、提督と金剛はくすくすと笑いを漏らした。

 

「あの菊月でも、そんな顔をするのだな? 中々新鮮だったぞ、なあ金剛」

 

「Yes、私ですら見たことの無いFaceデシタ!But、あんまり菊月をからかっちゃノーデース!」

 

「……分かった、分かった。私の敬礼が無様だったのは自覚している。だから、早く詳しい説明をしてくれ……!」

 

恥ずかしさと同時に少し熱を持ち出した頬を隠すように言い放てば、二人は口元を歪めたまま首を縦に振る。両目に力を込めてその提督を睨み付ければ、彼は浮かべた半笑いを引っ込めて口を開いた。

 

「えー、説明か。そうだな、今回第四艦隊の旗艦を務めるのは菊月、お前と後一人――陽炎だ。陽炎は確か、お前との面識は殆ど無かった筈だな?」

 

「ああ。……だが、先日の歓迎会で私に話し掛けて来てくれた。何やら『やっと会えた』だの『仲間が出来る』だのと言っていたが、今思えばこれのことを指していたのだな……」

 

「ああ――いや、それはまた別の話だ。それについては最後に伝える、今は今作戦の説明を続けさせて貰うぞ」

 

口を噤んだまま首肯すれば、提督はそのまま口を動かし続ける。

 

「お前と陽炎、それぞれを第四艦隊の旗艦として据え、それぞれ甲隊、乙隊として並行して作戦に臨んで貰う。菊月の担当するのは乙隊の方だな。基本的には並列して行動し効率を上げる目的だが、どちらかの艦隊に何かしらの事態が起こった際にそのバックアップを務めることも任務のうちとして考えてくれ」

 

「分かった。……資料を見る限り、基本的には侵攻ルートも別のようだな。二面作戦、という奴か……?」

 

「その通りだ。編成はそこに記載してある通り、お前を含めて駆逐ニ、軽巡一、軽空母一で行う。編成可能な人員はそこに列記しておいたから、自分で選ぶと良い。――以上だ、質問はあるか?」

 

司令官の話に、暫し黙考する。状況はともかく、海域や編成を鑑みるに『艦これ』におけるどの戦場に駆り出されるかは大凡検討がつく。そして、それを含めて考えるのならばもう聞くことは無いはずだ。

 

「……いや、作戦についての質問は無い」

 

「そうか。なら、最後に陽炎の言っていたこと、だったな? それについて伝えておく。と言っても、そんな大して時間を取るような話ではない。――お前を、第一艦隊の艦娘として採用しよう、というだけだ」

 

「……は?」

 

本日二度目の衝撃に、今度こそ敬礼も忘れて呆けてしまった。ぽかんと開いた口を急いで閉じて顔を作れば、笑いを噛み殺した提督がこちらへ口を開く。

 

「くくっ。ま、まあ此方はまだ『予定』だがな。第一艦隊駆逐戦力の増強としてお前を採用する積りだが、その試金石に今回の作戦を充てる。それ次第に依っては取り消しの可能性もある、十分に心して励めよ」

 

「ということは、陽炎はつまり――」

 

「ああ、陽炎も第一艦隊の駆逐艦だ。ウチの駆逐艦の中でもトップクラスの実力を持っている。お前に声を掛けたのは、その仲間が増えるからだったのだろうな」

 

ふむ、と一つ納得する。しかし、だからと言って飲み込めないのが提督の物言いだ。意趣返しの意味も含めて、菊月()は口を開く。

 

「なるほど、理解した。しかし……司令官は、私をからかうのが随分と好きなようだな? だが、程々にしておかないと金剛に折檻を受けることになるぞ」

 

「HEY、菊月ィ! 『受けることになるぞ』ではなく、『受けることに決まった』デース!」

 

驚愕の声を上げて金剛に謝りだした提督を尻目に、「了解した」とだけ告げて踵を返す。『俺』の居る菊月()を気安く感じるのは良いが、ちょっかいをかけ過ぎるのも問題だな、などと思いながら室内に向かった一礼し、そのまま後手に扉を開けて退室し、扉を閉めて振り返り――

 

「あら、だいぶ早かったのね、菊月?」

 

菊月()は、壁にもたれかかっていた陽炎に、声を掛けられたのだった。




陽炎。

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